新人にしてすでに巨匠の感。世界が注目する韓国の新しい才能、ソン・イルゴン監督が新作『懺悔』を引っさげ、去る『TOKYO FILMeX 2004』で来日した。長編デビュー作『フラワーアイランド』は01年の同映画祭で最優秀作品賞を受賞、それだけにプレッシャーもあったはずだが、第2作目となる『懺悔』も観客の期待を裏切らない仕上がり。主人公は昏睡状態に陥り、記憶障害を負った男。最初に思い出したのは森の中の惨殺死体。混乱する記憶のなか、彼の心の旅が始まる・・・。物語の縦糸は謎解きだが、単なるミステリーやホラーのジャンルの枠に留まらず、全編に流れるエッセンスは美しくて物悲しい。韓流なんて言葉が軽く思えてしまうほどの、ソン・イルゴンの新作は05年春にも一般公開される見込みだ。
 




——前作の「フラワーアイランド」とは方向性がまったく違うものの、本作にもある種の再生と癒しが描かれているような気がします。この物語の着想はどこから?
まず、森で起こるミステリーを作りたいと思った。そこにドストエフスキーの『罪と罰』を当て込んだんだ。もちろん、『罪と罰』は完全犯罪の話だし、いわば超人的な思想に基づいたものだから、モチーフとして使用しただけ。本作で描きたかったのは心の旅、記憶を通して自分自身を探っていく男の物語だ。劇中、たびたび登場する蜘蛛にしても運命の糸を張り巡らす、そういう意味を掛けたんだよ。

 ——記憶を辿るストーリーだけに構成はかなり複雑です。脚本の執筆も相当苦労したのでは?
 2年くらいかかったね(笑)。カン・ウソンが演じた主人公については年代記を作ったよ。生い立ちから現在までどういう人生を歩んできたのか。それをジグソーパズルに見立てて劇中では敢えてピースを抜いたりもした。観客が能動的に映画に参加できるようにね。そんな作業を何度も何度も繰り返したけど、推敲の回数はいまとなっては覚えてないな。ただ、書き直す度にメモは取った。ほんの少しの直しなら0、1、また少し直したら0、2、ガラリと変えたら1,0プラスとかね(笑)。そのカウントは最終的に8、5くらいまでにはなったかな。

 ——主演のカン・ウソン、2人のヒロインを演じたソ・ジョンの起用は?
 カン・ウソンは韓国でテレビスターとしてよく知られている俳優だ。柔らかいソフトな印象があったけど、本人はそこから脱却したいと思ってたみたいなんだね。で、僕自身も彼の冷たい表情や怒りを爆発させた顔を見たいと思っていた。実際、そういう顔のできる人だと思ったし、その通りだったね。
 ソ・ジュンは昔からの知り合いなんだけど、彼女の場合も『魚と寝る女』で見せた表情とはまた違う、愛らしいキャラクターもできるんじゃないかと思ってた。何より、僕が彼女のファンだったというのもあるけど(笑)。

 ——撮影中、特に大変だったのは?
 森の中のシーンは全て苦労したよ(笑)。道は凸凹しているし、クレーンを木の上に括りつけてカメラを回したりね。ちなみにソ・ジョンは自分の撮影がない日も現場に顔を見せていたんだけど、プロローグのシーンは彼女が何気なく森を歩いてる時に思いついたんだ。それで、撮影の最後に撮ったんだけどちょうど雪が降っててね。それが花びらが舞ってるみたいに見えたね。

 ——日本語のタイトルは『懺悔』(原題は『Spider Forest』)です。タイトルについて、また、この漢字を見たとき、最初にどう思いましたか?
 タイトルの意味を考えると韓国語のそれとはちょっと違うかな。でも、その国々の文化もあるだろうし、日本の観客にわかりやすければそれでいいと思う。この漢字を最初に見た時は入り組んでいて蜘蛛の巣みたいに感じたし。

執筆者

寺島万里子

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