母親の顔も知らぬまま、小言のうるさい父親とパリで二人暮らしをしている13歳の少年モモは、食料品店を営むトルコ人移民の老人イブラヒムと親しくなる。彼は、深く大きな愛でモモを包んだ。父からは得られなかった、人の温もり。彼の言葉は、たとえば小さな一輪の花にとっての水のようにあるいは太陽の光のように、モモの心に潤いを与えていく…。『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』は、そんなモモとイブラヒムの一夏のエピソードを綴る美しい感動作。あの『ニュー・シネマパラダイス』『セントラル・ステーション』と並び立つ一作になりそうだ。
 本作において少年モモを演じたピエール・ブーランジェは、撮影当時14〜15歳で現在17歳。身長も180㎝を超え、すっかり大人びていた。インタビュー中、一つ一つの質問と向き合い丁寧に答える真摯な姿勢や、時々見せるお茶目な表情に魅せられてしまう。映画の中の音楽の素晴らしさに話が及び、どんなものが好きなのか訊いてみると「ジャンルは問わず音楽は好き。ロックも好きだよ、プレスリーとか。あと、X−JAPANも」との答えが返ってきた。また一昔前の日本映画を観ることも多いそうで、黒澤明監督の『どですかでん』がお気に入りという。

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—完成品を観てどう思いましたか?
「実は3回観ているんだ。1回目は絶望的な気分。まるで鏡に映っている自分を全て見ている感じで、欠点ばかり気になってしまった。2回目はベネチアで観た。多くの観客からスタンディングオベーションをもらって、ほっとしたよ。3回目はパリの映画館で友達と。ガラガラで老人ばかりでがっかりした(笑)。でもこの頃になると体も成長していたし、映画の中の自分は「自分であって自分でない」という割り切りをつけることもできた。映画を撮る前よりも役者への興味が強くなっていたと思う」
—初めての映画出演。演技は苦労しました?
「実は、共演することが決まって初めてオマーの『ドクトルジバコ』『アラビアのロレンス』を観たんだけど、素晴らしい俳優だと思った。実際、彼の演技、表情、振る舞いなどを見ているだけで大変勉強になった。モモがイブラヒムおじさんをだんだん尊敬していくように、僕もだんだんと彼を尊敬していったんだ。それに、彼はとても気さくな人で、誰とでも気軽に話して常に場を盛り上げてくれたんだ。とても現場の雰囲気はよかったよ」
—娼婦との絡みのシーンはいかがでしたか?
「難しかったよ。大勢の大人の中で裸になって撮らなくちゃいけなかったし、出来上がったものを家族も友達も観るしね。10回も撮り直ししたんだ!楽しかったというより辛かった。完成した映画を観たおじいちゃんから電話がかかってきたんだ。「あんな女と!」って動揺していたよ(笑)」
—好きなシーンは?
「トルコの海を渡るシーンかな。でも、この映画は全体を通して観てこそ、その美しさだとか伝えたいものだとかが分かると思うんだ。だから全部観てほしいな」
— 映画の中にはメッセージ性の強い言葉が多くあるが、あなた自身が大切にしている言葉は何かありますか?
「オマーが僕に「モモがもたらしてくれたものは、もうおまえのものだよ。そして、モモが失ったものもおまえのものなんだよ」というようなことを言ってくれたことがある。すごくいい言葉だと思った。あと、映画にスーフィズムという考え方が出てくるんだけれど、そのスーフィズムの本の中に書かれている「完璧な兄でなくてもそれはおまえの兄だ」という詩を演技のコーチに教えてもらった。それは兄でなくて友人でも同じで、完璧な友人でなくても自分の友人という意味。これもいい言葉だと思う」
—映画を通して、あなた自身がイブラヒムおじさんから教わったことは? 
「彼がとても賢明な人だというのは、彼の所作を通して観る人には伝わると思う。それは僕にとっても同じ。平和とか寛容であることとか、そういったものが映画のメッセージとしてあると思う。彼の言うことには意味があるんだ。僕にはもともとアラブ人やイスラム教の友人もいて、人種・宗教に関して寛容なほうだと思っていたけれど、映画を通してこうあることは重要なんだなとハッキリ感じられるようになったよ」
—イブラヒムおじさんは、なぜこんなにもモモを愛したのだと思いますか?
「イブラヒムおじさんという人物はものすごく孤独だったと思う。友人も奥さんも亡くなっているし、お店にお客さんはたくさん来るけれども、ただ買いにくるだけで彼のことなんて見ていない。きっと寂しかったと思う。彼は賢明な人でいろんな知恵や見識をもっているのに、それを伝える相手がいないことも大きな寂しさだったはずなんだ。一方で、モモは生きる道を見つけられずに不運な境遇の中で迷っている。そんなモモを見たときに、おじさんは「この子に何か教えてあげたい。この子に何か手助けをしてあげたい」と思ったんじゃないかな。良い出会いだったと思う。モモはこの出会いで、生き方、人間としての幸せを見つけられたんだ。そしておじさんは、モモをそういうふうにしてあげたかったんだと思うよ」
—ハリウッド映画に興味は?
「その多様性やポジティブさは退屈じゃないけど、人生観とかを提示してくれる『イブラヒム〜』みたいな映画の方が深いよね。でもハリウッドものの企画が持ち込まれることもあるし、興味はある。英語をもう少し勉強しなきゃね。いずれ英語圏で生活して英語を身につけたいと考えているよ。あ、僕スペイン語はわりと上手いよ!」
—俳優を生涯の仕事に?
「俳優は恵まれた職業。自分じゃない人の人生を生きられることが面白い。ギャラもいいし、きれいなお姉さんとのベッドシーンもあるしね(笑)。しかし自分がもっている以上のものを出さなければならない。もっと演技の勉強をしなくてはと思うよ。映画の役者も演劇も興味がある。できればこの仕事を続けていきたい。目標はパトリック・ジュペール、共演したいのはスカーレット・ヨハンソン。日常とかけ離れた人物を演じることにチャレンジしてみたい。もし俳優が続けられなくなったら、小さな売店でもやりたいな(笑)」
—日本の観客にメッセージをお願いします。
「ぜひ観てほしいです。観た後に、すごく穏やかで温かい気持ちになる映画です。それにフランスの文化、特に60年代の文化を知る良い機会だと思います。今、世の中に争いが絶えなくて殺伐としているからこそ、こういうメッセージを含んだ映画を観てほしいです。他の映画にはないものが、この映画にはあると思います」

執筆者

村松美和

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作品紹介『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』