『ザ・ミッション 非情の掟』は、2000年度の香港を代表するノワールフィルムだ。いわゆるスター俳優ひとり(或いはふたり)によって牽引される従来のタイプの映画ではなく、物語はマフィアのボスのボディガードとなった5人の男たちによって静かに展開される。彼らの衝突と理解、そして運命に翻弄される様を、監督のジョニー・トゥはスタイリッシュに描き、様々な映画賞を受賞した。
 この世界を支えるのになくてはならなかったのは、玄人筋の評価が高い性格俳優のフランシス・ンの存在だ。
 9月1日(土)の公開を目前にして、そのフランシスの初のプロモーション来日が実現した。取材の場に現れた彼は、お気に入りのポール・スミスのシャツを身につけていた。作中で着用したというこのシャツを、わざわざ選んでくれたのだという。

『ザ・ミッション 非情の掟』
$indigo 第19回香港アカデミー賞最優秀監督賞、
第5回金紫荊奨最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀助演男優賞(ロイ・チョン)・最優秀撮影賞、
香港電影評論学会最優秀作品賞・最優秀監督賞、
第37回金馬奨最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(フランシス・ン)。
9月1日(土)よりキネカ大森にてロードショー、新宿シネマカリテにてレイトショー公開中$





——まず、本作に出演した理由からお聞かせください。
「ジョニー・トゥ監督とは、それまで仕事をしたことがなかったんだ。僕には、いろいろなスタイルの監督と仕事をしてみたいという気持ちがあって、トゥ監督は非常に有名な監督だから、オファーに対して『是非!やらせてほしい』と受けたんだよ」
——トゥ監督の作品の特徴については、どう捉えていたのですか?
「トゥ監督は、自分のスタイルを変えながら撮っていく人で、実は、僕たちも彼をよく掴んでいなかったような気がする。彼は、最初はコメディが得意だった。ある段階では娯楽性の非常に高い商業映画だったし、また芸術性の高い映画に移ってもいる。そういうふうに自分のスタイルを変えていってるんだ。彼の場合、芸術性の高い映画では、エンディングが暗くて重くて哀しい結末が多かった。この作品は、そういうところから脱皮しよう、ハッピーエンディングにしようという時期の作品だったと思う」
——では、実際に、トゥ監督と仕事をしての感想は?
「非常に尊敬している。時間も製作費もそんなにゆとりがない状況で撮らなければならないことがよくあるのに、彼の作品はよくできている。中でも銃撃シーンとか難しいシーンがいい、という感想を前々から持っていたんだ。今回、現場に入って中から見てみたわけだけれど、彼の仕事のスタイルは非常に効率よく、無駄がないことがわかった。彼の頭の中には、ストーリーが全部入っていて、いちいち脚本を見なくても現場ですべて指揮できる。大物だと感じた。僕は彼をさらに尊敬するようになったよ」
——あなたも監督も黒沢明監督のファンだそうですが、ご自身の役作りや監督の演出に黒沢作品の影響はあったと思いますか?
「おっしゃるとおり黒沢映画の大ファンだ。でも、黒沢は時代劇が多くこちらは現代劇と、時代背景が違う。僕ら5人のボディガードはサムライではあるけれど、侍精神によって友情を固めたりというところまではいっていないんじゃないかな。僕自身は、いつか黒沢映画に出てくるような人物を演じることを望んでいるけれど、なかなか機会に恵まれないね」
——共演者の4人(アンソニー・ウォン、ロイ・チョン、ラム・シュー、ジャッキー・ロイ)とのチームワークはいかがでしたか?
「僕ら5人が集まると、女の子のようなおしゃべりばかり(笑)。たとえば、最近どういう洋服が流行っているか。また、みんな体を鍛えているから、どこのフィットネスクラブがいいかとか、ほかの役者の噂とか、そういう雑談が多くて楽しかった。ロイとジャッキーは筋肉が立派なので、いつも上着を脱いでもらって触って『すごいね』って」
——銃撃シーンがリアルでしたが、相当訓練をされたのですか? リアルに見せるために気を付けたことはありますか?
「先生は来てくれたけれど、僕に教えるためではなかったよ。ロイ・チョンが狙撃手で絶対に当たるという設定なので、彼に教えに来てたんだ。僕ら4人は隣りで覗いていただけ。ロイが習うのを見て、そこからポーズとか扱いを学んだんだ」






