結婚生活7年目を迎えた平凡な男の前に現れた一人の美女。その一言が、彼のささやかながら幸福だった生活に、それまで気づくことのなかった悪夢の影を顕在化させていく。『うつつ』は連城三紀彦原作の短編小説『夜の右側』を原作とする、サイコ・ホラー。ミステリー掌編としての印象が強い原作を、ユーモラスな描写と直接描写にたよらない艶っぽさを強く感じさせながら、原作をさらにひねった結末で観る者を翻弄させる作品に仕上げたのは、劇場作品は本作が2作目ながら、多くのテレフィーチャー等でも手腕をふるってきた当摩寿史監督だ。本作で指向した、日常に潜む恐怖とはどのようなものなのか?公開を間近に控えた当摩監督へのインタビューを、ここにお届けしよう。
 
(撮影:中野昭次)

$navy ☆『うつつ』は、2002年6月1日(土)よりシネ・リーブル池袋ほかにて全国ロードショー公開!$

☆『うつつ』は、2002年6月1日(土)よりシネ・リーブル池袋ほかにて全国ロードショー公開!



Q.数多くのサスペンス・ドラマを間に挟み、本作が『C<コンビニエンス>・ジャック』以来2作目の劇場作品ですが、この作品を撮ろうと思われたきっかけは?。

——普段、映画の企画は自分から出していく方ですが、なかなか一歩手前で実現しなかったりが多く、逆にテレビ・ドラマの方は既成の枠の中、自分でオリジナルの話を出していました。ところがこの映画は珍しく、テレビマンユニオンのプロデューサーである合津(直枝)さんから、原作を読んでみないかと話をいただいたんです。それで読んだところ、短編ですしいわゆるサスペンスものといった感触で、そのままで凄く惹かれたわけではなかったんです。ただ、どうせ映画化するなら、原作の面白いところを捉えつつ自由に発想していっても良いのではないか…というやり取りの中で、ラスト以降を大きく膨らましていこうと。それで脚本を書き、プロデューサーの方々ともそういう方向でいこうということで一致したんです。

Q.原作では40代の夫婦という設定でしたが、映画の方は若くなっていますよね。

——そうですね、脚色の段階で変えました。連城さんの原作が、少し前の時代の匂いが感じられたので、主人公達の設定も変えましたし。小説ならともかく、中年のカップル同士の浮気なんていうのは、それだけで目にしたくないというか、やっぱり生々しさとかいやらしさが先に立ってしまう気がして。それに、まだ愛や信頼といったことが嘘くさくない関係のズレや歪の方がおもしろいわけで、そういう意味でも30代くらいかなと。若い人たちが見てもリアルに感じて欲しいですし。主人公からしたら自分の奥さんの付き合っている男がうんと若い方がショックかなというのもあって斉藤(陽一郎)君なんかにもお願いしたわけです。

Q.主人公夫婦の7年目の夫婦関係が、額縁に入っているような四角いフレームから始まりましたよね。そうしたこともあってか、二人の夫婦関係というのがある意味今風…というか若い世代の夫婦故なのか絵に描かれたものであるような、表面的で希薄な印象を感じたのですが、そのあたりは意識されたのでしょうか

——僕にとっては、ああいう夫婦はけっこういるかなと思います。子供を登場させなかったのは、原作にもなかったのですが、もし両親があんな顛末を演じるとなると、やっぱり子供に対しての問題というのを無視できなくなる。「家族」を描かざるをえないと思うんです。個人(自分)と他者という原則をやるには1対1の夫婦、記号化されたような登場人物にしたかったということです。希薄な夫婦関係に見える、ということでいえばあの夫婦は愛がなくなったというのではなく、日常的な「慣れ」ということを表現したからだと思います。奥さんの言葉が皮肉や悪意に感じられるとすれば、疑心暗鬼に陥っている主人公の側から描いていることもあると思いますし。




Q.最初に登場する場面からゾクッとさせてくれる宮沢りえさんをはじめ、キャストの皆さんもひじょうによかったですが、キャスティングに際して特に意識された部分はありますか

——もともと低予算のバジェットなので、どうせならお笑い系の人がシリアスな主人公をやるなんてことも考えたりしました。登場人物を劇画化し、役割を記号化することで、心理の裏表や関係性を丸見えにして怖いけど、どこかコミカルなテイストをイメージしてたんです。でも、一方では「作り事」の話だからこそ、誰もが知っているネームバリューのある役者さんがやった方が面白いという思いもあって、主人公を浩市君(佐藤)が引き受けてくれることになったのは嬉しかったし、心強い感じもしました。
りえさんもすぐにイメージしましたが、やはりローバジェットということで難しいだろうと思っていたんです。でも脚本を読んでもらってかなり気に入ってくれたらしく、会った時にはほとんどOKといった感じで、これもラッキーでした。プロデューサーの合津さんもかなり熱を入れてやってくれたわけですが、予算的なことで言うといろいろ大変だったようです。大塚寧々さんも含め、多才な顔ぶれになったことは本当に良かったと思っていますが、その分作品の方向性もシリアスになっていったかな、というのはありますね。

Q.戯画化というお話が出ましたが、作中所々に出てくるコミカルな場面が印象深く、私が拝見したときの周囲の反応も特に大きかったのですが、ただ一方キャッチにある“大人のホラー”を考えたとき、面白すぎてしまうような感じを受けたのですが、そのあたりはもともと想定されていたということですか

