今年のカンヌ映画祭で監督週間オープニング作品として上映され、スタンディングオベーションを受けるという快挙を得た石井克人監督の新作『茶の味』。デビュー作『鮫肌男と桃尻女』『PARTY7』と日本映画界に軽く映像革命を起こした石井監督の3年ぶりの新作は、夕焼け、揺れる草木、流れる雲、そういった<実景>を多用しつつ、ある一家のそれぞれの心模様をときにポップに、ときに不思議に、ときにしんみりと描いた新境地といえるもの。
 童貞力全開で恋に悩む長男ハジメ(佐藤貴広)、小さな自分を見つめる大きな自分の存在に悩む長女サチコ(坂野真弥)、催眠療法士の父(三浦友和)、アニメーターの母(手塚理美)に加え、ヘンテコな幽霊話を聞かせる東京でミキサーをする叔父(浅野忠信)、神経症気味の親戚の漫画家・轟木一騎(轟木一騎)、そして石井映画に欠かせない存在として今回も強烈な印象を残すオジイ役の我修院達也。美しい自然とのんびりしたやりとりの中にこういったキテレツな登場人物たちがゆる〜く物語を紡いでゆく。そしてアニメーションやCGなど映像的にも観客を出し抜くテクニックももちろん健在。「自分が観たいと思って作った映画だけど、他人は観たいかどうか自信がなかった。だからお客さんが楽しめるようなフックをたくさん仕掛けました。」(石井)。それでいて、非常にスペーシーで宇宙をも感じさせてしまうこのほっこりムービーの秘密はいったい何なのか?石井監督に聞いてみよう。
★2004年7月17日(土)よりシネマライズにて公開!






—— 個性的な登場人物たちにはモデルがいるんでしょうか?主人公・一(はじめ)は監督の分身だとか?
石井「友達にミキサーや漫画家、アニメーターとかいるんで人とかいるんで彼らの話の中から色んな人組み合わせたりしています。浅野くんが話す寺島進さんが幽霊で出てくるエピソードがあるけど、それもディティールとかは実際に幽霊をみちゃうって友達に聞いた意見を参考にしています。幽霊ってどういう風に見えるかというと普通の人と同じように見えてるってゆっていました(笑)。ハジメは僕の分身というよりも、「じみへん」(中崎タツヤ著)の漫画みたく、童貞物語みたくしたいと思っていました。童貞のパワーってすごいですから。いかに体力を消耗しているかっていうのを描かないといけないと思いました。」

—— 夜の中、車窓だけがポッカリみえる電車が走ってゆくシーンが何度か出てきてとても幻想的なシーンでしたね
「小学校3年生のとき春日部に住んでいて、田んぼの中を電車が一本とおるのを待っていたというのがすごく記憶に残っていて、映画のあのシーンよりもキレイだったんですよ。夜の暗闇の中を明るいハコがバァー!ってゆくあの光景をなんとか再現したいなと思いました。結構気に入ってるシーンです。」

—— 劇中歌『山よ』や三角定規の歌、お湯の歌など妙な劇中歌の作詞は監督ご自身ですが、各シーンのために書き下ろしたものですか?
「意外と映画の時になると音楽とか作ったりします。映画の素材集めの中の一貫で音楽も考えてしまったりするんですよ。思いつくと書いておいたり、また絵を描いたり。小さいさっちゃんと大きいさっちゃんというのも完全に絵の中から出てきたアイデアです。はじめこの映画が受け入れられうかどうかまったく自分には分からなかった。だから何か面白いフックをいろんなところに仕掛けたらいいんじゃないかなっておもっていろんなことをやってみました。途中でいい話みたくなってきたからといって歌もいい感じにしようとは思わない、ふざけた歌はふざけたままでいく!と自分では決めていました。」

—— 登場人物として出演もされている和久井映見さんをナレーションに起用したのは?
「なにかのドキュメンタリーをテレビで見ていたとき、ナレーションが和久井さんで、ずっといい声だな、と思っていて。単純に和久井さんの声がすきなんです。後半に三浦友和さん演じる催眠療法士のお父さんの患者役で出演しているのは、見ている人にとっては茶の味の話自体がある意味でアナザーワールドだから、それを和久井さんのナレーションが語るというのは、患者として催眠をかけられている和久井さんが頭の中で一瞬みた夢。・・・そういうような捉え方もできるし、いいんじゃないかなと思ってキャスティングしました。」

