$LIME 写真を撮るということは、
シャッターの下りる瞬間・60分の1秒のあいだに、
被写体と恋をすることだ$

映画『JAZZ SEEN/カメラが聴 いたジャズ』は、名カメラマン、ウィリアム・クラクストンの半生を綴ったもの。彼はジャズを深く愛し、ジャズアーティストを1950年代から現在まで撮り続けてきた。不思議と被写体の心を開かせて、他のカメラマンには決して撮れない自然な表情を捉えるカメラマンとして知られている。
 今回は、ファッションモデルであり、奥さんでもあるペギー・モフィットと共に来日。


クラクストン「日本の、このすばらしいギャラリーで写真展を開けたことを喜んでおります。写真とペギーのモデリングをお楽しみください」
ペギー「こんにちは。私は東洋に初めて参りました。昔から日本のデザインや文化についてはよく知って、とても感心していたんです。今着ているこのドレスは、1963年にルディ・ガーンライヒが日本からインスピレーションを得て作ったものです」
−−映画『JAZZ SEEN』の中で 、クラクストンさんが素晴らしい写真を撮れた理由として“ジャズ・ミュージシャンやモデルと深い信頼関係を築いたから”とおっしゃっていましたね。信頼関係を築くのに、苦労した相手はいないのですか?
クラクストン「幸運なことに、私の会ったほとんどの方が親しみやすかったんです。私の方でも皆さんと一緒に夜中にクラブに遊びに行ったりして…そういう親近感もあったからだと思います。
 ジャズ・ミュージシャンの中に、難しい人がいるのも知っていました。レコーディングなどで彼らがナーバスになっている時には、そっと避けてなるべく写真を撮らないようにといった心遣いはしましたね」
−−マレーネ・デートリッヒやスティー ブ・マックイーン、クリント・イーストウッドなど映画俳優の写真も撮っていらっしゃいますね。そういう俳優たちとの思い出を聞かせてください。
クラクストン「私はジャズ以外にも写真を撮る機会に恵まれまして。ファッションや映画の世界の仕事もたくさんしました。そんな中で、たまたま依頼されてスティーブ・マックイーンを撮ったんです。彼と私は共通点がとても多かった…お互いにレーシングカーやバイクなど、スピード感があるものが大好きで、とても話が合いました。
 そのおかげでスティーブとは数年間一緒に仕事をして、親密ないい写真をたくさん撮らせてもらいました。それを集めたのが『スティーブ・マックイーン・ブック』という本です」

−−奥様のペギーさんとの、ほとんど永 遠ともいえる長い愛情を、育み保つ秘訣を教えてください。
クラクストン「彼女と出会って40年…」
ペギー「42年よ」
クラクストン「ああ…。私は40年だと思っていたけれど、ペギーは42年だと言いました。このへんの違いが成功の鍵なんですね(笑)。
 いつも様々なプロジェクトを一緒にやっておりまして、密に関わって仕事をしてきたのも良かったのだと思います。ついこの間、ふ たりで“写真のアートとジャズのアート”について話していたんです。そしたらペギーが“写真というのは視覚のためのジャズだわ”と言ったんです。そんな風に、彼女はとても優れた頭脳の持ち主でもある。そこがきっと、お互いに愛し合い続けているゆえんだと思います」
ペギー「気が合うし、愛し合っているし、仕事も一緒だし、笑うのも一緒だし…。やっぱりユーモアはお互いの接着剤ですね。それに、お互いの仕事を尊敬し合っています」
−−いろんなアーティストと仕事をなさ ってきて、特に印象に残っていらっしゃる方はありますか?
クラクストン「一番好きな被写体はやはり妻のペギーです。他に誰と言えましょう(笑)。私はジャズ・ミュージシャンや映画スターやモデル…いろんな方と仕事をしました。その全てに共通して言えることは、その方々をとても好きになること。そしてその中から最高のものを撮ろうと思うことです。写真を撮るということは、シャッターの下りる瞬間・60分の1秒のあいだに、彼らと恋をすることだと思っています」
ペギー「私たちの場合は、露出が長かったんですね(笑)」
−−今回の映画『JAZZ SEEN』 で、ご自身が被写体になってどんな気分でしたか?
クラクストン「私はカメラの向こうに立つのが嫌なんです。俳優ではないし、もともとテレ屋なので…。ここでこうして話しているのも恥ずかしい。僕もそちら側に立って一緒にシャッターを切っていたいと思いますよ(笑)」


−−スタジオで撮った写真、街頭でのス ナップなどいろいろありますね。その中で、特に偶然によく撮れた写真はありますか?
クラクストン「すべてが偶然の産物かもしれません。僕は幸運なだけです(笑)。
 とはいえ、ジャズの写真を撮るのに、アーティストの表情とかボディランゲージ(彼らの持っている身体の言語)を僕はすごく勉強してから、実際の被写体に向かっておりました」
−−たとえば、この箱から顔を出したフ ランク・シナトラの写真。意図してお撮りになったのか、偶然お撮りになったのか…。
クラクストン「それはハープのケースから出てきているところ。決定的な瞬間です。というのはその時、レコーディングがうまくいって彼はとてもハッピーだったんです。すごく喜んでいて、オーケストラの人やお客さんに向かってハープのケースから顔を出し、おどけて見せた。私はたまたま近くにいて“あ、これは”と思って撮った決定的瞬間です。ハッピーで“ハーピィ”だった(笑)」

 染み入るような暖かい笑顔…。愛するワイフ・ペギーさんと並んで立つクラクストン氏の優しい佇まいは、誰の心をもつかむものがある。写真集を手にサインをねだる人々の、ひとりひとりと会話し、握手をする姿が忘れられない。   
  取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)