ひとめ見たら脳裏にこびりついて忘れられない、多くの人々にトラウマを残している怪奇漫画家・日野日出志の世界がなんと映画になって登場する。若手監督6人と個性派俳優たちがタッグを組み、日野ワールドをそれぞれオムニバスで実写映画化するなんとも豪華な企画「日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇場」。
 なかでも、日野日出志的フランケンシュタイン物語といえる『地獄小僧』は、多少の設定変更はあるもののほぼ忠実にその作品世界を料理している一篇。監督は、黒沢清や高橋洋の助手を経て、ジャパニーズホラーのエッセンスをしっかと身にしみつけている若き女監督・安里麻里。おどろおどろしさが巡り巡ってギャグにも転化できそうな日野ワールドの中で、書割のお城や大仰な演出によってホラーでありながら観る者を脱力させつつ、知らぬまにじんわりと感動させ、実は娯楽映画の王道を走るという荒業もこなした女傑だ。
また、師匠・高橋洋の新作『ソドムの市』にも撮影助手として参加しつつ、役者としても出演し邪悪な魅力をふりまいている。『ソドムの市』撮影後おなじスタッフによって撮られた義母兄弟のような『地獄小僧』の監督、安里麻里に要注意!(かわいい顔だと侮るな!)





— 日野漫画の思い出は?
「小学校6年生くらいのとき、「毒虫小僧」を友達の家で間違って読んでしまったのがはじめてです。人間が一番見たくないもの、聞きたくないこと、考えたくないことが、どんどん羅列されててページめくるたびに、すごくショックで…でもページをめくるのをやめられない。で、とうとう読み終わってしまったけどすごくいやな気持ちになって(笑)。「読まなきゃよかった!」と幼な心に思いましたね。それからは授業中いつも自分の指が腐っていく妄想にとらわれたりして。とんでもない体験でした。それからも懲りずに友達の家にあったものを何冊か読みましたけど一番印象に残っているのは「毒虫小僧」ですね。「蔵六の奇病」みたいなディスコ観にケーションの果ての悲劇、最後には神になるようないい話もあったりして、日野さんの漫画は好きです。」

— 『地獄小僧』では山本未来さん演じるお母さんのキャラをはじめ、お城だとか人が生き返ったりだとかおどろおどろしい、ありえない世界のオンパレードですが、それゆえに作品世界にすぐに引き込まれていきました。
「映画を撮る上でいつも目標としていることは、娯楽映画を作りたいという信念があるので、明らかにウソの世界でいいんです。ウソだろ、って人たちに出て欲しい。そんなフィクション性の高い人たちに最後には泣かされてしまう、みたいな。「ありえないこいつ!」って思ってた人たちに感動させられてしまう瞬間が私自身映画を観てて「観てよかった」と一番思えるときなので、自分もそういう映画を作りたいと思っています。今回は漫画が原作なので、そういう意味ではフィクションの世界は作りやすかったです。だって、城に住んでるし(笑)。書割で城の絵をぼん、とだして「はい、彼らはここに住んでます、よろしく!」みたいなフィクションが成立するじゃないですか。だからそこに住んでいる山本さんはあんな変な頭してたり、津田さんがつけ鼻してたり。それもオッケーなんですよ。最初は見てる人は、なにこの人たち!?って思ってノレないと思うんです。でもそれはあえて最初は、のれなくていいんです。でもだんだん観ていくうちに、そんなつけ鼻の津田さんに感動したりしてって、そういうおかしなことが普通に見えてきて欲しいんですよ。それが娯楽だと思うし。例えば宝塚でも明らかに東洋人なのに金髪のカツラをかぶって「オスカルー!」とかやってますよね。でもお客さんはみんな感動している。宝塚も「はい、この世界よろしく!」で成立しているからなんですよね。そのなかでみんな泣いたり笑ったりしていて。そういう世界を映画で作り上げたいですね。プロレスとか、娯楽を成立させるそのフィクションの世界でやりますっていう提起がはっきりしてて、映画でもそうやっていいんじゃないかっていつも思っているんです。」

— でも本当に、山本未来さんのあのキャラは、新しい魅力を引き出したといえると思います。山本さんご自身は撮影ではどんな感じでしたか?
「撮影の初日が最初の方に出てくる墓地のシーンだったんです。最初山本さんがお芝居したときは、まだ普通に「泣いているお母さん」だったんです。だけど「そうじゃなくて、円間せつっていうのはここで泣き叫んでほしいんです!やりすぎくらいでいいです。」って言って過剰にお芝居してもらったんですよ。別のシーンでも、大雄(息子)の前で「大丈夫よ大雄。お母さんが治してあげるからね。」ってセリフでもはじめは子どもに優しく語りかけるような芝居だったんですが、そうじゃなくて、「子どもの前でも取り乱してください、いっぱいいっぱいなんです。せつはそういう人間なんです。」って。せつのテンションて頭から最後までずーっとすごい高いところにあるんです。」