—— カンヌ映画祭の上映ではスタンディングオベーションを体験したそうですが感想は?
「スタンディングオベーションは監督週間のオープニングだからみんな喜んでるだけで、儀式的なものだと思っていたんですよ。あとから聞いたら「去年のオープニングなんて3分の1くらい帰っちゃったんだよ」なんて教えられて、そんなこと知ってたら来なかったよ!と思いました。だから後からきいてすごい嬉しかったですね。浅野くんはずっとテンション高くてゲラゲラ笑いながら観てたけど、僕は観客の反応が気になってしょうがなかったです。でもフランスの人たちは思った以上に内容をよく理解してくれていました。外国の人がみてわかるのかな?ってゆう微妙なシーンでも、みんなわかる!わかる!っていっていましたね。意外とフランス人の方がわかってくれるのかも(笑)。」







—— 浅野さんと中嶋さんのやりとりのシーンは、2人の微妙なきまずさとかがすごく共感できて素晴らしいですね。監督の演出はどんな感じでしたか?
「演技指導は特にしてません。脚本の裏にある細かい設定を説明しましょうか?って2人に聞いたら、浅野くんも中嶋さんも「いや、なんとなくわかりますよ。」ってゆうんです。2人ともまずはとりあえずやってみたい、ような雰囲気があったのでテストなしで回しちゃいました。二人ともアドリブとか得意ですから。すごいいい感じでした。結局3テイク撮りましたけど、やっぱり一番はじめのテイクが緊張感とかあっていいんですよ。完全に芝居をしているのを忘れているかのように二人とも入り込んでいましたね。」

—— サチコのように大きな自分が小さな自分をみている、というような経験ってあったんですか?
「いやいや、ないです。小さいときは妄想をよくしていて、巨大ロボットがいたら自分に対し大きさはこのくらいかなーとか考えていましたね(笑)。」

—— アニメーションを使うというのははじめから考えていましたか?
「はい、もう小池(健)くんと仕事をしたいがためのものです。アニメのスタイルとして新しい感じのものをやりたいねって普段からよく小池くんと話していて、ちょっとテレビや映画で普段見ないような質感のものを作ろうということで、話の中に自然に入るように心がけて作りました。」

—— 前作『鮫肌男と桃尻女』や『PARTY7』とは毛色が違う作品ですが、こういうのんびりした日常を舞台にした作品をつくろうと思ったきっかけは?
「全然違う作品になるということはコンテを描いていた段階でわかっていましたね。でも実際撮影したときにワンシーンが長くなっちゃうなと思ったんです。でも僕の好きな小栗康平監督の『眠る男』は、ワンシーンワンカットの絵自体が見ている人を釘付けにする感じで、以前から“実景”ってすごいな、と感じていて、なんとか自分の映画にもそれを出していこうと思いました。あと仲のいい先輩の長尾直樹さんの豊川悦司さん主演の『さゞなみ』って映画がすごくよくてあれもヨーロピアンビスタサイズでワンシーンワンカットなんです。じゃあ、おれもちょっとやってみようかな?と。
あと一時期テレビをみない時期があって、公園とかで夕焼けや池や木漏れ日とか撮ってて、2分くらいずっと撮ってても飽きないんです。撮りながら編集して、あとでそれ見ながらご飯食べたりしてね。意外と実景って面白いな、って感じました。普通映画では実景って時間経過の表現でしか使われなかったりするけど、そうじゃなくてキレイな実景が流れているシーンも映画の中には必要かなって考えれば作品としても成立するかなって。固定じゃなくて手持ちで撮ったりいろんな方法で撮る事で、実景にもアクティブな流れを出そうとしてみました。あとシーンが変わるところの驚きみたいなところで、アクション映画と同じような手法で観客を惹きつけるような効果が出せるんじゃないかと思いました。逆にアクション映画より面白いかもって。そう思えるようになってなんとなく勝算を得て作り始めました。」

—— では制作中は不安だったと?
「こんな映画みたことないし、カメラをフィックスさせて撮るような映画って今まで真面目なものが多いし、この映画はそれでいてギャグとかユーモアが入っているんで、自分でもまったく出来上がりが想像つかなかったです。自分の中ではこういう映画がみたい!という想いはハッキリしてたけど他の人が観たいのかどうかで悩みましたね。」

