ある日突然、グレゴール・ザムザは巨大な虫になっていた…。あまりにも有名な、フランツ・カフカの原作の『変身』の演劇版を、6年に渡って上演してきたロシアの国民的芸術家ワレリー・フォーキンが、その映画版に挑んだのが本作だ。雨の降りしきる幻想的な駅の場面からスタートする本作、変身の表現にCG等を使用せず、物語の大半が室内劇で進行するあたりなど、演劇版を原作とした作品らしくもあるのだが、凝った音の使われ方など、明らかに演劇版とは異なる作品に仕上がった。10月28日、シネフロントでの上映後には、フォーキン監督とイーゴリ・クレバーノフ撮影監督が来場し、ティーチ・インが行われた。演劇版の公演で来日したことがあるフォーキン監督は、「変身とは内面のものです。今日世界には悪意が満ち、それは、私達の内面の変化が原因ではないかと思う」とコメント。また、クレバーノフ撮影監督は、初来日と映画祭参加の喜びを語った。以下、ティーチ・インの模様をお伝えしよう。





Q.映像もさることながら音の使い方が独特でしたが、元々舞台があったということですが、音のアイデアは舞台からあったものでしょうか?あおれとも映画で導入されたものでしょうか?
フォーキン監督——音のアイデアは勿論舞台にもありましたが、映画の音の可能性のほうがずっと広く深いわけです。しかも、作曲家は長いこと私と仕事をしている方で、舞台でも一緒なのですが、映画に出てくる多くのシークエンスは舞台では実現不可能でした。ですから、撮影を進める上で様々な音のアイデアが生まれたのはいうまでもありません。

Q.エフゲーニ・ミローノフを主役にされた経緯と、映画監督を経験されて、その経験が舞台演出にどう影響するか教えてください。
フォーキン監督——ミローノフに関しては、私は長年舞台で一緒に仕事をしてきました。彼を主役に映画化することには、全く迷いはありません。映画の中には勿論演劇的な要素がありますけど、映画と演劇は異なる芸術ジャンルなのです。にも関わらず、ミローノフの個性がむしろ映画的であることを確信しておりましたので、映画にも主役として起用したのです。映画での私の経験はとても質素なもので、これが2本目です。それでも映画での経験は、今後の演劇での仕事に大きな影響を与えると思います。特に映像表現と空間処理に、影響を受けると思います。とても困難なことは心理的な問題なんです。演劇で仕事をする時と、映画で仕事をする時とは私自身の心理状態が違います。そして映画では悪魔的な忍耐力が必要とされる。たった一つにシーンのために、1日待たなくてはならない。ここで集中力とエネルギーを保持しなければなりません。兎に角、撮ってしまったらいいということで、降参してしまったらお終いなんです。この忍耐力、持続力が映画の真理で、困難なことなんです。
芝居では2時間、3時間とリハーサルを行いますが、俳優との関わりの重要なポイントを押さえられれば、そんなにかけなくてもいいんです。ところが映画の場合は、撮りあげるまでが結果で、その時間が全然違うのです。






Q.劇中スローな場面が二度ほどでてきますが、その場面についてお聞かせください。
フォーキン監督——ラビットといって、スローモーションで撮影する非常に普及している手法ですが、同時に俳優もスローな演技をするわけです。ここではそうした極度のスローモーションで、1種のショックを与える効果を狙いました。それからもう一つ、ザムザがまだ夢から醒めていない状態を表現したのです。

Q.ザムザの変身後の動きや声などは、どのように演技指導されたのでしょうか?
フォーキン監督——この映画の撮影は1ヶ月で終えましたが、それは大変のことです。仕事そのものも大変でした。毎日休み無しに12時間仕事をし、準備もあるのでミローノフは朝8時にはリハーサルを受けていました。手足の動きのプラスシカ(可塑性)…バレエなどでも使われますが…を遂行するためのリハーサルを朝から行ってましたので、彼の負担が一番大きかった。そして、特に彼の動きが個別化しないように、注意したのです。単に技術的なものではなく、内面の必然性で動きが出てくるという風に。だからこの薬にはミノーロフさんがピッタリしていたのです。彼は内面からの演技と言うものを確信を持って行う能力のある役者なのです。それが彼を起用した理由でもあるのです。

Q.作品のテーマですが、ザムザが変身する動機の部分が描かれておらず、ホームドラマのようになっていた印象を受けましたが、いかがでしょうか?
フォーキン監督——おっしゃるとおり、これはホームドラマです。そして多くの悲劇、多くのことが、他人からは判らない閉鎖された家庭内で起きることが多いのです。しかも我々は恥と言うものを持っている。自分自身のことすらも、自己確認をするのに恥を感じて、確認したがらないということもあるのです。そして家庭内の問題を、家庭外に知られることを恥に思うのです。そういうことも、描かれています。ホームドラマと言っても、雫が水を形成していくように様々な問題が秘められているのです。

執筆者

宮田晴夫

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