言葉数は少なく俯きがち、元親友のいじめに抵抗することもない。歌姫リリイ・シュシュの音楽だけを信じ、ラストでは壮絶な事件を引き起こす少年——。果たして14歳とは何だったのか?岩井俊二監督最新作「リリイ・シュシュのすべて」に登場するのは、分析はできても大人達が決して理解できなかった少年たちである。だが、主人公・雄一を演じる市原隼人くんは、映画初主演ながら万人の潜在心理を揺り動かしてしまった。劇中、親友の母親(稲森いずみ!)に『うちの子どもにならない?』と言われるのもむべなるかな。スクリーンに佇む彼の姿に、誰しも痛みに似た懐かしさを感じてしまうことだろう。
 実際の市原少年は雄一とは違い、“学校が楽しい”と言う溌剌とした現役中学生。続いて出たのは「撮影現場では感動して泣いてしまいました」との素直な発言だった。今度は別の意味で『うちの子どもにならない?』と言ってしまいそうになる。

※「リリイ・シュシュのすべて」はシネマライズ、シネスイッチ銀座にて今秋ロードショー!!




◎皆の拍手に感動して泣いてしまった

正直なところ、インタビューはほんの少し不安だった。劇中の進路指導時のように俯いたまま一言も答えてもらえなかったならどうしようか、と。安易な懸念に過ぎないとわかってはいた。だが、市原くんの明るい笑顔を見た時、ついつい“元気そうでよかった”と思ってしまったのだった。「(主人公の雄一とは)あんまり似てないんですよ。僕はよく喋る方なんですけど、雄一って余り喋らないじゃないですか。撮影の最中は雄一の暗い性格が移って、普段の生活でも暗くなっちゃってたんですけど(笑)」。
これまでは雑誌やCMの仕事が中心だった彼が、岩井俊二監督と出会ったのは昨年7月のオーディション。「(岩井監督は)喋りやすかったです。友達みたいな人で…。こんな人が監督ならできるかもしれないと思った」。決定の連絡を受けたのはそれからほどなく。“すんごい、嬉しかった”と言うが、台本を読んだ時は少しばかりの抵抗を感じたらしい。主人公の雄一はかつての仲間たちに自転車を壊され、リリイ・シュシュのCDを割られ、挙げ句は“服脱いでシコれ!”と命じられたりもする。「撮影でもやっぱり戸惑ったんです。でも、やらなきゃ進まないじゃないですか。撮り終わった後は皆が拍手してくれて…。泣きましたね、感動して」。劇中でも見られる思春期特有の屈託はどこへやら、その素直な物言いにこちらの方が感動してしまう。ともあれ、今回の岩井組は泣きの多い(?)現場だったようだ。雄一が憧れる女生徒がある事件をきっかけに○○してしまう(○○が何かは劇場で確認のこと)場面があるが、これは映像トリックではない。伊藤歩さんの文字どおりの体当たり演技だ。「本番で初めて見たんですけど、皆、泣いちゃったんですよ。その勇気に感動して」。




◎NGの連続に岩井監督がポツリ“こんなの初めてだよ”

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の少年少女を始め、岩井俊二作品は役者の実年齢と役柄の年齢差にさほど頓着しない。「リリイ・シュシュ〜」の場合、市原君は主人公と同じ中学二年生だった(撮影当時)が、同級生役の忍成修吾さんは当時19歳、伊藤歩さんは当時20歳。共演中、違和感を感じたかと思いきや撮影合間には大騒ぎし(時に泣き?)、撮影後の今も連絡を取り合う仲らしい。”友達のような”岩井監督の演出は大まかな説明ののち、「役者に自由にやらせてくれてたんですよ。やりやすかったですね」と言う。
 撮影は比較的スムーズに進んだ。1シーンを除いては。
「長台詞が言えなくて丸1日掛かったシーンがあったんですよ。何度もNGになって、監督には“こんなの初めてだよ”って言われて…(笑)」。この長台詞とは、援助交際をさせられている少女にリリイ・シュシュについて説明する場面だった。が、実際の本篇には…。「観たら、カットされてました(笑)」。
 ロケは栃木県の足利市で1ヶ月、沖縄に2週間。「沖縄はー、楽しかったですね。仕事にいったとは思えなかった」。市原くんは水泳の名手でもある。オーディション時に監督から“最近、何やってるの?”と聞かれ、“多摩川で泳いでます”と答えたという。実はスポーツ少年でもあり、ジャッキー・チェンのようなアクションにも挑戦したいとのこと。学校でもさぞやモテるだろう彼に、“劇中の久野さんみたいなマドンナはいる?”と尋ねると「いません」とあっさり。それでも食い下がり“密かに気になってる女の子はいるでしょう?”と尋ねると「ああ、それならいますよ」とこれまたあっさり。何故だか、ちょっぴり残念な気分になってしまったのだった。

執筆者

寺島まりこ