第15回東京国際映画祭・アジアの風部門で上映された「引き金」は、エドワード・ヤン監督の『■嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』で台湾金馬奨最優秀脚本賞を受賞したアレックス・ヤンの初監督作品である。
 殺し屋稼業から足を洗って自首した中年男コエイ。誘拐犯の濡れ衣を着せられて受刑者となった若いホン。互いの服役中に知り合ったふたりは、それぞれに刑期を終えて共に暮らすようになる。ホンが、堅気になって喫茶店を始めたコエイのもとに転がり込むのである。コエイには妻子がおり、妻子のために殺し屋稼業から足を洗ったのだが、妻は彼の服役中に他の男のもとへ走っていた。コエイは、妻子を奪った男を殺そうとするが、家族となった3人を目の当たりにして引き金を引くことができない。やがて、ホンは、コエイの拳銃を手にガールフレンドのココと失踪。ココは、自分と関係を持った義父を殺すようホンに懇願する。一方、コエイは、ホンを探しに来た彼の母親との間に恋情を感じるようになる。
 アレックス・ヤン監督は、ドロップアウトした世界の男と若者をメインに据えて、家族の問題を描く。コエイ役はベテランのニー・ミンラン、ホン役には本作が2作目になる『Jam』のツァイ・シンホン。
 10月29日、A・ヤン監督はツァイ・シンホンを伴ってティーチインの場・渋谷ジョイシネマに現れた。



 ティーチインで、まず会場から挙げられたのはテーマの問題だった。最近、家族をテーマにした作品が散見される現状についてどう思うか、という質問があがった。これに対し、ヤン監督はこの映画を撮ろうと思ったきっかけを以下のように話した。
「2年前、私に子供がひとり生まれたことで、私の人生は変わったと感じた。じつを言うと、私は映画の仕事に10数年間携わってきたなかで、どういう映画を撮ろうかということが自分の中で明確にはなかった。それが、息子ができたということが、私に大きな勇気を与えた。それまではチャレンジする気力さえなかったのに。私は、この映画の主人公・コエイと同じような状況にあると思う。彼は、子供ができて、その子に完璧な人生・完璧な父親の愛を与えようとした。私は、コエイよりラッキーだと思う。なぜなら、この映画を撮っている間に私の妻は誰かと駆落ちなんてことはしなかったから(笑)。
 この映画を撮ろうと思ったのには、もうひとつ大きな理由がある。5年ほど前、私はある高校で講師をしていた。私の教え子のひとりが、あるパブにいただけで、ケンカに巻き込まれて理由もなく殴り殺されてしまった。彼は、いま隣りにいるツァイ・シンホンの同級生だ。そのときから、この年齢の若者のことを映画にしようと考えるようになった。その後、長い間、自分がどうすればいいのかわからない状態が続いていたのだが、あるとき、彼らの世代のことを描く前に、彼らの親の世代がどうであるかを明かにしなければいけないと思った」



 続いて、会場から台湾映画界の現状を問う質問が発せられた。日本で作品を見る限り台湾映画にハズレはないが、台湾映画は壊滅的状況であるとしばしば報ぜられることについてである。これに対して監督は、
「この映画のプロデューサーは私の妻で、私は、この映画を作るために家族や友達から400万台湾ドルの借金をした。こういう悪い環境に囲まれているときは、何を語りたいか、何を作りたいか、ということがひじょうに大切。台湾映画の環境は本当にダメな状況になっているかもしれないが、これからもたくさんの台湾の映画人は台湾映画を作っていくだろう。台湾で映画を作るとき、主な財源は国からの補助金だが、この基金をもらうためのルールは毎年変わっている。私がこの映画を作ったときは、申請前に完成させなければならないという規則だった」
 と、本作の経済的舞台裏を告白した。また、映画監督志望という観客に対して
「まず、苦しい生活に耐える心の準備をし、苦しい生活を楽むこと。それから、人生のなかで起こったすベてのことに対して、興味を持たなければならない。こういうことは、ひょっとしたら、あなたにとって辛いことかもしれない。もしこれができれば、映画監督だけではなく、いろいろなことができるようになる」とアドバイス。
 主演のツァイ・シンホンには、デビュー作『Jam』以降の活動を待ちわびていたファンからの声があがり、それに対して
「またこの舞台に戻ることができて嬉しく思います。前の映画が終わってから、僕は兵役に就きました。その後、今はアルバイト生活を送っています。今はこの舞台に立たせていただいるのですが、来週はこの時間、アルバイト先で皿洗いをしているかもしれません。でも、気持ちは監督と一緒だと思います。つまり、どんな困難があっても何かをやっていこうという気持ちがあれば、これからの道もどんどん開けていくと思います」
 と、厳しい現実と、その現実に立ち向かっていこうという姿勢を見せていた。

執筆者

みくに杏子

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