昨秋2002年の東京国際映画祭協賛企画「コリアン・シネマ・ウィーク2002」で上映された『イエスタデイ』は、2020年の朝鮮半島の国際都市で起きた老科学者連続殺人事件と警察庁長官の誘拐、そして、その捜査に加わった男女の宿命をクローン問題に絡めて描いたSF作品だ。
 監督のチョン・ユンスは、本作がデビュー作になるが、広告代理店勤務を経てアメリカで映画を学び、94年から映画の原案や脚本を手がけ、SFアニメーションの企画もする異色の経歴の持ち主である。主演女優のキム・ユンジンは、『シュリ』の大ヒット、そして2001年の日韓友好大使も務めたネームバリューの持ち主だが、監督も驚くほど真摯な態度で本作に臨んだという。
 主演としては、彼女のほか、『将軍の息子』のキム・スンウが警察の特殊捜査隊の隊長を、『ユリョン』『ソウル』のチェ・ミンスがカリスマ性を感じさせる犯人役として起用されている。
 昨秋、来日した際のインタビューから、この映画の魅力を探ってみたい。
 なお、インタビューは、2002年10月28日と30日の2回に分けて行われたものを編集していることを、最初にお断りしておく。




——まず、このシナリオを作るきっかけからお願いします。
チョン監督 これは、クローンの話がテーマです。(現代は)技術が発展している反面、それをどう活用すべきかという倫理観がまだ出来上がっていませんので、そのへんの葛藤はどうなっているのか、という世の中に対してのメタモルフォーゼです。歴史は巡っているということ、新たな悩みが生まれて葛藤が生まれてそれを克服していくというサイクルもあります。そのへんのことを訴えたかったので、タイトルを「イエスタデイ」にしました。
——近未来のイメージはどのようにしてできていったのでしょうか?
チョン監督 私は、まったく現実味のない神話的な世界やとんでもない世界としてではなく、ある程度現実的に可能な話を素材として描きたいと思いました。そこで20年後ということにしました。20年以上となると、その後の時代については予測ができません。未来学者の話をいろいろ聞きましたが、予測可能な要素としては情報通信の発達があり、遺伝子工学については全く予測がつかない、とのことでした。ですが、朝鮮半島は統一され、どのくらいの人口規模になり、国際化の度合いはどうであるかということ、たぶん化石燃料は不足してくるだろうと、そういういくつかの条件については予測が可能であるということでした。
 そういう根拠の下で現実味のある映画を作るためには、それに合った新しい都市を創出しなければなりません。構造的には朝鮮半島の西海岸に既存の都市を拡張させた形として新しい都市・インターシティを作りました。この都市は、国際都市で、そこには外国から労働力としていろいろな人が集まってきています。彼らは劣悪な環境の中で労働力を提供し、そういう状況で自然とスラム化が進む反面、ベッドタウンの中心には高層ビルが発達し、両極化するような形になるだろうと想像しました。そういったイメージは『ブレードランナー』でも描かれていますが、そういうSF的な状況を基にして交易都市としてのインターナショナルシティを略してインターシティと呼んだわけです。実際、こういったものはある程度現実化されようとしています。
 アイテムとして使ったものの中には、広告ステーションがあります。空を飛ぶ広告飛行船があって、それをとめるステーションがあります。資本主義がイデオロギーとして採用される都会を広告というものが象徴すると思ったので、至る場面に広告を登場させるというようなことを心がけています。
 この映画のためには、CG作業も必要でしたし、ロケハンもかなりやりました。撮影期間はかなり長く、企画から撮影に入るまで2年、撮影がクランクアップまでが9ヶ月かかりました。




