「コリアン・シネマ・ウィーク2002」での上映から約2年。『イエスタデイ 沈黙の刻印』がついに一般公開となった。2020年の朝鮮半島の国際都市で起きた老科学者連続殺人事件と警察庁長官の誘拐、そして、その捜査に加わった男女の宿命をクローン問題に絡めて描いたハードSF。俊英チョン・ユンス監督が、キム・ユンジン、キム・スンウ、チェ・ミンスらを起用して撮り上げたシャープで重厚な一本だ。
 そのなかで一際光るアクションシーンを展開しているのは、本作が映画デビューとなった女優キム・ソナ。本作以降はロマンチックコメディへの出演が多いという彼女だが、どんな思いで本作に挑んだのだろうか。その素顔を、チョン・ユンス監督同席の共同取材の場で探ってみた。

$navy ●『イエスタデイ 沈黙の刻印』は9月4日より銀座シネパトス・動物園前シネフェスタで上映中 $


——ハードなアクションがありましたが、ふだんのキム・ソナさんはどんな方なのですか?
キム 「映画の中では結構激しいアクションをやりましたが、ふだんはそんなことしてません。けっこう明るいほうかな。この映画の後はロマンチックコメディのほうが多くて、今まで5作品くらいやってきたのですけど、次はアクション・コメディなんですよ。自分の性格にいちばん合うのはロマンチックコメディじゃないかと思います。運動するのはとても好きなので、アクションは個人的に好きでやりたかったジャンルなので、いちばん最初の映画にアクションを選んだんです」
——役柄との共通点はありますか?
キム 「メイという役は、見た目の感じと内面のがぜんぜん違うので、そういう面では自分も、人から見た自分と自分のなかで人前に出さない部分があります。人は皆そうだと思うんですけど」
——監督から見たキム・ソナさんの印象などをうかがえますか?
チョン監督 「最初にキム・ソナさんを見たときには、本当に快活で、何の障害もなしに育ってきた方だと思ったんですね。ところが、それは、彼女自身もいま話していましたが、人が見たキム・ソナさんの姿であって本当の彼女ではなかったと思います。彼女は成長期のなかで大変な苦痛を味わって、それを自分なりに克服して快活さや明るい面を持つ今の姿になったのだと思います。
 撮影現場では、スタッフが全員キム・ソナさんが大好きだったんですよ。どんなに疲れていても皆を笑わせて楽しませて、スタッフを慰めてくれました。何よりも彼女自身が演技に対して一生懸命で、そういう姿に私は好感を持ちました。彼女は運動をしないと太ってしまう体質なので、一生懸命にトレーニングをして自分を克服したと思います。この映画の中でメイという役なのですけど、彼女はただ戦うためだけに、人を制圧するためだけに作られたクローン人間で、その役を消化するのは難しかったと思うのですが、一生懸命演じてくれました」


——キム・ソナさんの身のこなしはかっこいいですね。そのための準備が大変だったと思うのですか、どういったトレーニングをされていたのですか?
キム 「映画を撮る前に、1ヶ月以上毎日4時間くらいは皆と一緒に銃のかっこいい構え方とか武術の訓練を受けて、その後、ひとりで3時間くらいウェイトトレーニングをしました。監督さんから、筋肉をかっこよく見せるようにという注文があって」
チョン監督 「武術といっても様々なんですよ。たとえば銃ですと、エリート警察官がやるようなちょっと難しいポーズの構え方の訓練をしたんです。警護室に勤めている人たちを参考にして応用した部分もあります。とても苦労したと思います。彼女にはカーアクションで運転しながら銃を撃つ場面があるのですけど、『ニキータ』という映画に出てくるのと同じ銃を使っているんですが、とても重いんです。それを左手で持って(編注:キム・ソナさんは右利き)右手で運転しながら撃つのはとてもたいへんなんです。それも見事にこなしてくれました。いつも彼女はできないと言いながら完璧にやってくれました」
——メイクで、眼の脇に黒いペイントが入ってましたよね。それにはどういった意図があったのですか?
チョン監督 「ひとつには、彼女は女性戦士というイメージの強いキャラクターですので、とにかく強さというものを顔にペイントすることで表現したかったのです。もうひとつは、たとえば顔に銃弾を受けた傷があって——そういう傷もたくさん受けると思うので、傷を隠すためのひとつのアイデアです」
——キム・ソナさんは演じるにあたって、参考にされた女優さんなどはいますか?
キム 「基本的に、ある映画を観てマネをするということは自分の演技の価値観のなかにないんです。マネしたくないし、自分なりの何かを作りたい。自分はアクションが好きで、監督さんと私の考えが一致したときがいちばんだと思うので、監督さんとはお話をしてから撮影に入ります。人によって違うと思うんですよ、同じシーンを撮るにしても。自分なりの何かが作りたかったという気持ちがいちばん強かったと思います」
——二枚目の役ということで、精神的にご苦労した点はありますか?
キム 「ただ難しくてやったことが無いから、その難しさがちょっと苦労かなと思うわけですけど、別に役柄が精神的にくるようなことはそんなにはなかったんですよ。ただ、実際、自分は好きな人ができても言えないタイプなんですよ。それがメイと共通点ではないかなと思います。メイはソクに片思いをしている形になっているんですけど、その演技をするのに少し苦労したかな。それを表現しちゃいけないけど、心の中には持っていなくてはいけない。苦労というにはちょっと大げさですが」