—— サチコがさかあがりにはじめて成功する場面で、背後のひまわりがどんどん膨張していってどんどん宇宙へと広がってゆくあのものすごいイメージはどこから?
「三浦友和さんが催眠療法士の役なのでそういう関係の本を読んでいたら、ネガティブな感情をなくす方法が書いてあって、そういうものを大きく頭のなかで描いてもらって催眠誘導して、どんどん自分より大きくなっていって地球を包み込むくらいのイメージになって、その中を自分が漂うくらいになってそれが空気のように身体の中に入ってきて、そういうのをイメージすることでネガティブな感情を消すことができるらしいんです。そういう意味では、サチコ自身がでっかくなってそうすればいいんですが、絵づらが可愛くない。だからちょっとずつあった花というキーワードをピックアップしました。そのほうが癒されるし。春があって夏が来るって感じも出せてるしちょうどいいと思いました。夏の匂いの象徴というかね。」

—— 田舎といえば誰もが思い描くようなあの素晴らしいロケーションについて聞かせてください
「山があって川があって橋があって、というぜんぶのシチュエーションがひとつのところにある場所が希望でした。半年くらい探してもらいました。そんなところないよ!と言われていたけれど(笑)。なんとなく奥多摩のイメージなんです。そうしてみつけてもらった場所だったんですけど、今まで映画の撮影隊が来るようなところではなかったみたいだけど、スチールカメラマンたちが好きな場所としては有名なスポットだったらしいです。風景好きにはたまらない場所だったそうです。それでロケハンしたら、山もあって川もあって橋もあって、あと“ロマンチ”って喫茶店があったりして、ここだったらどこでも撮れるねってことでそこで撮影しました。先日行ったら撮影に使ったものとか全部解体されていましたけれどね。」

—— その“ロマンチ”でだらだらしゃべってる高校生たちだとか、電車の中突如現れたコスプレ2人組みのハイテンションぶりだとか、登場人物たちのちょっとした会話は石井監督お得意のものですが、演出のこつは?
「高校生が4人で話しているところは脚本にも特になにも書いてないです。ただ「自分が親になったら子どもにどんなことをしてやりたいか」みたいなことを話しているって書いてあるくらい。彼らがハジメを待ってるだけのシーンだからどうでもよかったてゆうのもあるんだけどね。彼らが前日に現場入ってきた時、僕がいるの知らないでずっと3人でだべってるのが聞こえてきてて、はじめて会ったはずなのにすげぇこいつら話してるなー(笑)って感心しました。延々しゃべってるんですよ。スタジオ入ってきたら妙に大人しくなってたから、「どうしたの、さっきの感じでしゃべってよ」って言って(笑)。もともとアドリブが上手いってことで選んでるんです。だから現場でいきなりやってもらっています。電車の中のコスプレ2人に関してはいちおうセリフはあったんですが、あのテンションについてはもう加瀬(亮)くんと水橋(研二)くんにまかせました。友達っていう設定で実際加瀬くんと水橋くんも友達なので、友達だけでしか成立してない会話って感じでやってって。ずっと2人は現場で練習していましたね。」

—— 手塚理美さん扮するアニメーターのお母さんが、自作のアニメのラッシュ試写のシーンに出演しているアニメーターたちは実際にマッドハウスのスタッフの方たちらしいですね。キャラクターの動きに合わせてみんな擬音を入れたり合いの手いれながら試写をみていましたが、アニメーターの方々はほんとうにああいった感じなんですか(笑)?
「あはは!あまりないですよ。本当はあんなふうに「ピュシュー!」なんて言っていません。それにデジタルになってきているのでラッシュ自体あまりやらなくなってきてますね。でも前にマッドハウスでアニメを作ったときに、ああいう風にフィルム缶が山積みになった狭い部屋で「これうまいなー」程度のことをみんなぶつぶつ言いながら観たことがあって、こういうのってすごくいいなーって思いました。それでこういうシーンも作りたいと思ったんだけど、ただ感心してるだけだと面白くないから、ああいたテンションでラッシュを観るってことにしました。一応、そういうことも有り得るだろうということで、ああやってみました。」

—— 庵野さんはアニメの監督という役でほぼご本人そのままですよね。
「そうですね。実際はもうちょっと人見知りで、カメラの前の方が堂々としていますね。そこが面白いんですけど。浅野くんもそうなんですよ。うーん、そう考えると芝居の質感も実は2人とも似ているかも・・・」

—— えっ!?

執筆者

綿野 かおり

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