流れてゆく雲はどこから来てどこへゆくのだろうか?・・・そんなことを誰しも一度は考えたことはあるだろう。冒険家であり映画監督であり俳優であり、そして母であるマリオン・ヘンセルは、世界中の雲を撮影し、空を眺めながら自分の人生を振り返り、息子へ手紙を書いた。そうやって出来上がった作品が『雲 息子への手紙』である。あまたの雲の映像と共にナレーションされる手紙の朗読には、バージョンが5ヶ国語あり(日本ではフランス語版と英語版が公開)、フランス語版をカトリーヌ・ドヌーブ、英語版をシャーロット・ランプリングがそれぞれ担当していることもまた話題のひとつである。
地形や天候によって様々な顔を見せる雲を捉えたこのネイチャー・ドキュメンタリーは、アフリカ最南端の喜望峰から地震と火山の島国アイスランド、ヨーロッパをまたがるアルプス山脈、そして気球に乗って撮影したコロンビアなど自然を相手に行われたその撮影の困難さは想像に難くない。しかし「どこもそんなに問題はなかったわ。」とにっこり笑って答えるヘンセルさん。大変に違いない撮影の旅をそんな風にさらっと言ってのけてしまう彼女の姿には、とても人生に対する勇気を垣間見た気がする。雲というスクリーンを通して彼女が投影したもの、撮影の思い出、製作の裏話などきいてみました。

★『雲 息子への手紙』は9/11より東京都写真美術館ホールにて公開




−−−なぜ雲と手紙の朗読をむすびつけたのでしょうか?
マリオン「雲の映像を音だけで描こうとしたら、少し物足りなさを感じました。だからそこにドラマ的な流れをそこに加えることで、観客にとってより一層近づきやすいものになるのではないかと考えました。しかも、それは多くの人たちが感情移入できるような物語がいいと思いました。今回は母から息子への手紙という形だけど、母と息子だけの関係を描くのではなく親である人たち、または子どもたちに向けていろんな言葉が伝えられるんじゃないかと思って、手紙という形式にしました。子供の頃、特に思春期の頃から雲に強く惹かれていたんですが、50歳になって人生を半分以上過ごしたなぁ、と思った時に少しそこにとどまって何かをゆっくり見つめるような作品に取り組みたいと思いました。そういう気持ちからまず出発して、自分たちが住んでいる地球をもう少し自分に近づけてみたらどうだろう。そうすることでこの地球の美しさと、一方でそれが汚染されている危機的な状況を含めて、自分も知りたいし他の人にも伝えたいというのがこの企画のはじまりです。」

−−−ちぎれてくっついて流れてゆく雲をみて何を感じ取りましたか?
マリオン「人間が生まれて成長して死んでゆく、そういうことが雲には凝縮されているように思える。それは別にその撮影中に思ったわけじゃなくずっとそう思っていた。人の人生を象徴しているようなところがありますね。よく人間が死んだらその魂は雲になるのかなって考えていました。」

−−−ナレーションにカトリーヌ・ドヌーヴやシャーロット・ランプリングなどバージョンを5ヶ国語でつくっているのはなぜですか?(日本ではフランス語と英語バージョンで公開)彼女たちをキャスティングした理由は?
マリオン「映画の企画自体特殊だから、配給される国ごとのオリジナルなバージョンがあったら面白いんじゃないかなって。こういう試みってたぶん今までになかったと思うのよ。5ヶ国の言語それぞれがもつ(発音やリズムによる)音楽性の違いも面白いと思ったし。それにこの映画には役者が登場しないでしょ?監督としては役者と一緒に仕事をすることは喜びでもあるのよ(笑)。キャスティングは低音で抑制された声質をもつ女優を好んで選びました。また、彼女たちはすごく自然で芝居がかった演技をしない女優たち。テキスト自体がエモ—ショナルなものなので感情的に読んでしまうと重くなりすぎてしまうのよ。だからテキストと距離感を持って朗読してもらうようにお願いしました。それに、彼女たちはみんな自分と同じような世代でお子さんもいらっしゃる方たちだから手紙の内容も理解してくれそうだと思ったしね。」