——さて、キム・ユンジンさんの役は、健忘症で、養父の誘拐事件を追ううちに自分の秘密に至るという難役です。この役を演じるにあたって苦労された点は?
キム いろいろな役割をもっているヒロインでしたので、そういう表現がかなりプレッシャーになっていました。いろいろと変わっていく状況のなかでどこまで計算して演じ、ストーリーを伝えればいいのかということが常に疑問でした。ですから、監督にこれでいいのかという確認を入れながら演じていました。最後でどんでん返しには、シナリオを読んで私もかなり衝撃を受けたのですけど、この役柄が私にはかなり魅力的に感じられました。事件に巻き込まれ、犯人を追いかけるうちに自分のアイデンティティというか自分の姿が見えてくることも魅力的に感じましたし、最後のほうで捜査員と一緒に疑問を解決していこうというヒロインの姿から感じられる虚しさ・寂しさがとても伝わってきていたんです。
 この映画では、私には特にアクションシーンがなかったので、トレーニングしなくてよかったのはかなり嬉しかったのですが、その代わりに、心理学の研究者の役ということで、心理学の関連書籍とか犯罪学とか遺伝学とか、監督が渡してくれた関連資料を家でじっくり読んだり、インターネットでいろいろ調べました。映画の中で私が研究者になって観客にいろいろ情報を与えることができるように、そういう準備作業はしていたんですよ。
チョン監督 最初、私が彼女に会ったとき、彼女はシナリオを読み込んでいました。今まで会った俳優のなかで、シナリオをここまで細かく読んで分析して把握して来たのは、彼女が初めてでした。どこが良かったとか、自分の考えではこうだとか、疑問点だとか、いろいろな面をかなり細かく書いてきたので、私のほうが、この人は監督として資格があるんじゃないかと、まるでインタビューを受けているような気持ちになりました。そんなわけで、彼女の第一印象にはたいへん感銘を受けました。だから、私は彼女をキャスティングしようと思ったんです。クランクイン後も、彼女は常に緊張して、つまり、常に緊張するということは常に準備している俳優だということで監督としてかなりありがたく思っていましたね。
——監督とコミュニケーションをとる中で、ぶつかることはなかったのですか?
チョン監督キム (笑)
チョン監督 大枠的には、最初から私の意見とか考え方に同意して撮影に参加したわけですから特に問題ないんですよ。彼女は、自分の役柄だけで映画がよくなるわけではないと熟知している俳優だから、基本的な部分では衝突はありませんでした。細かい部分では意見の違いもあったわけですが。たとえば、感情表現の面で、私は最後のほうに向けて最初は感情を抑制してほしかったのですけど、彼女には、ドラマが流れる上で観客も感情移入できるように感情を出してもいいんじゃないかという意見があって、結局、その場面では彼女の主張どおりのヴァージョンと私の考えているヴァージョンと折衝したヴァージョンの3つを撮って、最後に編集したのです。どのヴァージョンが使われたか覚えていないのですが、そういうケースもありました。もうひとつ、彼女は気に入らないことがあると割とストレートに表現するのでそれで戸惑ったこともありますが、そういった性格ゆえにかえって解決が早かったと思っています。



——アクションで、身の危険や恐怖を感じることがありませんでしたか? キム・ユンジンさんは銃さばきがお上手でしたが、訓練されましたか?
キム 銃は、今回のために特に練習はしていないです。以前の作品で経験があったのでそれで十分でした。それに、今回の役柄としては体を使うというより頭を使う役柄で、(武器の扱いなど)鍛えられている役ではないので、あえて練習はしていません。
チョン監督 船の爆発寸前に船腹にぶら下がるシーンでは、実際の撮影ではロープで体を支えて宙ぶらりんの状態になっていたんです。真下が深い海ですごく寒い冬の日だったので、みんな苦労したと思うし、言ってみれば危険な撮影でしたね。キム・ユンジンは、そのシーンを特に怖がらずに大胆にやってくれたけれど、男性のキム・スンウが怖い、やりたくないと言ってたんですよ。彼女が平気な顔で撮影に取り掛かったので、キム・スンウが「怖くないの?」と彼女に訊いたりしてましたね。
——主演のひとり、キム・スンウさんは、コメディの経験が多い方ですね。今回、この役に起用された理由は?
チョン監督 キム・スンウは、最初はコメディのイメージがどうだろうかという意見もありましたが、映画デビューは『将軍の息子たち』で、体育学部出身なのでアクションにも耐え荒っぽい男も演じられると判断しました。かつ、自分の子供を殺してしまった苦悩に満ちた男を演じることができるだろうと。もうひとつ、彼は2年間芸能活動を休止していましたから「一緒にイメージを変えていこうじゃないか」ということもありましたね。彼は、明るくて面白い人で現場をいつも和らげる役割をしてくれていました。
——同じく主演のチェ・ミンスさんはスタイルが確立された方ですが、何か彼を演出する上で苦労された点はありましたか?
チョン監督 彼自身が最初に望んだ役は、キム・スンウが演じたほうの役でしたので、こちらの役をやってほしいと説得しました。悪人にならざるを得ないという役も魅力的ではないか、悪役というものがリアルに見えてこそ作品が成り立つのだと説得したのです。彼は、シナリオの段階から注文をつけてきました。一緒に話し合って納得のいくものにしたいということですね。それはポジティブな意見だったので私も聞き入れてきました。妥協も強いられることがあるわけですが、妥協したらそれに従ってくれる男でした。