——監督にうかがいます。キム・スンウさんとキム・ユンジンさん、キム・ソナさんを起用された理由は?
チョン監督 「まず、キム・ユンジンさんですが、犯罪分析官という知識を持った役柄でアメリカ留学から戻って来たという点が、彼女の個人的な経歴とも重なっているということと、本人がこの役に対して積極的だというのでキャスティングしました。
 キム・スンウさんは、この前に個人的にちょっとよくないことが重なってブランクがあり、この映画で復帰という形になったんですが、彼の役柄は人生に暗い影があり、それを克服しているキャラクターでしたので、彼自身の個人的な経験をいい意味で反映できると思いました。もうひとつの理由としては、彼はそれまでは柔和なイメージだったんですけど、それをもうちょっと別の方向に投影できると思って彼を選びました。
 キム・ソナさんなんですけど、もちろん最初に彼女がこの役をとてもやりたがったということが大きかった。それから、私が彼女を起用したもうひとつの理由は、最初に彼女を見たのはシチュエーションコメディで、ひじょうに明るくて快活でジーンズが似合うような女性だったんですが、あるとき化粧品のCMでの彼女はとても女性らしい面があって、その女性らしさと快活さの両面を見て大きな可能性を感じました。それで、出演が決まったんですけど、ソナさんのエージェントからの要請で一時だめになったことがあったんです。ですが、本人から出演したいという非常に積極的な声があがり、最終的にキャスティングすることになりました」
——キム・ソナさんは、キム・ユンジンさんやキム・スンウさんたちと共演していかがでしたか?
キム 「キム・スンウさんやチェ・ミンスさん、キム・ユンジンさんは大先輩なんです。最初は、いろいろと準備をしなくちゃいけないと、かなり緊張していたんですけど、現場ではすごく楽しく撮影できたので感謝しています。最初から最後まで皆変わらずに同じ気持ちで終わらせることができました。あとは、やはり、演技的なことや映画に対する態度などいろいろと学びました。一緒にやってよかったなと思います」


——近未来という設定でセットや興味深い場所がたくさんあったのですが、ロケハンのご苦労やセットを組むときのご苦労などありましたら教えてください。
チョン監督 「とにかく苦労した点はひじょうに多かったです。ご指摘にあったとおり、近未来というテーマでしたので、(ロケ地を)ふだんの姿ではなく別の姿に見せなければいけないということでかなり努力しました。別の姿とはどういうものかと言うと、たとえば東京で考えると、道を歩きながら見る東京と二階建てのバスに乗って見る東京では違う角度から見ることになりますし、排水溝から見た東京というのも違う角度で東京という街を見ることになります。そういう意味で、ソウルという場所も別の角度でふだんとは違うような姿を見せなければいけない。それにプラスCGを加えて近未来的な雰囲気を作ったのです。会議室ひとつをとってみても、ただの会議室ではなくて、広いガランとしたロビーにたくさんの未来的な装置を付け加えて作りましたし、特にいちばん神経を使ったのは照明ですね。今説明したように別の角度、未来的に見せるためのたくさんの努力をしました。ロケ場所は、皆さんがふだん行かないような所に一生懸命足を運んで撮影をしたですけど、それもふつうならお金をつぎ込んで作れば簡単に済むのですが、作らないであるものを生かして撮りました。あまり行かない場所ということで面白いものを提供できたと思います」
——キム・ソナさんの好きなファッション、美しくあり続ける秘訣をうかがえますか?
キム 「性格的にですね、エステによく行くとか美容室に通うとかないんですよ。けっこう楽な格好が好きですし、ファッションも流行を追うというよりは、自分にいつも合うものにしています。昔もそうだったし、今もそうだし、これからもそうだと思います。あとは、小さいころからずっと運動をやってきたので、時間があれば運動を、ジムに行っています。たぶんそれがいちばんじゃないかな。あとは一日三食ちゃんと食べます」
——この映画は、ラブロマンスを好む女性も見て楽しめるでしょうか? そういった人にこういったところを見てほしいというところがあったらお聞かせください。
チョン監督 「見るポイントは人によって違うと思います。子供を持っているお母さんの視点としては、子供が出てきて最初に死んでしまうんですが、その子供を通して見るというのがひとつのポイントかもしれません。なぜなら、彼の死はこの映画のポイントにひじょうに近いものになっているのです。この映画の趣旨になっているクローン人間というテーマと、現在から未来を見て現在のクローン人間の未来はどうなっていくかという映画のポイントと一致していくと思います」

執筆者

稲見 公仁子

関連記事&リンク

『イエスタデイ 沈黙の刻印』公式サイト