−−−監督ご自身でナレーションを担当することは考えましたか?
マリオン「自分でナレーションをやるとあまりにも自伝的になってしまう、独り善がりで観客が感情移入しづらくなると思うのよ。それに女優さんたちはみんなとっても知名度の高い方たち。彼女たちにお願いすることで興行的にもやりやすいんじゃないかと思いました。」

−−−なるほどプロデューサー的な視点も入ってのことなのですね。ではもしも日本語版を作るとしたらどんな女優さんがいいでしょうか?
マリオン「私は日本の女優さんを知らないのでわからないわ。選ぶとしたら、いくつかの声を誰かにピックアップしてもらってそこから探っていくしかないわね。今回5つのバージョンをつくったのは、どれも自分がわかる言語だからなんです。声の響きやトーンなどそういったものが自分でジャッジできるけど、日本語はまったくわからないからどういう風な感じなのかアドバイスしてくれる人がいないとできないわね。誰かいい女優さんはいないかしら(笑)?」







−−−映画を観た息子さんの反応はいかがでしたか?
マリオン「映画を作る際、彼のことが語られるので承諾は得ていました。出来上がった作品も観ています。彼はすごくエコロジストなので、地球の美しさや瀕している危機感が現れているので映像にも満足してくれているみたいです。」

−−−撮影前からある程度撮りたい雲のイメージはありました?それともその場で出会った雲を撮影する感じでしたか?
マリオン「どういう種類の雲かはある程度決めていました。公害から発生する雲、あるいは渦巻きだとか、また空の雲ではなくて水面や建物に映った雲、そういう風にいくつかのシーンは決めていました。おおまかなものだけ決めて、それに沿ったなかで色んな予期せぬ雲との出会いがありました。エトナ山という火山から発生する輪のような形の雲は、火山現象から発生したものですが、そういう雲が今までエトナから出ていたことなんてないんです。」

−−−撮影の大変さは想像に難くありませんが、特に大変だったのは?
マリオン「やはりエトナ山での撮影で、火山の岩肌で撮っていまして、活火山なのでいつ噴火するかわからない状態でした。本当に燃えている石が飛んでくるんですよ。あと、マダガスカルは交通の便が悪く、どこにいくにもアクセスがよくなくて、宿も水がでなかったりしたわね。でも他の箇所は特に問題なかったわ。大きな事故もなかったしね。強いて言えば火山が爆発したときに私たちのベーステントが燃えてしまったくらいかしら。」

−−−スタッフや撮影の規模は?
マリオン「訪れた国によって違っていたけど、だいたいはカメラマンとそのアシスタントと私の3人が多かったです。国によってガイドさんが入ったこともありましたが、スコットランドなどよく知っている国では私とカメラマンだけだったりしました。少人数です。使った機材は35ミリのアートンという軽いカメラなんですが、ロールが4分くらいしか続かないからそのたびにアシスタントに取り替えてもらったりしてて忙しかったのよ。音響はすべて後で入れているのでそれに関してのスタッフは必要なかったの。」

−−−音楽のマイケル・ガラッソさんはどういう経緯で参加されているんですか?
マリオン「当初はギリシャのアンゲロプロスの音楽を多く作っているエレーニ・カラインドロウにお願いしてあったんですが、体調不良でだめになってしまった。そんな時にたまたま『花様年華』をみてマイケル・ガラッソさんの音楽がいいなって思ったんです。それでイタリアに住んでる彼にすぐ連絡してアイデアを話したらすぐに賛成してくれました。雲にかぶせる音楽なので自由にたっぷり作ることができたみたい。出来上がった映像を見てもらってどんな楽器を使うかなど打ち合わせをしました。」

−−−出来上がった音楽を聴いた感想は?
マリオン「多様な雲のイメージに合う音楽を作ってくれたと思いました。でも彼が作ってきた音楽は78分もあって本編よりも長かったの。映画には音楽がないシーンも必要だし、雨の音や風の音も入れたかったんでせっかくだけど少し短くしてもらったんですよ。彼はとてもガッカリしてました(笑)。今回日本に来たから言うわけじゃないけど、音楽の中で琴を使ったフレーズが私は一番すきです。」

執筆者

綿野かおり

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