—漫画でいったら語尾に必ず「!」がついている、みたいな(笑) じゃあ山本さんはお芝居に関しては今までやったことのないことばかりだったという…
「山本さんの最初に思ってたプランとは違うと思いますね。でもすごく適応能力が高い方で、私がうまく説明できずに「もうちょっとテンション高く」とあいまいに一言いっただけでもすぐ意図を汲んでくれて、パッと対応してくれました。特に今回は時間のない現場だったのでそれはすごく救われましたね。」

— いままでの中で一番素敵な山本さんかと私は思いました。
「白塗りあり、血もアリ…」

— 原作では円間博士というお父さんがいて、息子を失ったことでお母さんは気がふれてしまってて、という設定をお父さんが出てこずお母さんが主人公という風に変えてますが…
「たぶんダリオ・アルジェントみたいな、ああいう怪物の子どもをもってしまった母親の狂った愛情。そういうストーリーが元ネタなんだろうと思います。脚本の方は何年も前から友達なんでだいたいどういうものを書くのかはわかっているんですけど。でも、やっぱり主人公を母親にすることで子どもに対する一途な愛情、というもの哀しさが出てよかったと思ってます。いや、あなた間違ってるよ、という愛情なんですけどね。」

— 津田さんの花水のアレルギー鼻炎というキャラ設定は漫画と同じなんですがそういうキャラである理由がよくわからないですよね。伏線でもなかったし。
「津田さんには「独立少女愚連隊」にも出演してもらっていて、すごく私の好きな役者さんなんです。私はフィクション性の高い映画をつくりたくて、津田さんは私の作りたいフィクション性の高い映画にピッタリな役者だと思います。リアリティのある世界よりも、ウッソで〜す!って世界にいると特に輝くと思うんです。つけ鼻してても顔は真剣。まったく冗談のひとかけらもない。津田さんならつけ鼻つけてもオッケーだと思いましたね。」

— かわいい子役の男の子と豹変した後の彼の二人一役も面白かったですけど、怪物のメイクは漫画まんまですよね。
「かなり特殊造型の方と一緒に試作をいっぱい作って、こだわったところでもあります。どんな方法でやれるのかアドバイスをいただいたり、わたしもあまり専門的な知識がないので一緒に話し合って決めていきました。」





— 顔がほとんど被われている感じでしたが、演技はしづらくて大変だったということは?
「役者さんの赤星さんは三池崇史さんの映画とかに出ている方で、前々から知っていた方なんですけど、特殊メイクは目の周りだけなんですよ。だから重たいとかそういうことはないんですけど、視界がさえぎられるのでほとんど見えないんですよ。いちばんつらかったと思います。ご飯もひとりじゃ食べられないし、みんなより一番早くきて3時間くらいかけてメイクして。トイレいくのも手を引いてもらって、という感じで。だからそんな状態の方に走ってくださいとお願いしたり(笑)。走る練習をしたくらいです。」

— 一番こだわったところは?
「シーンでいうと「カーブミラーに釘付けになる円間大雄」です。そこだけはシナリオもあとで変えたんですよ。最初はショーウィンドウかなにかで自分の姿をみるという設定だったと思います。カーブミラーが好きで。だって寂しいじゃないですか。誰もいないところにぽつん、て一人でうなだれて建っているっていう。カーブミラーは「子連れ刑事」(帰ってきた刑事まつり)でも使ったんですよ。それだけで物悲しさが出るんですよ。」

— この作品の監修の高橋洋さんの監督作『ソドムの市』に助監督&出演されていますが、『地獄小僧』とはお墓のシチュエーションや中原翔子さん、園部真一さんなど俳優さんも一部かぶっていましたけど撮影時期は一緒だったとか…?
「ぎくっ。いや、撮影は平行ではないです。『ソドムの市』には撮影三ヶ月くらいずっと通ってたんですけど、その撮影が終わった後一日も休みをとらず、すぐ『地獄小僧』の現場に入りました。スタッフもほぼそのまま『ソドムの市』の人たちが流れてきたんです。ソドム一門たちがそのまま地獄小僧を作った(笑)。」

