「ドイツ的なストーリーっていうのが思いつかないの。映画をアメリカで学んだせいなのかもしれないけど、私の作品はアメリカ映画の影響を受けてるのかもしれない」(サンドラ・ネットルベック監督)。ドイツ映画っぽくない、ドイツ映画「マーサの幸せレシピ」はネットルベック監督の長編デビュー作にして、各国の映画祭が絶賛。内容はといえば、街で2番目(?)の名シェフながら私生活にはてんで彩りがない30代女性の自分探しとくる。おいしそうな料理(ドイツ料理は出てこない)においしそうな恋(相手はドイツ人ではない)と全ての女性を元気にするなんともチャーミングな作品だ。
 当の監督も仕事を生きがいにしてきた30代女性、写真撮影が大の苦手らしくぎこちない笑みを浮かべる当たりは劇中のマーサをほうふつさせる。「でも、私は彼女と違ってビッグラブには巡り合ってないの。もちろん、これから出逢うんだけどね(笑)」と茶目っ気もたっぷり。

※「マーサの幸せレシピ」は10月テアトルタイムズスクエアでロードショー!!

 





——まず、この映画の発端から教えてください。
 まず、女性シェフの話を描きたいなと思っていたの。それとワーカホリックの話もね。私自身、料理が好きだし食べるのも大好き。そして実際ワーカホリックなの。仕事しかしてないんじゃないかって思うときもあるくらいで(笑)。ハワード・ホークスは「自分が知っていることについて描きなさい」と言っていたけど、私はそれを忠実に守ったってわけ(笑)。もちろん、ストーリーはある瞬間に閃いたわけではなくて、何年間かで少しづつ発酵していったものなんだけど。

  ——マーサのキャラクターは監督に似てる?
 うーん、脚本を書いてる時は全く意識してないけど、出来上がってみると自分のパーソナルな部分が入ってるなって思うわね。そもそも、仕事中毒とかそういうところは私と同じだし・・・。今回の撮影もついつい早く行ってしまって、撮影が終わって照明クルーが「もういいよ」って言ってくれてるのに片付けを手伝ってたり・・・。
逆に違うなって思うのはマーサが子供を持つことと、映画の中でビッグラブに巡り合うところ(笑)。もちろん、私もこれから出会う予定なんだけど(笑)。
実際は、マーサのキャラクターはマルティナ・ゲデック(マーサ役)と打ち合わせながら作りこんでいったの。
彼女はキッチンで働いてる時は優雅で流れるように動くけれどそこから一歩出るとどこかぎこちなくて、ぎくしゃくしながら生活してる。仕事が生きがいで子供なんか別にいらないと思っていた女性のもと、運命のいたずらで子供と暮らす羽目になってしまったらどうなるのか。日常の楽しみを知らない女性が自分とは対角線上にある人物、人生を謳歌してる男性と出会ってしまったらどうなるのか。そういったことを彼女のキャラクターを通して描きたかったの。

——監督自身、マーサのお姉さん役で出ていますよね。
どちらにしても私は毎日現場に行くでしょ(笑)。それにリナ役のマクシメ・フェルステと私の顔は意外に似ていたし、マルティナともね。姉妹と間違われたこともあったから劇中で姉役を演ってもいいんじゃないかなって(笑)。

 #——マリオ役のセルジョ・カステリットはドイツ語がまったくダメだったそうですが。
 ええ、だから撮影中は孤独な思いをすることもあったかも。マルティナとお互いに自分の国の言葉を教え合ったりもしてたけどね。
 2人のシーンはお互いに言ってることがわからない状態で撮影したの。つまり、マルティナはドイツ語で台詞を言い、セルジョはイタリア語で台詞を言って。けれど、それはマイナスにならなかった。逆に相手の言葉がわからない分だけ肉体的な反応を引き出せたのだと思うわ。セルジョの台詞は吹き替えだけど彼の声にそっくりな声優を使ったの。彼のイタリア語を生かした部分もあるのよ。

——劇中の料理はすごくおいしそうですよね。こういう現場だとクルーもその面でいい思いができそうですが。
 レストランの従業員役はみんないい思いをしてたと思う。パスタとかね、食べる場面もあったし。ただ、照明がきついから撮影が終わる頃には腐ってしまうのよ。残念なことにスタッフは食べられなかった。撮影中のケータリングもいたって普通だったわね。実はこの作品の前に撮ったTV番組でおいしいケータリングを見つけたんだけど今回は別のところに頼んじゃったの。

——劇中に出てくるのはフランス料理とイタリア料理です。一般的にドイツ人は食にさほど頓着しないイメージがあるのですが。
 そういう概念にはある程度の真実が含まれているものと思う(笑)。でも、40年、50年も前に比べると食文化はだいぶよくなってきたんじゃないかと思うわ。そうはいってもドイツ料理の三ツ星レストランは見つからないんだけど。ドイツでおいしいものを食べに行こうと思うとフランス料理かイタリアンになってしまうのよ。そういう意味でドイツはイギリスに近いのかもしれない。フランスやイタリアや日本のように独自の食文化っていうものを持っていないのよね。
 けれど、フランス料理とイタリア料理の性格のようなものに惹かれたというのも事実。フランス料理がコントロールされた食文化なら、イタリア料理はもっとピュアで子供たちと賑やかに食べるようなイメージがあるでしょ。これはそのまま、マーサと、マリオに当てはまるわ。

執筆者

寺島まりこ

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