アメリカ一の工業都市と謳われたのも今や昔、没落・停滞した街・デトロイトで、さらに都市と郊外を別ける“8マイル・ロード”を舞台に、様々なプレッシャーと対峙しつつ、ヒップ・ホップのフリースタイル・バトルを通じ、明日を見出そうともがくジミー。全米ラップ界の寵児・エミネムの映画初主演作である『8 Mile』は、音楽映画としての側面を完璧に押さえた上で、ヒップホップ文化の根源を紹介しつつ、逆境の中で夢に向かう主人公達を共感を持って描き、音楽ファンのみならず、世代を超えたあらゆる層にアピールする熱いドラマが堪能できる話題作だ。監督は、アカデミー作品賞受賞の『L.A.コンフィデンシャル』をはじめ、骨太なドラマを得意とするカーティス・ハンソン。舞台となったデトロイトで、手持ちを中心に撮影を敢行。95年のデトロイトという街の発する息吹と、そこに生きるキャラクターを生き生きと描いている。
 本作の5月からのロードショー公開を前に、カーティス・ハンソン監督が4月8日に来日を果たし、パークハイアット東京にてプレス・ミーティングが開催された。ハンソン監督の来日は今回が二度目。スラリとした長身の持主で、穏やかで聡明そうな表情は明るい。「桜の美しい時期に来れてとても嬉しい、写真等では観たことはあったが、初めて本物を見ました」との挨拶に続き、質問の一つ一つに丁寧に答えてくれた。

$navy ☆『8 Mile』は、2003年5月24日より日比谷スカラ座ほかにてロードショー公開!$




Q.エミネム演じるジミーのもがき、悩みつつ飛び出していこうとするキャラクターは、『L.A.コンフィデンシャル』でのラッセル・クロウの姿にも通じるものがあったように見えましたが?
——二つの映画の主人公は、自分の今の生活をどうするかということを悩みながら模索する人物だ。社会が自分にどういうことを期待し、自分がどうすべきかを悩み、内には怒りを秘め、最初はそれを不適切な手段で表現しているが、やがてジムはヒップホップという形で表現していく。そう、私が今回見せたかったのは、ヒップホップがこうした生活や感情から生まれてきたということなんだ。

Q.初出演のエミネムの演出はいかがでしたか?また俳優として特に魅力に感じられたのはのはどこでしょう?彼の眼つきはひじょうに印象的だと思いますが…
——エミネムに関しては事前に抱いていた印象と、実際に仕事をしての印象は予想通りだった部分もあれば、異なっていた部分もある。私はどの俳優と仕事をする時も、俳優が一番やり易い環境を作ることを心掛けているのだが、中でも一番大事なことは信頼されるようにするということなんだ。彼とは撮影開始前に多くの時間をとって、彼の信頼を得るようにしたんだ。だからこそ彼は、本当の自分を見せてくれたんだ。音楽をやっているエミネムは、音楽等に隠れてしまうこともできるわけだけれど、この映画では裸のエミネムを見せることが狙いで、それは達成できたと思う。
眼差しに関しては、まさにおっしゃる通り。彼とは撮影前に数週間逢う時間をとったが、俳優としては未経験だったが、印象的なその目はまさに映画スターとしての天性の素質を感じさせ、彼なら主人公で行けると思ったよ。

Q.監督から見て、裸のエミネムとは、一言でどういった姿だったのでしょうか?
——それはとても難しい。というのは、エミネムはひじょうに強烈な個性の持主で、アメリカでは万人に好かれているわけではなくネガティブな印象もあったんだ。ただそうした反応を抱いていた人たちも、映画の彼には好意的だ。実際音楽と言うものもパフォーマンスの一つであり、そんな彼のパフォーマンスを見て嫌いだとか言ってた人たちが、今度は演じる彼を見て好きになっている。だから本当の彼というのは、ここでは答えられないね。この役が彼に出来そうだという自信を持てたときには、彼が音楽アーティストであるということは忘れ、ラッセル・クロウ達と同様、俳優として接したんだ。





Q.ヒップホップという若い文化をテーマにするにあたり、注意された点は?
——私がこの作品で一番の目標にしたのは、95年のデトロイトという街、その文化と世界を出来るだけリアルに描くことだ。キャスティング、撮影スタイル等は全てその目標に向かって決められ、例えば撮影は雰囲気を出すため全て手持ちカメラで行ったんだ。私はこの映画で観客に、今まで描かれたことが無かった人々、文化を紹介すると同時に、アメリカン・ドリームの裏側の世界を見せた。ヒップホップはそこから生まれたわけだが、必ずしもヒップホップ映画というわけではないね。たまたま彼らが、ヒップホップで表現していたということなんだ。
付け加えると、本作の中ではデトロイトという場所が重要な意味を持っているが、この街はかつては全米一の工業都市であり、そこには未来があったのだが、今は未来が見えなくなっており、そこで育つ若者たちは、どうやって自分を出し何をすべきかで悩んでいると思う。そしてそれは、何もデトロイトに限ったことではなく、世界中の若者が抱えている問題であり、それを描けるチャンスだったんだ。