— じゃあ『ソドム〜』と『地獄〜』は兄弟だ(笑)。作品のテイスト自体も似ていますよね。
「高橋さんには『地獄小僧』の演出について意見を求めたりということは一度もないんですけど、シナリオの相談はよくしました。やっぱり高橋さんと何年か一緒にいて自然と影響を受けているのかも。『地獄小僧』やる前の『ソドム〜』の現場で、暗幕バックで暗闇の世界を作ったりするのをみて、そういう普通あんまりやらない撮影を勉強していってもいいんじゃないかと思いましたし。『ソドム〜』の撮影の前から『地獄小僧』の脚本はあったので、似たようなことになるな、とははじめ思ってましたけど。」

— ソドムがボケで安里さんの役がツッコミみたいで面白かったですよ!
「ソドムの横にちっちゃいアサトがちょこまか動いてて!っていうのは演出で言われました。あと「いつもの人を小馬鹿にしたような顔して」、とかもいわれましたね(笑)。自分の出ているシーンはすごく恥ずかしいです。助監督やりながらだったので、次のシーンのこと考えながらとかやったりしてました。でも、撮影はすごく楽しくて、
— 自主制作時代にも役者として出演したこととかっていうのはないんですか?
「塩田明彦さんの助監督をした時は、現場でエキストラが足りなくて出たりってことはありましたけど、今回みたいにちゃんと出たのは初めてです。」

— 『ソドムの市』の現場の雰囲気は?
「すっごく楽しい現場でした。中原翔子さんと終わったあと抜け殻みたいになってました。世界が『ソドムの市』一色だったので。一番びっくりしたことは、高橋さんが撮影中、なぜか「カット!」をかけた後鼻歌をうたってたんですよ。普段でもよく鼻歌うたってる人なのであまり気にしてなかったんですけど、映画出来上がったら、ちょうどその「カット!」って言ったあと鼻歌でうたってたメロディが次のシーンの出だしにかかる音楽だったんですよ。「あっ、この人にはすべてつながって見えてたんだ。仕上がりもすべて見えてたんだ。」と思って感動しましたね。」

— 他の作品がほぼ翻案になっている中、比較的『地獄小僧』は日野さんの漫画に忠実ですよね。
「“困ったら原作に立ち返れ”って高橋さんにも言われていて、撮影をしているとどうしても計画どうりにいかないことって出てくるんですよ。それで、どうしよう!ってなったとき、やっぱり日野さんの世界観を見失っちゃいけない、日野さんの漫画大好きだし、撮らせていただくのでそれを壊すことだけはしたくなかったので、ずーっと漫画を持ち歩いてましたね。「老婆、どうしよう…。」と思ったら、漫画の老婆を見て(笑)」

— それに日野さんの漫画って、カット割とかすごく映画的だし音楽まで見えてくるんですよね。漫画でもジゴク城のカットには太字で「どんどんどろどろ」ってオノマトペがあったり。
「日野さんにお会いしたとき、映画に興味があるっておっしゃっていました。出来上がりを観て、全体の色の使い方がいいねって褒めていただいてすごくうれしかったです。」

— 映画を作る上で影響されているものは?
「たくさんありますけど、『地獄小僧』に関していえば、ダリオ・アルジェントというイタリアのゴシックホラーを追求した監督ですね。美少女が出てきて、へんな屋敷があって、けったいな演出ばかりするっていう。このカットでは赤いライトだったのに、次のカットでは平気で緑のライトだったり。面白けりゃいいんだ、っていう突き抜けた人が好きですね。」

— 今後はどういう作品を作っていきたいですか?
「私はやっぱり、もとはガンアクションをやりたいというのがあったので。「子連れ刑事」でもセリフもなくただ戦っているだけ、っていうちょっと幼稚かもしれないけど、幼稚な映像的欲求の羅列でありたいんですね。すべてのシーンが。香港映画とかも好きで、あっちの映画もフィクション性が高くて、こんな奴いない、っていうような過剰な芝居をするんですよ。でも男たちが命をかけて戦って、最後にはそんな奴らに泣いてしまったり。ああいうガンアクション、ハードボイルドを一度やりたいですね。」

— 具体的な予定ではなにかありますか?
「映画の企画はいっぱいありますけど、とりあえずはテレビドラマのお仕事で「ケータイ刑事」というのをやります。テレビの世界は初めてなので色々勉強したいです。」

執筆者

綿野かおり

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作品紹介『日野日出志のザ・ホラー怪奇劇場』