——この映画を難しすぎるという観客もいますが、監督が言いたかったことは何ですか?
チョン監督 大きく言えば、人の普遍的な生き方について話をしたかったのです。つまり、クローン人間であれ普通の人間であれ、人間は孤独な存在だということを基本的な考えとしています。そして、人間という存在はひとりで生きていく存在ではなく、社会と歴史のなかに放り込まれた存在です。歴史は繰り返されていく。過去に撒かれた種が現在の私たちに降りかかってくるケースもあれば、今、私たちが撒いた種が未来の子孫たちに降りかかるかもしれない。ですから、こういうことをSF的表現で描いてみたかったのです。現在を過去として描いて、未来を現在として描く、そういう手法をとりました。私たちの細胞のひとつひとつがクローンに複製されるように、私たちの過去・歴史というのも複製されるようなものです。その中で私たちがどういうものを守らねばならないのか話したかったのです。
 私の話を理解するためには、「父」というキーワードをとれば理解しやすいのではないかと思います。つまり、人間としての「父」、神様としての「父」ですね。そうすると、クローン人間にとっては誰が「父」なのか、こういう事態を作ってしまった原因としての「父」は誰なのか。そして、私もいずれは誰かの父になる、という全体的なことを考えて、そういう話をしてみたかったのです。
——「母」ではなく「父」という発想になったのはどうしてですか?
チョン監督 父であるか母であるか性別は特に考えなくてもいいと思います。たまたま設定上、ここで男性が主人公であって、問題の中心に男性がいて、ヒロインが原因となった犯人を追いかけ、犯人が男性である、父親が男性である、そういう状況で「父」というキーワードを皆さんに提案したわけなんです。個人的には男性よりも女性のほうが優越していると思いますね。というのは、女性には創造的なイメージがありますが、男性は女性が創造したものを守るために何かを破壊します。そういうものが人間の文明だったと考えています。本作にはゴリアットという犯人に、母の顔を思い出せないというセリフがあるのですけど、ここで言う「母」というのは何かを作り出す肯定的なプラス的なイメージの存在です。そういう意味で、「父」は何かを守るために破壊する存在として理解していただければと思います。



——キム・ユンジンさんは最初に監督にお会いしたとき、シナリオをかなり読み込んでらしていろいろ意見されたということでしたが、ご自身で今後、シナリオを書いてみようというお気持ちはおありですか?
キム 私にそういう能力と才能があれば。シナリオ作業をすることは憧れですね。演じるためにはシナリオが必要なんです。そういう意味では、ストーリーの枠組みを作っていくことはひじょうに魅力的な作業で尊敬できる作業ではあると思いますが、あいにく、私にはそういう才能はないので、そこまではできないと思います。私にできることといえば、監督が観客に伝えようとする内容を演技を通して伝えることですし、そういう面ではある程度満足していますので、俳優以外の仕事をしようということは考えたことはないです。
——映画で描かれたのはシリアスな未来でした。おふたりは、この舞台となった2020年、何をしていると想像されますか?
チョン監督 20歳以降、年齢を忘れてしまいましたので(笑)。18年後に、私が生きているのならば、そのときまでにいい映画を何点か作って、お金も少しは貯めて、ずっと映画の作業をしていられればいいですね。周りの映画人を見ていると、経済的に苦しい生活をいている人が多いので、そういう人達が、経済的にいろいろな面で幸せになっていたらいいなと思います。そして、きれいな空気のなかで子供が育つ社会になっていたら。
キム 実際、明日、私がどうなるかもわからないので、未来のことはわからないのですが、そういう不確実性があるから、好奇心のために一日一日生きているような気がします。それは、喜びでもあり、期待でもあるのですけど、18年後だったら、私は主婦になっているでしょう。主婦になり、母として生活しているだろうと思います。そして、もうひとつ、映画、演技をずっとやっている自分であればいいですね。家庭でいくら頑張っても演技者にはなれませんし、観客が私キム・ユンジンという俳優を見たいと思って下さればキャスティングに繋がるんですね。ずっとこういう世界で演技が続けられればいいなと思います。

執筆者

みくに杏子