——あなたは悪役を演じることも多いけれど、今回は完璧な悪役とは言えない男臭い役ですね。純粋な悪役と、この作品のようなある視点から見ると正しい男という、そのあたりの演じ分けについてはどのようにされていますか?
「境目にいる人物には演技のフォーマットがない。その人の世界観・人生観から始まっていると思う。100パーセントの悪役だったら、残忍さをその人の特徴として、なるべくそういうところに力を入れて演じるだろう。今回の役は、残酷で人を殺すことは恐れない、その一方で自分の弟分を救うために尽力する、そういう人間臭さが残っている。それは、彼の世界観から出発している。演技はケース・バイ・ケースだよ。役柄の設定によって自分が演技のスタイルを決めるということはないな。すべてどういう人物なのか、そこから考え始めるんだ」
——この作品での演技で、あなたは台湾金馬奨の最優秀男優賞を受賞しましたね。そのことで自分の中で変わったことはありますか?
「演技は、受賞に関係なく常に自分にとって課題なんだ。ひとつの作品を撮り終えたら、必ず総括して次の作品でどう生かしていくのか、そういうトレーニングはいつもしている。受賞で自分の演技に対する認識が変わったことはない。周囲からのオファーやリクエストは来るようになって、仕事のスケジュールやライフスタイルに影響が出ているのは確かだけれどね」
——この作品で、ご自身が現場でアイデアを出されて実現した部分はありますか?
「現場で監督に意見できるのは、スーパースターだけでしょ。僕はTVB(テレビ局)の俳優養成所(現在は閉鎖)の出身で、授業では、監督は王様で役者は道具に過ぎない、役者の役割は監督の理念を表すだけであって、つまり、作られる料理なんだからコックに口は出すな、と、そういうことを言われてその通りにしてきた。今回も、特にどうしたというのはないよ」
——TVBの養成所からキャリアをスタートさせて、現在は成功されていると思いますが、最初に役者を志したとき抱いていた目標とか理想は? 今日の成功の秘訣は何だと思いますか?
「デビューしたときは、大きな志や目標とする人とかそういうのはなかった。とにかく有名になりたい、スターになりたい——役者じゃなくてスターになりたかった。そういう単純な気持ちだったんだ。現実はそう甘くはないということは、その後すぐにわかったよ。今現在、成功したと言われても、自分では成功したとは思っていない。いろいろな映画にたくさん出ていて、その中の1、2本がヒットすることは誰にでもあることだと思う。当たるかどうかは別として、自分の演技にはどういう可能性が残っているのか、常にいろいろスタイルを変えていこうと思っている。限界まで挑戦していこうという気持ちが常にあって、その気持ちに動かされて仕事を楽しんでいる。それだけだよ」
——今まで一緒に仕事をした俳優・監督で、相性がいい人は誰ですか?
「特に相性のいい監督はいない。どの監督と一緒に仕事をしても、それは非常に難しいことなんだ。さっきも言ったように、役者の役目は、監督の言う通りに忠実に再現することだと思う。自分自身もいろいろな考えを持っているけれど、それを全部監督にぶつけていくと、誰の作品なのかわからなくなる。役者のなかで共演して楽しかった人は、(今回も共演した)アンソニー・ウォン。彼とは暗黙の了解のようなものができていて、そんなに言葉はいらなくて、自然に演技のキャッチボールができる。自然に体が動くから、非常にに楽なんだ」




——今後はどんな役を演じてみたいですか? ラブコメディなどはいかがですか?
「ラブコメも大好きだし、チャンスがあったらチャレンジしてみたいよ。香港では雑誌のインタビューで『トム・ハンクスみたいにラブコメのこなせる俳優になりたい』と答えているんだ。どの時代に見ても楽しめる、後世に残せる作品を作りたい。たとえば、『ローマの休日』は、いま見ても面白いよね。いまチャレンジしてみたいのは、指揮者の役なんだ。ヤクザとか殺し屋とかクールな役柄を演じることが多いんだけど、チャンスがあれば芸術畑の人物、たとえば小説家とか音楽家にチャレンジしてみたいわけさ。芸術家の内面を表現するのはひじょうに難しいのだけど、指揮者だったらボディランゲージで表現できる気がするんだ。スタイルだけではなく、雰囲気も——指揮者というのはとても奥の深い男——最近の人物で言うと小泉首相みたいな感じかな。彼のヘアスタイル、白髪の感じ……音楽のセンスに優れた指揮者のような雰囲気があるよ。お辞儀をするとちょうど演奏が終わって観客にお辞儀しているのと同じように見えるし。とにかく、奥の深い熟年の、音楽の世界で生きる男性という役をやってみたい」
——今のお話ですと、かなり役柄ができあがっているようですね。自身で演出するとか具体的に考えてらっしゃるのですか? 監督作でいかがですか?
「なかなかスポンサーがいない(笑)。今まで監督としては2作撮ったけど、どれも満足いかなかった。次の監督作は、まず出演作をこなしてからだね。僕も食べていかなくてはいけないので、映画に出て食べさせてもらって、それから時間をかけて監督としての腕を磨きながら次の作品を考えていきたい。まだ次の監督予定はないんだ」
——昨年は『無問題 モウマンタイ』という日本映画に出演されていますが、今後、日本やハリウッドの映画に出たいという希望は?
「『無問題』が日本映画だったとは知らなかったな。日本の皆さんの前だから言うわけじゃないんだけど、もしも日本とハリウッドの両方からオファーが来たら、日本を選ぶよ。ハリウッドの映画は、どの映画も気に入らない。もしハリウッド映画に出演したとしても、あっちはライティングの色合いを白人に合わせているだろ? その横に我々アジアの黄色人種がいる。そういう雰囲気にはどうしても慣れないと思う。アジアの同じ肌の色の中で仕事をしたいよ」
——では、一緒にやってみたいという気になる日本の監督・俳優は?
「深作欣二と今村昌平。このふたりからオファーがあったら、喜んで出演する。『蒲田行進曲』の松坂慶子は素晴らしかった。僕は、日本映画は古いものも見ている。ロケ現場でも『こういう面白いのを見たよ』って宣伝しているくらいさ」
——最後に、あなたにとってカッコイイ男とは?
「かっこいいかどうかは見る人の感覚で、誰かが決めるものでもないし、一概に言えるものではないね。本当にケース・バイ・ケースで、見る人の角度や感受性によって決まる。でも、日本の役者の中であげるとしたら、僕は、木村拓哉がひじょうにいいと思う。彼はスタイルだけでなく演技もうまい。アイドルでカッコだけじゃなくて演技もできる人は、香港でも少ないと思うよ」

執筆者

みくに杏子

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