この秋、台湾で公開されロングランヒットとなった青春映画「藍色大門(原題)」が東京国際映画祭“アジアの風”部門で上映された。来年2003年夏にシャンテシネで『藍色夏恋』として公開されることも決まっている珠玉作。17歳という多感な時期にさしかかった少女が、親友が片思いする少年に想いを寄せられることで経験する切なさと、少年の情熱とやるせなさをイー・ツーイェン監督が実に清々しいタッチで描いた。
 コンペティション参加作品として上映される予定だった本作だが、直前になってサンパウロ映画祭への参加がわかりアウト・オブ・コンペティションでの上映になるというアクシデントに見舞われた(映画祭規約に触れるため)。だが、ティーチインに現れたイー監督は穏やかな表情で「この映画は台湾でも公開されたばかりで、(この映画祭の観客の)皆さんにもリアルタイムでご覧頂ける」とどこか誇らしげ。
 ヒロインを演じたグイ・ルンメイは18歳の大学1年生(12月25日で19歳)、彼女に恋する少年役のチェン・ボーリンはココリコの遠藤と期間限定アイドルユニットを組んだこともある19歳で、撮影時はともに役柄同様17歳。ボーリンは若干の芸能活動の経験があったが映画は初めてで、ルンメイはまったく経験がなかったらしい。本作のヒットでふたりは注目の若手俳優となり、映画祭開催中に台湾で「日本で番外編を撮影した」という記事が写真付で新聞に出たり、帰国後も本作関連のイベントに出演したりという日々を学業の傍らで送っている。
「とても緊張している」と言いながらも、客席に愛嬌を振りまくボーリン。育ちの良さと聡明さが言葉の端々からにじみ出るルンメイ。フレッシュなふたりを温かい目で見つめる監督……。
 では、3人のティーチインをお届けしよう。





——演技がとても自然だったのですが、出演されたおふたりは何か苦労された点がありましたか? 短い日数で撮影されたかと思うのですが、そのあたりのことをお願いします。
ボーリン「撮影に入る前に1ヶ月ほど監督からレッスンを受けました。本番に入ってからは、役作りもスムーズにできて演技も自然にできたのではないかなと思います。すべてが監督のお蔭です」
ルンメイ「どこで苦労したかというと、いちばん私の印象に残っているのは、体育館の中でのケンカのシーンでした。何回も撮って、本気で手を出しました。シーンが終わって私の足をよく見たら、けっこう傷があって血が出ていて、そういうところで苦労したかと思います。ほかにも、自転車に乗るシーンで私は転んでしまって、手術を受けました。あと、台風が来たりとか、いろいろなエピソードがありましたけれど、いま、終わってみれば、ひじょうに楽しくいろいろな人と過ごせたと思います」
監督「ふたりとも映画出演は初めてということで、先ほども話に出ましたが、撮影前に1ヶ月間レッスンをしました。撮影が始まってからも、1週間ほどのリハーサルをしました。私もいつも映画を撮っているわけではないので、私自身もある程度勉強しなければいけませんでした。レッスンやリハーサルは、たいへん重要なプロセスだと思います。準備万端整えておかないと、撮影に入ってもなかなかうまくいかないのではないでしょうか。ふたりの演技を見てもらえばわかると思うのですが、ふたつの側面があります。ひとつは、ロケに入る前の厳しいレッスンの影。と同時に、私はリラックスした雰囲気の中で、ふたりから自然な演技を引き出そうとしました。そういうふたつのものが残っていると思います。
 とは言っても、いくつかのシーンはリハーサル抜きでやりました。ひとつはキスシーンですね。キスシーンは何回もやると、本番のときに新鮮な感じは出せないというのが私の見解です。あと、ケンカのシーンですね。ケンカのシーンは、ある程度事前に用意しておけば、本気のケンカではなくなって一種のダンスのようになってしまうのではないかなと。お互いに相手に対して本気で殴るということができずに、相手を守りながら殴りかけるスタイルになってしまっては、それはやはりダンス(のようなもの)でしょう。そういう訳で、ケンカのシーンもリハーサル抜きでやりました。
 撮影期間は35日の予定でしたが、先ほども話に出たように台風があったり、ルンメイの怪我があったり、そのほかいろいろありまして、2ヶ月半くらい——75日間になりました」
——グイさんは女の子なのに女の子が好きという難しい役だったのですが、どのように役作りをなさったのでしょうか?
ルンメイ「脚本を読んだ段階では、私はこの役を同性愛者だという決めつけはしませんでしたし、同性愛者の役だとは思っていませんでした。自分も高校生でしたから、高校時代に女子高生の間で仲の良い子が手を繋いでトイレに行ったり、待っててもらったりということはごく普通のことです。女の子同士でも仲良くしたりとかは、おそらく今の若者のなかで愛着の気持ちの表れだと思うんですね。それをどう表現したらいいか、それが私の課題でした。あとやはり、そういう女の子同士の気持ちだけではなく、17歳というのは大人の世界の入り口に立っている年齢ですから、気持ちが男性のほうにいくのか女の子のほうにいくのか、かなり迷うのもよくあることだと思います。それをありのままに表現したいと思いました」
——監督は、街で彼女を見つけたということですが、街でスカウトという話はよく言われますが、そういうことは本当にあるのでしょうか?
監督「ふたりとも街で見つけたんです。今回の役者選びにはかなり時間がかかっていて、1年がかりでいろいろなオーディションをやりました。どのくらいの人にあったか覚えていないほどです。プロダクションからの紹介もあったし、既にデビューしていた役者のなかから何人か選んで面接したりもしましたが、なかなか満足のいく人が見つかりませんでした。それで、私も含めてスタッフ一同でいちばん素朴なやり方で——今になって思えばいちばん収穫のあるやり方かもしれませんが——全員が街に出て本物の高校生に会ってみようということになったんです。行った場所は台北で、台北の渋谷と言われている西門町という所に行き、そこで高校生と会い、彼らがどういうことを考えているのかという実感を感じてから人を選んだわけです。ふたりともそういう選び方で抜擢しました。街に出て何人か候補を連れて帰り、それから1ヶ月のレッスンをしました。誰がいったいこの役を勝ち取るのか、言わずにレッスンをしていたわけですね。皆に一緒にレッスンを受けてもらって、最後に『おめでとう。君がこの役だよ』と私の口から結果発表をしたのです」





