「脚本を読んだ宮藤さんが『おもしろい!』って言ってくれたことが励みになりました」(瀧川監督)。瀧川治水監督の劇場長編デビュー作「福耳」は恋する年寄りゴーストに憑かれてしまった青年のちょっとコミカルなファンタジーである。高齢者向けマンションを舞台にシニアの恋とチャランポランないまどき青年の恋とが錯綜、脇にオカマの老人が出てきたりと人間ドラマとしても楽しめる極上のエンターティメント作品に仕上がった。主演の、一人二役とも二人一役とも取れそうな掛け合いコンビを演じるは田中邦衛と宮藤官九郎。クドカン初主演作としても話題の「福耳」。当代人気脚本家にホンを読ませるのはプレッシャーだったのでは!?と瀧川監督に問い掛けて返ってきたのが冒頭のコメント。公開に先駆け、監督に製作秘話を語ってもらった。

※9月13日より有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー!

 






——瀧川監督はファンタジーやホラーの出身ですね。それだけに、高齢者の映画といえど従来の作品とは一味違う…。
瀧川 ファンタジーの材料を探していたんです。僕の中にあった最初のイメージはお年寄りと若い人が手を組んで生活するみたいな感じですよね。それから劇中に出てくるオカマの話もそう。Mr.レディ&Mr.マダムっていう、あれも一種のファンタジーだと思うんですけど、ああいう世界観をおじいちゃん、おばあちゃんの話で出来ないかなっていうのがあったんです。そういう舞台を探してたっていうのが始まりですかね。それも老人ホームじゃなくて高齢者が楽しんで生活できるような場所。そんなことを考えていたら、高齢者向けのマンションが増えてきてるという情報を耳にしまして…。脚本家の冨川文夫さん(「うなぎ」、「赤い橋の下のぬるい水」)も元はファンタジー出身の方ですから、お年寄りの話でもそういう要素は盛り込みたいねって話をしていたんです。

 ——宮藤官九郎さん初主演映画でもあります。企画の段階から決定していたそうですが。
瀧川 まず、主人公はフレッシュな人を使いたいというのがありました。なおかつ芝居の能力の高い人が欲しかった。相手役は田中邦衛さんですし、一人二役的な芝居もしてもらうことになりますから。宮藤さんのことは大人計画の芝居でよく知っていましたし、コントの才能はいわずもがなですよね。

 ——人気脚本家に脚本を読ませる、そんなプレッシャーはありませんでしたか?
瀧川 ありましたね(笑)。いろいろ言われるんじゃないかとも思いましたけど、素直に「面白い」って言ってくれたんですよ。それが勇気になりました。撮影現場でも一言一句セリフを変えずにやってくれましたよ。やっぱり、脚本を書いている人ですから「(役者さんに)あまり変えられたくない」というのもあったみたいですね。

 ——ともあれ、田中邦衛×クドカン、このキャスティングは正解ですよね。2人の息が合わないとああした絵作りはできないでしょう。
瀧川 この組み合わせは奇跡的です。宮藤さんは田中さんの大ファンで「田中さんとの共演ならぜひ、ぜひ」と言ってくださいましたし、田中さんの方も彼のような若い俳優と組むことはいい刺激になったみたいですね。宮藤さんが鏡を覗き込むと、自分の顔ではなく田中さんの顔が映ってるじゃないですか。ここで、宮藤さんの動作と、鏡の中の田中さんの動作は一致させなければならなかった。でも、あの芝居を合わせるのはかなり大変だったんですよ。2人で相談して実際に動いてみて、何度も練習してました。あのシーンは撮影するのにとても計算が必要でした。鏡にカメラマンの姿が映らないようにしなきゃ、というのも含めてですね。






——監督ご自身、福耳ですけれど宮藤さんのそれは?
瀧川 シリコンです。特殊な接着剤を使ってシリコンを耳に入れてるんですよ。毎回1時間近くかかりましたね。

 ——高齢者マンションのマドンナを司葉子さんが好演しています。司さんは久々の映画出演ですよね。
瀧川 そうですね。司さんは思っていた通り、ものすごいオーラのある人なんですよ。あのオーラをスクリーンに復活させたことを光栄に思いますね(笑)。これを機にまた映画にどんどん出るようになってくれればと思います。成瀬監督とか小津安二郎監督か゜よかったなあと言わず、瀧川映画にもまた是非出てもらいたいです(笑)

 ——この映画をどんな方に見て欲しいですか。
瀧川 ちょっと先が不安に思っていたり、悩んでいたりしている若者すべてに見てもらいたいですね。この映画は今ちょっと疲れて立ち止まっているかたへの癒しの映画です。これを見たらとにかく元気になりますよ。クドカンを選んだのも、彼はマルチな才能もつすごい若者だけれど、とても自己不安と戦いながらも新しいジャンルに常に挑戦する勇気をもっている男です。今回の役で主役をやってくれたのも彼の度胸です。そんなところを若い人に真似して欲しいんです。また、若い人たちはもちろん、お年寄りには是非映画館に来て見て欲しいですね。日本は経済的にも行き詰まっていますけど、お年寄りたちが楽しめる、外にどんどん出たくなる社会になれば活性化していくと思うんです。福耳をきっかけにそれこそ映画館にお年寄りが殺到するようになれば日本は変わっていくんじゃないでしょうか。

執筆者

寺島万里子

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