——ええ、シナリオにも書いていますし。もともと一辺倒が好きじゃないんで。シリアスな方向に行き過ぎるとムズムズしちゃうというか・・。あまりまとまりが良くなり過ぎるのもつまらないとは思ってるんです。ただ、生身の俳優さんたちや現場的な制約の中でやっていくわけですから、シンドイ状況ではなんとかまとめざるをえないという部分もあります。本当はもうちょっと壊れても、という未練はありますが・・・(笑)。





Q.今作での恐怖は日常に潜むものとして描かれていますが、監督ご自身としてはいわゆる超自然を対象とした恐怖よりもそちらに惹かれるということでしょうか

——観る側としては超自然を描いた作品も好きですよ。けど、狙いどころとして相当大仕掛けでやるとか、全編コンセプトを狙いすましてあるターゲットのお客さんを狙うようなホラーは、例えば『リング』のような作品もそうだと思いますが、監督一人が狙っているものではないような感じがするんです。ある程度マスの力もあり、お金も沢山使わないとそれなりのものができないような気がしまして。だったら、ちょっと日常的な軸を変えてみただけで怖い…僕らが内在している怖さ、怖さがあまり表に現れないけどリアルな怖さ、みたいなものをやってみたいなというのがありました。
実際、世間で起きている事件とは多かれ少なかれ、そうした関係性の中の行き違い…それぞれの思惑の食い違いがほとんどですよね。その起きた事件を生々しくやれば、事件の怖さの映画にはなりますけれど、むしろ殺すところ等で怖がらせるよりは、一番あたりまえだと思っている関係性…イスに背もたれがあると思っていたのに実はないみたいな、そういうことの方が面白くリアルであるのではないかと。そうしたところに惹かれますね。

Q.ただそうした中で、これは原作も同じなのですが、映画では宮沢さんらの存在がより強い印象を残す分、逆に物語自体理に落ちた結末に思えてしまい、人間のわからなさが薄れてしまうような感じもするのですが

——そこは確かに難しいところでした。先ほども言ったもうちょっと壊したかったというのは、もっと不可解な終わり方も含めてのことなんですが。ストーリーが入り組んでいる分スッキリ終わった方が、という意見もあって・・・・。もともとプロデューサー達の意見は夢が覚めて終わるというものでしたが、僕としてはもうひとひねりさせたわけなんですけどね。トータルで見れば、ジョーカーを引いてしまった平凡な男の顛末というか、堕ちていく男の恐ろしくも滑稽な姿の俯瞰図。というふうに考えているんですが。
ジョーカーという意味では、りえさんの存在はリアルすぎてもいけないし、観念的すぎてもつまらない。一種の触媒であり、浩市君も含め誰しもの心の中にいる存在、という捉え方も出来る。実在するジョーカーは妻である寧々さんかも知れない。といった、それぞれが不可解な側面を持っているということなんです。




Q.先ほど超自然ネタなどでも観る分にはお好きだとのことでしたが、監督がお好きなもしくはインスパイアされたサスペンス、ホラー系の作品や、監督などはありますか。

——なんでも観てますが、この作品に関して何かにインスパイアされたとかは特にないですね。でも中田秀夫さんの映画も嫌いではないし、黒沢清さんの怖さもね。ただ、この作品はトリッキーで、小さな映画だけど、どの方向からも楽しめる一味じゃないエンターテイメントを考えました。そういう意味では、ハリウッド的なバランスみたいなものはあるかもしれませんね。
しみじみ好きな監督はパトリス・ルコントなんですよ。あの人もいつも、ある種の関係性を狙ってますよね。あと、レオス・カラックスとか。でも、結構ハリウッドみたいなものも好きですね。最近韓国映画がハリウッド化してるっていいますけど、やっぱりうまいなと思うし楽しめますよね。だから、どなたもそうでしょうけど、ゴージャスなこってりしたものも好きだけど、淡くした小作品も好きだと。欲張りですけど。

Q.今回室内での場面が多いですが、撮影において注意された点、苦労された点等はありますか。マンションでの件では、佐藤浩市さんが鰻を踏む場面の、えもいわぬ表情等絶妙でしたが。

——あそこはいくらいい女だからって、見も知らぬ女が尋ねてきて妻の浮気について言われたとしても、果たしてそう簡単に関係を持つだろうかという疑問があって、そのハードルを越えるためにひねり出したんですけど。床にうな重が散乱したら、どこかコミカルでかつエロティックかなと。二人が接近できるし。原作では花を活けてなんだけど、お花の先生とかってどうもね(笑)。
室内シーンの撮影自体はセットだということもあり、それほどてこずったということはありません。むしろ、雨とか夜とかの設定もあって、時間との戦いという点ではロケーションの方が大変でしたね。夜の雨を写るように撮るのは結構難しいんですよ。また、アドリブで見せるような話ではないし、ノーライトでさらっと雰囲気をすくって撮るようなタイプの話でもないものですから。予算、特にスケジュールはきびしかったですね。

Q.最後にこれから作品を観る方に、メッセージをお願いします。

——一言でいえば、心理的な怖さの映画ですが、いろんな要素が入っていますし、いわゆる映画好きな方だけではなく、たまにしか映画に行かない夫婦とか、恋人同士とかにも是非、観て頂ければと思います。楽しいけど怖い。怖いけど楽しいエンターテイメントです。できればカップルで観て、その後の食事が美味しいかどうかお試しください(笑)。

今日は、お忙しい中ありがとうございました。
(2002年5月、日活本社にて)

執筆者

宮田晴夫

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