98年の『美少年の恋』でクリーンヒットを飛ばしたヨン・ファン監督の自信作『華の愛−遊園驚夢−』は、1930年ごろの中国・蘇州を舞台に貴族文化のなかに生きていたふたりの女性の愛を描いたもの。ヒロインには、宮沢りえにジョイ・ウォンという、いずれも匂わんばかりの美人女優を起用し、衣装や美術にもこだわった、ヨン・ファン流“美”の集大成ともいうべき映画だ。
 本作は、モスクワ映画祭で最優秀主演女優賞(宮沢りえ)と国際批評家連盟賞を受賞したほか、先ごろ発表された香港アカデミー賞では美術賞と衣装デザイン賞を受賞している。
 単独インタビューでのヨン・ファン監督は終始ニコニコ顔で、日本人の宮沢りえをキャスティングした理由、美についての独自の考え、舞台裏のエピソードなどを語ってくれた。

$blue 『華の愛−遊園驚夢−』は2002年5月11日、テアトル新宿にて公開$





——まず、この作品を作るにあたって物語の発想というのはどういうところから得られたのでしょうか? 何か原作にあたるようなものがあるという噂も伺いますが?
「ある京劇の歌手の回顧録に、彼女が6歳か7歳くらいのとき、叔母さんが麗人という感じの人で、家に来ては彼女のお母さんと一緒に歌ったりマージャンをやっていたというエピソードがありました。そこからヒントを得て、自分の想像力を働かせてこの物語にしたのです。内戦が広がっていくなかで、ふたりの貴族の家に属する女性が愛を育んでいく、子供を一緒に育てていくという話ですね」
——時代設定を、1920〜30年にされたのは何故ですか?
「この時期の中国は内戦が始まりでした。伝統が消え新しい価値観へと以降しつつあり、かつ、東洋が西洋に出会う時期です。とても混乱の激しい時代ですが、とても魅力的な時代です」
——キャスティングについてうかがいます。まず、宮沢りえさんをキャスティングした理由は?
「1年くらいかけて脚本を仕上げ、絵コンテができあがって、台湾・中国・香港と女優を探したのですが、ジェイドに合う役者がぜんぜん見つかりませんでした。若い人だと人生経験の深みが出ないし、人生の深みを感じさせる人だと年齢的に40代の女優になってしまいます。あるとき、日本の雑誌に、りえさんを見つけました。写真を見てあっとなりました。彼女は名前もよく知られていて、16歳でデビューして18歳で写真集『サンタフェ』を出して、それから婚約して婚約解消して、いろいろあって、すごく豊かな人生を送っています。若くて美しくて、しかし、何事もなかったような顔をしている。20年か30年に1度の不世出な人だと思います」
——日本の観客からすると、10代のころのトップアイドルだった彼女——しばらくテレビなどに出ない時期もありましたが——その彼女が子供もいて愛情に苦しむ役を演じるというのは、ひじょうに興味深いことです。
「アーチストになるには、たくさんの困難を乗り越えてこそなれるわけで、そんな簡単にはなれません。いま、アイドルだった人がこういう役を演じるのを見ることは、彼女が成長したということでなかなかいいことですね」
——日本人である宮沢さんが中国人を演じたわけですが、日本人と中国人は見かけは似ていても細かい習慣——たとえばご飯を食べる食べ方にしても違う部分があると思うんです。そういうところの指導はいかがでしたか?
「たしかに食事のシーンがあり、彼女の箸の持ち方は微妙に違っています。通訳が日本的であることに気付いたのですが、僕は『そのままでいい』と言いました。エキゾチックさと言いますか、そのままが美しかったので残したのです。気が付く方は気が付くでしょうし、気が付かない方は気がつかないでしょう。気が付けば気が付くなりに、また味があるということになります。この映画では、過去を使って新しいものを再生しています。実際、ジョイ・ウォンが来ているジャケットもアルマーニだったりするのです。宮沢りえの着けている宝石の中にもシャネルのものが入っています。中国のアンティークなものもいっぱい使っているのですが、そこに新しいものも混ぜました。それが芸術だと僕は思います。過去を単にリピートすることではありません」







