「目指したのは笑えるホラー。いわゆるジャパニーズ・ホラーとは逆を行く作りにしたかったんです」、『うめく排水管』の完成披露試写を終えた後、及川中監督はこう言った。なるほど、それは確かに。98年の『富江』に続き、伊藤潤二原作の映画化は及川監督にとって2度目のこと。シリアスな怖さで畳み掛ける前作と打って変わり、『うめく〜』はよい意味で人を喰った作りになった。美人姉妹とストーカーのブラックな、けれど切ないこの物語はわずか5日で撮影したもの。ハードにも過ぎるスケジュールのなか、正統派女優・栗原瞳の清楚な魅力、グラビアアイドル・岩佐真悠子のイジワル可愛い女の子らしさを引き出すあたり、女性を撮ることに定評のある監督だけはある。それも意図的なようで、本作はバカさ加減に笑い、切なさに泣け、女の子の可愛さ、ポップさに胸が弾んでくる、スペシャルなホラー映画なのである。

※『うめく排水管』は7月31日、吉祥寺バウスシアターにてレイトロードショー!!






——伊藤潤ニ作品の映画化は『富江』に続き、2度目。伊藤作品のどういうところに魅力を感じますか?
及川 伊藤さんの原作作品は『富江』以降、たくさん映画化されますけどその多くがいわゆる『リング』とか『呪怨』の系列にあるジャパニーズ・ホラーの作りだと思うんですよね。僕自身、『富江』を日本映画的に、シリアスにまとめ過ぎたという気がしていて・・・。残念ながらあれの続編はできなかったんだけれど別の形で表現したいなという思いがあったんですよ。
伊藤さんの世界観ってシリアスなホラーというより、もっとカラフルだったり、シュールだったりする。『富江』にしても原作は小悪魔的な女の子の、ブラックなコメディに近い雰囲気なんですね。そうした世界観を『うめく排水管』でやりたいと思った。『うめく〜』は伊藤さんらしい不思議なお話ですし、個人的にも彼の短編ではいちばん好きです。ジャパニーズホラーとは逆を行く作りになるんじゃないかと。

——『うめく排水管』は原作に忠実?
及川 原作の要素は基本的に全て盛り込んでいますね。それだけだと映画のボリューム的に足りないのでウィルスの話を入れたり。それと、一番変えたのはストーカーの滑井が悪い奴じゃないってところです。滑井は原作ではすごく気持ちの悪いキャラクターとして描かれていて、美しい姉妹にそれを汚す醜い滑井という対比になっている。でも、僕的にはこの物語はシザーハンズなんです。異形の哀しみというのか、そういう雰囲気も盛り込みたかった。

——伊藤さんはほぼお任せだったとか。
及川 どういうものが出来てくるか、伊藤さんも大体は想像がついたんでしょうね『富江』の時は伊藤さんにとっても初めての映画化作品で、僕にしても漫画を映画にするという作法がよくわからなかったんですね。だから、細かく何回も台本を送りました。例えば、富江のほくろの位置をどうするかまで相談しましたよ(笑)。主演の管野美穂さんを押したのも伊藤さんでしたしね。

——劇中では姉妹の微妙な関係も描かれ、女の子映画の側面も見え隠れします。
及川 そう言ってもらえると嬉しいですね。正当な映画評論においては語りにくいものであっていい、と思ってましたから。テクニック的にはまだまだ途上だなっていうのはあるんだけれど、一石を投じる意味でファンタジックな女の子ホラーをやってみてもいいんじゃないかと思ったんです。ホラーっていってもジャンルがせまくなるのは嫌ですからね。

——驚くべきことに撮影は4日間、とか?
及川 特撮も含めると5日ですけどね。どちらにしても観る人には予算も時間も関係ないですから。一切の注釈は必要なくなりますからね。でも、僕の場合、撮りながら一番やりたかったことに気づいてくるって悪い癖があってね(笑)。姉妹のレズビアンっぽい関係も実はもっと撮りたかったんです。妹はお姉ちゃんが好きで姉に近寄ろうとする人を排除しようとする。三角関係の話としても捉えられるわけです。今、考えると、2人のキスシーン(※頬へのキスはあり)も入れた方が良かったんじゃないかなと。父親は不在、家に閉じこもる女たちというのか、禁断の家族の話みたいなものですし。女の館というのがひとつの象徴なんですよね。

#——美人姉妹を演じた栗原瞳・岩佐真悠子は原作漫画にそっくりですが。
及川 これは偶然なんですよ(笑)。漫画に似せようと思って選んだわけじゃなくて(笑)。イメージとしては姉の方が女優として地道に活躍している子、妹はいかにもピュアアイドルっぽい子ってところだったんです。そういう姉妹のバランスを考えて何組か違うキャスティングを考えていった結果、あの2人に決めました。

——2人とも映画主演は初めてですよね。演出上での不安や留意点は?
及川 自分が想像するタイプの映画を作れるとしたなら、岩佐真悠子が達者な芝居をすることじゃないって最初からわかってたんですよ。彼女の場合、グラビアアイドルそのままの雰囲気、なんとも言えない女の子感が最大の魅力だからそういうものをスクリーンに残せればいいと思っていた。 
たとえば、「ここは感情を込めて泣きなさい」とか言っていくのは彼女の持つ軽さやポップさを失うと思ってましたからね。そういう意味では演出の設計図はあった。
一方で、栗原さんは自分でちゃんと演技を作ってくるタイプだったんです。でも、岩佐さんとの掛け合いを考えて、そういう演技をどんどん取って軽くしていきました。栗原さんは姉妹とその父親の関係までしっかり説明できるんですよ。ただ、それをやっちゃうと重く生臭くなってっちゃうから「もっと軽くていい、この場面ではなんでもないようにお父さん、追い払って」とか言ってね。彼女も途中からこの作品はそういう作品なんだってわかってくれたみたいですけど。
ともあれ、この映画で要求したのは感情的な演技というより、アクションに近いと思うんですよ。初期のジャッキー・チェン映画というか、『狼男』あたりの昔ながらの笑えるホラーというか。俳優の演出で僕が考えたのは原始的な、オールドタイプのコメディなんです。びっくりするような場面も目を思い切り開けるとか、敢えてオーバーアクトにしてもらってね。

——栗原さんが劇中で歌う曲はオリジナル?妙にいい歌だなと感じたのですが。
及川 いい歌でしょう(笑)。CD売ろうと思ってるんだよね(笑)。栗原さんにベースの詞を書いてもらって助監督と一緒にアレンジし、音楽担当の方に曲を作ってもらったんです。現場で歌はぶっつけ本番。助監督のギターで歌ったんですよ。栗原さんのいいところはああいうシーンでもちゃんとお芝居してるんだよね。歌い終わった後の複雑な表情みたいなのをね。あれは感心しますね、オレが感心してもしょうがないんだけど(笑)。
ああいうシーンもね、なかなかやれるものじゃないんですよ。監督やってる人の中には「ミュージカルってなんか作れないよな」っていうの、あるんですよ。でも、こういう世界観でこういう台詞を語らせたいんだけど、台詞だけでは追いつかないという局面がある。やっぱり、歌は便利だよね。
 
——これから本作を観る観客の皆さんにメッセージを。
及川 目指したのは笑えるホラーですね。笑いと怖さは背中合わせだと思うんですよ。そういうところに狙いを定めて迷わず作った作品です。皆さん劇場に遊びに来てください!!」

執筆者

寺島万里子

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作品紹介『うめく排水管』