Q.『クロス・ロード』『ノット・ア・ガール』『スウェプト・アウェイ』などミュージシャンの出演映画が多々作られてますが、意識された部分はありますか?
——そうした作品のことは、一切考えなかったよ。元々本作はヒップホップのスターを描く作品として捕えたわけではなく、自分としては物語りに惹かれ、またエミネムの俳優としての素質を認めてのものなんだ。それと映画を撮る前に考えたのは、エルビス・プレスリーのことだね。エルビスの時代に育った、映画ファン・音楽ファンの一個人としては、もしエルビスがもっと俳優の方向に進むよう導く者があれば、彼の人生は変わっていったのではないかということを思ってね。

Q.この作品が大ヒットしたということは、音楽ファン限定では無く広いそうに受け入れられたということだと思いますが、それにはどのような背景があったと思われますか?
——この映画はヒップホップファンにとってもリアルに感じられると同時に、それを知らないもしくは嫌いな人たちにも娯楽作品として楽しめ、またちょっと考える部分がある。そしてヒップホップがどういうもので、またそのルーツは何かを感じてもらおうと作ったんだ。

Q.エミネムの初期の作品等には、女性蔑視などネガティブな要素を扱ったものが多いですが、ヒップ・ホップにはそうした側面があると思いますか?
——確かにネガティブな感情を描いたものも多々あるが、だからこそこの映画では、そうした歌詞の歌を歌ったりしながらも、母親や幼い妹を庇ったり、ブリタニー・マーフィー演じるアレックスに裏切られても最終的には受け入れ、認め合いもする。また、ランチ・トレーラーの場面では、女性とゲイの男を庇う場面がある。観ている人によっては混乱するかもしれないが、現在の若者達がそうしたことを考える手助けになればいいと思って入れたんだ。






Q.今回も素晴らしい俳優が多数出演されてますが、中でも印象的だったキム・ベイシンガーの起用理由と演技についておきかせください。
——キムは『L.A.コンフィデンシャル』で仕事をした際に、いい役を与えれば本当に素晴らしい演技を発揮してくれることを発見したんだ。彼女はとても美しいが、相手と距離を置くという美しい人にありがちな部分が無く、人々を受け入れるところがあるんだ。今回のジミーの母親役も、彼女が演じたからこそ人間性が出たし、ネガティブな部分が強いキャラクターを、迷いがあり自分がどうしていいかわからない人間として描けたんだ。

Q.劇中でジミーの仲間が怒り銃を使おうとした時に、仲間同士で必至にとめようとする描写があり、一般的なあの世代、環境に対するイメージとはちょっと異なったように感じましたが、それは実際に彼らがそのようなモラルを持っているということでしょうか?それとも、監督の願いをこめて描いたものでしょうか?
——それは皆さんが映画等から感じるステレオ・タイプのことだね。確かにヒップホップ音楽や映画の中には、銃やドラッグ、暴力などが出てくるが、この映画は若者の生活を忠実に描こうと思ったんだ。彼らはヒップホップ・ファンであり、歌の内容=人生ということではなく、普通の生活をしているんだ。今回の作品もキャスティング時にデトロイトを中心に何百人もの若者にあって、彼らの生活についてリサーチをしたところ、ドラッグ等は彼らの生活に存在してはいるが、毎日関わっているものではない。それとエミネムにしろ、彼の友人にしろ、劇中のキャラクターにしろその多くは、実際の父親を知らないで育っている。母親も仕事に出てと家族を知らない状態で、友人達との間で家族を作りあげているのは真実だ。

Q.演技指導以外にラップ場面の演出等はいかがでしたか?
——この映画を撮りたかったもう一つの大きな理由は、ラップのフリースタイル・バトルを見せられるということだ。中々普通は見る機会は無いだろうが、若者達が拳の代わりに言葉で戦うわけだ。その演出法としては、ボクシングの試合のような環境を作ってみたんだ。エミネムは、実際にフリースタイル・バトルの出身だが、それを見た事があるのは、デトロイトのクラブの一握りの観客だけで、大半はそれを知っていても見たことはなかったんだ。またエミネムは自分のバトルの歌詞は、全て自分で作っているし、相手役の歌詞も手伝っているんだよ。

執筆者

宮田晴夫

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