——ジョイ・ウォンをキャスティングした理由は?
「最初は、ミシェル・ヨーを起用することになっていたのですが、脚本ができた段階で、彼女が忙しくスケジュールが合わないことがわかり、他の女優を探すことになりました。ジョイは、女優業をずっと休んでいたのですが、聞くだけでも聞いてみようと脚本を送ったところ、気に入ってくれました」
——女優としての仕事の間隔が空いていたことで、ジョイに不安はなかったのですか?
「この映画では、彼女は今までと違った感覚を覚えたと思います。というのは、今まで彼女がチャイニーズフィルムで演じてきた役柄のほとんどは弱き女性でしたが、今回は強い女性ですから。ですが、ひじょうに素晴らしい仕事をしてくれました」
——ジョイ・ウォンの言葉の中に、ひじょうに女性としてドキリとさせられる言葉がありました。女性心理の深いところを衝いた脚本だと思います。そういうセリフを書くコツといいますか、発想のヒントになるようなものがあったのでしょうか?
「僕が恵まれているのは、たくさんの女友達がいて彼女たちがよくいろいろな問題を持ちかけてくることです。僕は、彼女たちの相談相手になるんです。撮影現場では、僕は時間をかけたロングショットやクローズアップを女優に使うので、そういう点でも好かれているようです。普通の香港映画だと女性の役は5秒で終わりですから。僕は人間そのものにとても興味があります。たとえば、スー・チーは『美少年の恋』で4シーンしか出てこないのですが、彼女のいい面を出すことができたことで、とても恵まれていると思いました」
——ダニエル・ウーの演じるシンに対して、ジョイは、あなたは悪い男で云々というシーンがありますね。あれはなかなかすごいと思いました。
「ダニエルとの関係について、映画の中ではあまり時間を割けませんでした。すぐに恋に落ちると、動物的側面を出すということになります。あそこには、ジョイから出たひじょうにいいアイデアが生かされています。リハーサルのとき、彼女は『ダニエルに私の足を持たせて、それでキスさせたらいいんじゃない?』と僕に囁いたんです。それはいいと思いました。じつは、あまりにも映画の描写が繊細すぎて、女性ふたりの関係にしてもキスもないのかと言われているのですよ。でも、それはやはりいちばんいいところをとっているからで、女優ふたりがいやがったのではないですし、彼女たちは惜しみなくやってくれたと思うんですが、実際そのセットに入ってみて感じたのは、せいぜいい手を握るとか、顔を近づけてもキスをしないくらいがいちばん美しい。それ以上を映像にしたら、本当にメロドラマで変になってしまいますからね」
——本当にいずれ劣らぬ美女で、現場はさぞや華やかだったでしょう。
「華やかどころか、現場は大忙しでした。中国の冬は日没が早いので4時になってしまうともう暗いのです。日没前に全部やるためには、朝7時スタートとなります。りえのヘアメイクには時間がかかりますので、朝5時から用意しなければならず、そのために彼女は3時に起きなければならない。そういう状況で、新しい環境のなかでマネージャとお母さんと通訳と彼女だけという孤立した、取り巻きもいないなかで、すべてをスクリーンに出しきった彼女はとても素晴らしいと感心しています」
——ダニエル・ウーを起用された理由は?
「最初からこの役には、彼がぴったりだと思いました。女性ファンも多いし、立派な体をしています。僕が彼を発掘したということで恩義を感じてくれてもいます。デビュー作の『美少年の恋』からこの『華の愛』までの間に、彼の出演作は10数作になり、すっかりスターになっていて、ジョイやりえと甲乙つけがたいものがあります。ダニエルは、僕が電話したとき、ちゃんと時間を割いてくれたし、ギャラも聞きませんでした」
——小耳に挟んだところでは、ダニエルにとってジョイは憧れのスターだったとか。
「もうドキドキだったらしいですよ。初日が公園でのキスシーンだったんです。そういうフィジカルタッチがあったことが、ファンという立場を取り除いてくれたと思います」




——話は変わりますが、美術や衣装が本当に素晴らしく、賞も獲られましたね。本物を探してたいへんだったと聞きますが?
「僕はもう100回以上見ているのですが、今でも見ると楽しめます。たとえば、自分のプライベートコレクションの銀や家具とかの本物を集めたとして、それを何度見ても嬉しいのと同じです。何度も行きたくなる美術館と同じです。これが安物の小道具だったら、10回見たらイヤになってしまうでしょう」
——ご自分のものを提供されたりしたのですか?
「ええ、たくさん。あと友達から借りたり。クオリティの高い美術館クラスものがたくさんあります。絵画も明朝の時代のものとか。観客にはどうでもいいことかもしれないけれど、僕には意味のあること。やはり本物で揃えることが大事だったのです。撮影後は、香港のフィルムアーカイブスに銀食器や家具、衣装を寄付しました。終わってしまえば、自分が持っている必要がないので」
——では、フィルムアーカイブスに行けば、観光客でも見ることができるのですね。
「展示品がしょっちゅう変わるので、必ずしもいつもというわけではありませんが。寄付したときに披露パーティがあって、そのときは衣装を13着並べてくれました。今は、ふたつ、主な衣装と、宝石類がいくつか展示されています」
——本当に夢のような映画で、幸せな気持ちになれました。これから、この映画を見ようという方に何かメッセージをいただけますか?
「この映画は、人間の愛に捧げた映画です。1度でも見ていただければ嬉しいし、2回目3回目と見て様々な発見をしてくれればと思っています。本当に心のこもった映画で——大きな役のりえやジョイだけではなく、本当に小さな役柄を演じてくれた人も心をこめてくれた映画なので、それがスクリーンに反映されていると思います」

執筆者

みくに杏子

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