『サンキュー・ボーイズ』
原作者 ビバリー・ドノフリオにインタビュー

$BLUEVIOLET 何かの出来事に遭遇して
“ああ、とんでもない”と思うと、
必ずストーリーにしていました。$

 子供の頃からニューヨークの大学に行って作家になるのが夢。ところが15歳で妊娠・結婚・出産してしまい、予定はメチャメチャ。しかも夫はとことん無能で…。そんな自らの半生をビバリーさんが書いた小説『サンキュー・ボーイズ』が映画になった。主演はドリュー・バリモアである。
 インタビューのために目の前に現われたビバリーさんは、優雅で知的、かつ“強さ”を感じさせる美しい人であった。





−−映画『サンキュー・ボーイズ』をご覧になっての感想は?
「ドリューと約3ケ月間いろいろ話して、私自身をわかってもらいました。そのドリューが演じている私を見て、“あんなに私、ユニークでスゴイ女だったのかしら”と驚いてしまったというのが、最初の印象なんです。自分と近づけすぎちゃったので映画として見るのがむずかしく、変な感じがしたんでしょうね。
 二回目に見た時は、ゆっくりリラックスして楽しむことができました」
−−特にお気に入りのシーンはどこですか?
「妊娠して落ち込んで、お尻で階段を落ちてくるところがあるじゃないですか。あのシーンが好きです。“Why does the sun go on shining〜”と歌いながら。実際に私もやりましたよ。
 ただ歌はね、現実では違うシチュエーションで歌いました。ある男の子に対して“彼は目が見えないんだわ”と思い込まされて恋をして…。結局、みんながグルになって私にウソをついていたと知った時、家に帰って戸棚に閉じこもり、あの歌をわめきながら歌ったんです。
 それと、ビバリーが家に閉じこもるシーンも好き。帰ってきた夫がガラス窓をバーンと割って開けるでしょ。あれも本当にあったことなんです。実はあのシーンの撮影の時、私もセットにいたんですよ。撮影を見ながら“ああ、私って相当すごい人生を送っていたんだわ”って(笑)。昔の記憶がワッと甦ってきました」
−−ドリューさんと一緒にいろんなお話をなさった時の思い出を聞かせてください。
「とても彼女らしいエピソードがあります。初めて会った時、ニューヨークのウェスタン風の居酒屋で、朝の3時くらいまでガンガン飲んでワイワイ食べて話したんですね。そのあとも話は続き、外のベンチでおしゃべりをしました。その時、私が彼女に聞いたんです。“『チャーリーズ・エンジェル』の時に、あなた、足を高くあげてキックしていたけれど、本当にあなたがやったの。それともCGを使ったの?”。そしたら“私、本当に足が上がるのよ”と彼女。“じゃあやってみて”と言ったら、本当に足を上げて見せてくれました。彼女らしいでしょ」





−−では、ビバリーさんが『サンキュー・ボーイズ』の原作を執筆なさった時のお話を伺いたいんですが。
「31歳だったと思うけれど、大学院の卒業作品として書いたんです。作家コースにいましたから。当時は150ページくらいのもので、 残念ながらあまりいい出来ではありませんでした。その後、働きながら7年間くらい、何となく足したり引いたりしながら文章に手を入れていたんです。
 ある時、私が新聞に書いたものが認められて、出版社の方から“自伝を書いてくれ”と言われまして。契約金ももらってしばらく働かないで済んだので、一年半かけて書き上げました。大学時代のものを元にして」
−−15歳で妊娠&結婚という大変な経験した頃から“いつかこれを小説に書こう”と思っていらしたんですか?
「ドタバタ騒ぎの最中、実際に子供が生まれたりした時に、本を書きたいとは全然思いませんでした。ただ子供の頃から、自分がトークショーに出て有名人として自分のことをいろいろしゃべる夢想をしていて。それで友達を前にして演説をするような…そういうことをよくやってましたね。
 夫がガラス窓を割ったというさっきの話もそうです。そういうことは話しちゃった方がいいと思って、友達に話すわけです。で、話しているうちに脚色してどんどん話が広がっていく。そしてひとつの形になるわけです。
 とにかく自分が何かに遭遇して“ああ、とんでもない”と思うと、必ずストーリーにしていました。だからこの小説を書き始めた時は、すでにできあがっていたものを一個ずつ組み込んでいくような感じでしたね。
 それに、たとえば怒った時“本当に私は怒っているのかな? それとも怒ったほうがいいと思って怒っているのかな”と、フッと自分が抜ける時があるじゃないですか。自分の中で“ん? 怒ったまま演じていくとどうなるだろう”なんて一歩退いて思ったりするんです。そしてそれを物語として作っていく。そういうことを私はいつもしていました。
 それが、書き始めた時にとても役に立ちましたね。鶏と卵みたいなもので、こうだから作家になったのか、作家だからこうなのか、むずかしいところですが…。自分を客観視して笑いのめしちゃうみたいな部分があったことが、今の作家である自分を作っているんじゃないかと思います」




−−自叙伝ともいえるこの作品のタイトルは「サンキュー・ボーイズ」。ビバリーさんにとっての男性たちとの出会いは何だったのでしょう。
「娘時代は反抗期だったので、大したことは考えてなかったんですよ(笑)。でもあの時代、男性と対峙するということは、ある種の政治的な意味合いも持っていたんですね。私は理想主義者だったので、証明したかったんです。男にできることは女にもできると」
−−強い意志をお持ちなんですね。
「母がいつも言うんですが“あんた、生まれた時からそんな子供だったわよ”と。理由はわからないんですが、息を止める遊びを覚え、顔が青くなるまで息を止めては母を困らせたらしいんです。お医者さんに母が相談すると“そのうち死なないようにその子は自分で息をし始めるでしょう。放っておきなさい”と言われたらしいんですが。とにかく何かし始めると止まらない子だったみたいです」
−−とてもお美しいですよね。モテモテなのでは?
「なんと言ったらいいかわかりませんが…。若い頃は、私の言うことがあまりにもストレートなので、男の子たちは恐かったみたいです。だから全然モテなかったですよ。直接的で大胆。普通なら黙っているようなことを口にしていたので」
−−最後に、いろんな出会いやドタバタの中で頑張って生きている人たちに、メッセージをいただけますか?
「私がぜひ皆さんに言いたいのは“自分であれ”と。自分が思う通りのことをして、自分が考えるようにふるまって、自分が一番いいと思うことをしましょうと。
 他の人のマネをしたり、こうした方がいいと思ってやっても、結局は自分でしかないし。ステキな人に出会って、自分でない自分を演出しても、それはいつかバレるじゃないですか。だから“徹底的に自分でいましょう”」
−−ありがとうございました。

 取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)

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