——とても内面的に難しい問題をさわやかな青春ものの姿を借りて描いた作品だと思いますが、原作はあるのでしょうか? 劇中何度も男優さんが泳ぐシーンが出てきて、それがなんか青春時代をさまよっているような、迷いつつも前進しようとしているように感じられたのですが。
ボーリン「水泳のシーンが今おっしゃられたように自分が前向きに成長していくものだという意識は、ロケのときにはありませんでした。撮影には昼間から夜までかなり時間がかかっていたし、夜になれば寒いわけですから、はやく終わらないかなと思っていて……。終わって見れば、映画作りはひじょうに楽しい仕事だったと思います」
監督「原作はありません。脚本はオリジナルのものです。何故高校生にこれだけ関心を寄せているかというと、私自身はこの10年間いろいろな仕事をしていて、テレビの世界で高校生の生活を描いたり、コマーシャルを撮っていたときもほとんどが高校生向けの商品でした。ですから、いろいろな高校生と会って話を聞いていたわけですね。私自身感じたものもありますし、この何年間かはリサーチ期間だったと言えます。このリサーチを、今回初めてまとめてひとつのシナリオとして仕上げました。もちろんこれはフィクションなんですが、おそらく見てくださった方々が、誰もが自分の17歳18歳当時の姿を感じとれるのではないでしょうか。ほとんどのことが高校生の生活から集めたものです。なるべくシンプルにストレートに、いま本当の高校生の生活のなかで何が起きているのかを表現できたらいいなと思いました。言い方を変えれば、それぞれのシーンに何かを別のことを意味付けようとかそういうことは考えていなかったのです。そういうことをしていれば、ほとんどの高校生、この映画のいちばん直接の観客である高校生がかえって迷ってしまうのではないかと思ったのです」
——主演のおふたりに撮影中の楽しかったことなど、印象に残っているエピソードを。それと、監督には、師大付中という実際にある学校が舞台でしたが、あの学校を選ばれたのはどうしてですか?
ボーリン「映画に出るのが初めてだったので、レッスンを受けていても現場はどういう雰囲気の世界なのかなと楽しみでした。実際に現場に行ってみると、カメラワークもライトの当て方も、監督の演技の指導をしているところも面白かったです。僕たち役者は、与えられた役をいかに楽しむかが大事ですね。この作品は、僕の今までの役者人生のなかでもっとも素晴らしい作品です」
ルンメイ「映画出演の話があったのは、高校二年生のときでした。高校二年生というと大学受験も控えていて勉強も忙しい時期なのですが、当然のことながら家族に反対されました。何回か監督と会って話をしているうちに、どうしてもこの映画に自分なりに取り組んでみたいと思うようになって、自分で両親に交渉したのです、『ぜひやらせてください』と。そのとき、父から一言ありました。『この映画の仕事というのが、悔いの残らないような仕事だったらやってもいい』と。私は『ぜったい悔いは残さない』と。今、振りかえってみても、これはたいへん素晴らしい仕事で、もちろん悔いは残りませんでしたし、私の人生の中でもっとも素晴らしい体験です。
 すばらしい体験というのでもうひとつあるのですが、映画の出演を通して監督からいろいろなことを教えられました。演技だけではなく、実際の生活の中でも誠実さ・真心を持って臨むこと、これが監督から教えられたことです。これは私にとって大きな収穫となっています。おそらく今回の映画に関わらず、私の未来に向けて私の人生観にこの“真心”ということは、かなりの影響を与えるのではないかと思います」
監督「ふたりの話を聞いていると、私がまるでふたりの父親のようですが、でも、そんなに年をとってないですよ(笑)。
 映画の舞台になった師大付中は実在する学校です。なぜこれを選んだかというと、私が脚本を考えたとき、観客、特に台北の観客に対して一種の責任感がありました。舞台となる所は、やはり実際にないと見てくださる方に本当かどうか区別つかなくなるのではないかと思いました。リアリティというか、本当に起きていることだという思いを持っていただくための選択です」

執筆者

みくに杏子

関連記事&リンク

東京国際映画祭公式サイト