「ひとりね」すずきじゅんいち監督、主演・榊原るみ独占インタビュー
人知れず孤独を抱える主婦の前に、見知らぬ男が「ただいま」と帰ってきた——。すずきじゅんいち監督「ひとりね」はなんだか怖くて寂しくて、だけれど原風景を覗くような、懐かしい気分にさせられる映画だ。主演は元祖・お嫁さんにしたい女優ナンバーワン、現・監督夫人でもある榊原るみさん。「芸能界を引退しようと思ってたの」と笑う彼女に「どうせ辞めるなら彼女を使ってみたいって思って」というすずき監督。当然のことながら呼吸もぴったり、こちらが一つ質問を投げかけると、2人が補足し合い話を発展させていくという(インタビュアーとしては有り難い)取材になった。本篇は夫の知らない妻の欲望がキーワードでもあるが、監督いわく「うちはいつも一緒なので、こういう事にはならないでしょう」と“ごちそうさま”な発言も飛び出した。(撮影:中野昭次)
※「ひとりね」は東京都写真美術館ホール、横浜・関内アカデミーで3月16日公開、以下全国順次ロードショー!!
——「ひとりね」は小説の映像化?
すずきじゅんいち監督 脚本を書いた馬場当さんがある時ね、“小説を書いてるんだ”って言ってきたんですよ。見知らぬ男が“ただいま”って帰ってきて“間違えました”って出て行く。その男は次の日もまた“ただいま”ってやってきて“また間違えた”って出て行く。彼を迎えた主婦はなんだか気になるわけですが、数日して“奥さんのことが忘れられず、2度目はわざと間違えました”って手紙が届く。それを聞いてね、中々面白い話じゃないかって。生原稿の段階で見せてよって話して、映画も作ろう、シナリオにしましょう、って話になったんですね。原作の「豆腐屋の女房」(アーティストハウス)も先ごろ、刊行されました。
——その主婦を演じたのが榊原さん。ヌードシーンにも初挑戦したわけですが。
榊原るみ 中年の女性が主人公の映画って最近は余りないですし、なにより主演は久しぶりだったんですね(笑)。ヌードについては…実は、台本を読んだ時はホントに脱ぐとは思わなかったんですよ(笑)。肩越しに撮るとかね。でも、監督に言ったら“もちろん、脱いでよ”って(笑)。まぁ、そう言われて一旦決めちゃったらためらうことも全然なかったんですけどね。
——織江の役は当初から榊原さんを考えていたんですか?
すずき監督 彼女はその頃、仕事をやめるって言ってたんですね。引退しちゃうなら最後に演じてもらいたいなって思いましたし、年恰好もイメージ通りでしたし…。
——引退、ですか!?
榊原るみ そうなんですよ。監督と一緒に生活するようになってよく言われたのが“君のやりたいことって何?”って。答えられなくってですねぇ。芸能界は長いんですけど、本当のところずっと不満を感じていたんですね。仕事が面白いとは思えないとか、これでいいのかな、とか。“そんな態度は真剣にやっている人たちに失礼だよ”って彼に言われて、うん、本当にそうだなって。
すずき監督 でも、「ひとりね」を演って仕事が面白いって再認識したんだよね。
——榊原さんの今のお話は織江の心情にも通じるところがありそうですね。自分が何を欲しているのかよくわからず、日々を暮らしているという。
榊原るみ そうですね。そういう意味でも共感しやすかったのは確か。やっぱりね、40代を過ぎると女性としての自信喪失にも陥るのよね。誰かに認めて欲しいって悶々としてね、ああいった願望は少なからず生じるものだと思うの。あの映画みたいにね、若くてかわいい男の子が現われたらいいなってね(笑)。
——その若い男を演じたのが高橋和也さんです。
すずき監督 あの役はね、難しいんですよ。実体があり過ぎてもいけないし、存在感がなさ過ぎても問題がある。誰にやってもらうか相当悩みました。
高橋さんは芝居のうまい人で、すんなりあの役に解けこんでくれたけれどお願いした時もどんな風にやるのかなんて全く想像つかなかったんですね、本当のところ。
——悶々としている主婦が夫以外の男と知り合って…。ドロドロしそうな話なのに全くそういう印象は受けませんね。
すずき監督 織江の役を色っぽい人がやったらドロドロしてたかもしれないけど、榊原だったから良かったんでしょうね。この話って一種のファンタジーですからドロドロっていうのとはちょっと違うだろうと。モノクロにした意味もここにあったんですが性への不満も孤独も距離感を置いて撮影したかったんですね。
——織江が暮らすあの古い家も雰囲気があっていいですよね。
すずき監督 あの家は西日暮里にあるんですけど実際に人が住んでいる家なんですよ。プロデューサーが“うちの近所にいい家がある”って言っていて、ダメモトでお願いしてみたんです。そうしたら貸してくれたんです(笑)。ラッキーでしたね。
榊原るみ お風呂場だけはね、違うんですよ。タイル貼りのお風呂なんて最近はないんですよね。
すずき監督 あれは新潮社のお風呂なんです。全部タイルで現代っていうのを感じさせないようにしたかった。
——撮影が一番大変だったのは?
榊原るみ 私のシーンじゃないけど、蛇が振り向くところでしょう。実際に蛇が振り向くわけないですから(笑)。アップのシーンでは蛇使いがいて、カメラの脇で指示を出してたんですよね。
すずき監督 沼を白蛇が渡っていくっていうシーンがありますけど、たとえカットが撮れなくても蛇は戻ってきてはくれない。白蛇って高いんですよ(笑)、一匹50万くらいする。だから、安いシマヘビを買ってきてペンキで白く塗ってたんですね(笑)。
——台詞回しも難しかったそうですが。
榊原るみ 後半は観念的な台詞が多かったんですね。小説ならいいんだけれど普通じゃ使わないでしょう、って(笑)。ラスト近くの織江が激情にかられ、泣いたりする場面はね、あれものすごい長回しだったんですよ。舞台をやってるみたいに。主人公が気持ちを吐露するシメのシーンだったんですけどね。
すずき監督 編集の時にね、もっと絵はないんですかって言われました。アクションはなくて、ただ自分のことを話してるだけのシーンですから。試写を回して賛否両論だったんですけど、僕としては敢えて長回しで撮ってみたかったんですね。
——「ひとりね」はどんな観客に見て欲しいですか。
すずき監督 やっぱりね、30代から50代の女性に見て欲しいですね。この層って一番映画を見ない世代ですから、映画のターゲットになることも少ないんですよ。ここに向けても当らないから作らないで、ますます彼女たちは映画から離れていく。悪循環なんですね。そんな状況も少なからず変えていければいいなと思っています。大人が見れる映画を意識して「ひとりね」を作ったんです。もちろん、女性に限らずね、男性にも、妻はもしかしたらこんなこと思ってるのかとかね、考えながら見て欲しいですね。
——監督も思ったことありますか?つまり、榊原るみさんがそんなことを考えてるかもって。
すずき監督 ……(声をあげて笑う榊原さんを横目に)。いえ、いえ、一人にはさせてないですから(笑)。いつも一緒にいますから、そんなことはないでしょう。
執筆者
寺島まりこ