$ROYALBLUE 犬猫なみの野生味を持ちつつ
曖昧に、ダラダラ続く関係性…
そういうのが好きなんです$
 なぜかいつも同じ男性を好きになるスズとヨーコ。そんな二人がひとつ屋根の下で暮らすことに。お互いちょっとだけヒドいことを相手にしては、ささやかな償いをする…。何気ない日常の風景の中に、相反する感情のあいだを揺れ動く女の子たちを描いた不思議なテイストの作品だ。その監督・井口奈己さんは、これまた独特の時空を身にまとって現われた。その時空とは…!?



−−映画を撮り始めたきっかけを、教えてください。
「テレビを見ていたら、ある映画監督が“映画は自分で作っていいんだ。ロードショーは企画ものの定食みたいなもの。でも個人個人、塩辛がとても好きだったりするように、個人の趣味に偏った映画があってもいいんだ”と言っていたんです。
 衝撃でした。それまで、映画は自分で撮っていいものだと思っていなかったので。それで、イメージフォーラムで映像の勉強を始めたんです」
−−『犬猫』に至るまでに、何本かお撮りになっていらっしゃるんですか?
「いえ。映画学校での課題という形では撮っていたんですけれど。それ以外は、自主映画の製作にスタッフとして参加していました。録音とか、助監督とか、記録とか…。みんなで作るということ自体が楽しくて、自分で監督して撮ろうとまでは思っていませんでした」
−−ご自分が監督して『犬猫』を撮ろうと思ったのには、なにか心境の変化が?
「Vシネマの助監督をした時に知り合った女優さんが、一年後くらいに電話してきたんです。“映画撮らないんですか。私を映画に出さない気?”って。“じゃあ、わかった”と、それで脚本を書き始めたんです。
 OKテイクがきっとなかなか撮れないだろうなと予想していたので、ずっと粘って撮れる状況の脚本を書こうと思いました。場面設定が室内なら、朝が夜になっても撮れるし。それで、家でグダグダしているヒトたちの話になったんです」
−−撮り始めてから完成まで3年の年月がかかったのはなぜですか?
「撮り始めたのが’97年9月で、撮影がひと とおり終わったのが一年半後。そのあと一年ちょっと編集をずっとしていて…。結局2000年になっちゃいましたね。
 撮り始めた最初の頃は“カットを割る”ということも思いつかなかったんです。で、スタッフが“カット割れば?”と言ってくれて“ああ、そうか”と思いついても、今度はカットの割り方がわからなかった…」


−−現場で勉強しながら作っていったんですね。で“オンナの二人暮し”というお話は、どの辺から生まれてきたんですか?
「はっきりしたドラマは違和感があった…たとえば、男がひとりいて、女の子がふたりいて取り合いになるというような状況…現実の私が経験してきたことは、そんなにわかりやすくなかったんですよ。もっといろんなことが曖昧なまま。だから曖昧な人間関係を描きたかったんです。で、女の子同志の話なら、私も女なので“だって、女の子ってそうなんだも〜ん!”と言えちゃうから」
−−登場人物たちは、みんな言葉少な。あんまりしゃべりませんよね。
「やりたかったのは“核心をつくような言葉を絶対に言わない”ということなんです。くだらない話はいっぱいするけれど、核心に触れることは、大きな声では言わないでおこうと…。
 もしかすると、私が次に作る映画ではしゃべりまくるかもしれないけれど。『犬猫』を作っていた当時は“言い過ぎるのはいやだな”という感じがしていたんです。
 それに、女の子を主役に男の人が作った映画の場合は、ステレオタイプな“不思議な少女”みたいなのがよく登場して、それが支持されているように思えました。だから、私はそうじゃない風にしたかったんです。
 登場するのは、頭がワルそうな女の子たち。自分からヒドいことをしておいて、相手からシビアな反応が来るとビビッて下手に出たりする…そういうのをやりたかったんです。女の子同志、お互いそういう風にしていて、決定的に何かが起こったりはしない。“ダラダラ続く関係性”をやってみたかった」
−−曖昧さとか、ダラダラ続く感じがお好きなんですか?
「ええ。“映画が終わると話がスコンと終わる”みたいな起伏の激しいドラマも世の中にはあるけれど。私が好きな映画は、最後がダラダラッと終わる映画が多いんです。だから『犬猫』も、それはそういう風にしてみたいなあと…」



−−『犬猫』を見て、何となく小津安二郎の作品を思い出したんですが。意識なさっていました?
「じつは…。今まで見た中でひとりだけ、小津安二郎さんの影響を当てた人がいます。ワンカットだけマネしているカットがあるんですよ、内緒なんですけれど。オマージュを捧げているんです。ご覧になった人が“あそこがそうじゃない”と言ってくれるのが楽しみなので、どこかは明かしませんが。
 小津さんの映画って、笠智衆さんらが演じる男友だち三人がよく出てくるでしょう。で、その三人が飲み屋かなんかで話している。ああいのうがすごく好きなんです。けして攻撃的ではないけれど、ちょっとだけ意地悪なことを言ったりするんですよね。自分たちの先生について“鱧という漢字は知ってるけれど、食ったことがないんだぜ”とか。そのくせ、実際に先生の顔を見ると悲しくなったりする…。
 登場人物の感情の起伏がそんなにわかりやすくない。笑っていても悲しそうに見えたりする。そういうのが好きですね」
−−では『犬猫』の撮影中のエピソードを。
「8ミリのアーサー感度が25のデイライトを全部使おうと思ったんですよ、200を使うよ りずっと綺麗なので。色が輝いている!
 でも夜のシーンとか撮ると、始めのうちは失敗して真っ黒のフィルムが大量にできてしまって。これはライトが無いと映らないなあと。でも撮影に使わせてもらっていた家が、アンペア数が低くて、ブレイカーが落ちちゃうんですよ。
 だから、蛍光灯のノンフリッカーのライトを手作りで作りました。はじめは木で枠を作ったんですが、動いちゃって、持っている人が感電したりするんです(笑)。それで落ちているアルミサッシをもらってきて、枠を作り直したりもしました」
−−大変そうですが、楽しそうですね。手作りで、手探りという感じ。
「ええ。実験しながら、だんだんできていったという感じでしたね」



−−舞台となった家とは?
「スタッフの家なんです。六畳と三畳でお風呂なしの一戸建て。映画館にお勤めの旦那さんがいて、夜に出勤する日は昼間寝ていたりするんです。その寝ている旦那さんの上にライト立てたりして撮影してました。今思えばヒドいことを…(笑)」
−−この映画には、犬と猫がステキな味付けとして出てきます。どうして犬と猫が出てくるんですか?
「猫はですね。もともとこの家にいたネコなんですよ。人なつこくて。冬なんかはライトをつけると暖かいものだから、おのずとカメラ前にきちゃうんです(笑)。はずしても入ってくるので“いるものはしかたない”と、そのまま撮りました。
 犬は、お話の中で“犬の散歩のバイト”が出てくるので、最初から出る予定でした」
−−タイトルは最初から『犬猫』だったんですか?
「そうです。この女の子ふたりが“犬猫なみ”ってことで(笑)。虎やライオンみたいに野生味あふれるわけじゃない。でも犬猫なみの野生がある、という意味でつけました」
−−最後に、『犬猫』をこれから観る人にメッセージを!
「『犬猫』はあまりストーリーの起伏もありません。何も表現してないなあと思う人には、何ものでもない。でも気に入ってくれる人には、すごく気に入ってもらえると思います。興味があったらぜひ見てください」

   取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)

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