「シナリオがあるスポーツなんて…」格闘技に然程興味のなかったそんな映画ファンをも目から鱗状態にさせるプロレス・ヒューマン・ドキュメンタリー、それが『ビヨンド・ザ・マット』だ。入念な脚本に基きながらも、それをも越える肉体への挑戦を繰り広げる熾烈なショーと、リングを離れた部分でのレスラーたちの脚本の無いドラマは、観るものに強い衝撃と熱い思いを感じさせることだろう。
 日本でも8月11日より公開となるこの作品で、引退へ向けての闘いを繰り広げる“伝説のレスラー”テリー・ファンクが来日を果たし、7月16日にウェスティンホテル東京にて記者会見が行われた。会場に現れたテリー・ファンクは、映画の中で家族に見せたようなひとなっつこい笑顔を見せ、カメラ陣からのファイト・ポーズの声にも気さくに応え、格闘家であると同時に、根っからのショーマンなのだ。「まだ、生きているよ」と笑いながらはじめた会見中も、一つ一つの質問に熱心に応じていた。その中身は、次ページ以降で。
 この日、会場にはご自身もリングに立った経験がある女優の桜庭あつこが花束のプレゼンターして登場。桜庭のたっての希望で、テリーの必殺技“スピニング・トーホールド”を、直々に教授する一幕も披露された。






Q.まず、ご挨拶をお願いします

「『ビヨンド・ザ・マット』という作品を代表してここにいることを、とても誇りに思っているよ。この作品は、今日のアメリカのプロレスの世界を幅広く描いている。その素晴らしい面と、まともに直視できないような難しく厳しい面の両面をね。アメリカのプロレス業界の裏みあるものは、日本とは随分異なる姿を見せている。私は素晴らしい家族に恵まれ、彼らとは本当に親しいんだ。私が愛するものは二つある。それは、プロレスと家族。ところがこの二つが、時々どちらか一方へと引っ張り私を引き裂いてしまおうとすることがあるんだ。それでは、なんでも聞いてください。」

Q.ミック・フォーリー選手とはお親しいようですが、最近でも会われたりしますか?

「ミックとはつい最近も電話で話したんだ。彼は現在別の道を歩んでいて、2冊目の本を出版したし、小説も書いている。この映画のポスターで両側の二人(ミックとザ・ロック)は違う職業に進んでいて、その間に自分がいるのがなんだか不思議だね。」

Q.これまでの、プロレス人生を振り返って思われることをお聞かせください

「ここのところは実戦はあまりやらなくなっているが、これまでずっとプロレスをやってきたことで、それは既に自分の身体のシステムの一部になっているので、プロレスをやらないことなど考えられない。正直、長い選手生活の中で身体に様々な影響が出ていることもあるが、自分の人生はレスリングをする以外は考えられないんだよ。色々なことがあったけど、日本の皆さんがノーと言える独立心…というか私に戦わせる力を与えてくださったんだ。本当に感謝している。







Q.この映画をご家族の方はご覧になられましたか?その反応はいかがでしたか?

「この映画のミックが子供たちの前で試合をし、子供たちが去っていく部分で、自分の二人の娘のうち下の娘…ブランディと言うんだけど、彼女のことを何度も思い出したよ。83年にスタン・ハンセンたちと戦ったときに、ブランディはすぐそばにいたんだ。あれほど強烈な印象を受けていたとは…。もし、もう一度自分に幼い子供がいたとしたら、二度と見せないだろうと思うよ。少なくとも高校に上がるまではね。
私の家族は勿論作品を観てくれたよ。半年くらいで撮ってしまう映画が多い中、この作品は、2年くらいの長い時間をかけて我々のそばで撮影された作品なんだ。素晴らしいことだよ。確かにはじめの頃はカメラが気になったけど、しばらくするとそこにいるんだか、いないんだか感じなくなるんだ。だから、ここに出ているのはありのままの家族であり、ありのままの自分の姿なんだ。
この作品は気に入ったところもあれば、気に入らなかったところもある。ジェイク・ロバーツの部分は、自分の中に悪魔を抱えていてそれと戦わなければならなかったのに戦えず、間違った判断をしてしまった。そうした状況は、プロレスの世界の誉められたものではない面だ。だけど、逆に良いところばかりではなく、トラブルも含み広く捉えているということなので、私にしろ家族にしろいやな部分もそうなんだなぁと考えさせられた。アメリカのプロレスの実情を正直に描き、私たちが普通の人間だと判ってもらえる、いいドキュメンタリーになったよ。」

Q.監督のバリー・W・ブラウスティンさんについてお聞かせください

「私がラスベガスで試合をした時に楽屋に来ていて紹介されたんだ。初対面から彼のことは気に入ったよ。彼はプロレスのドキュメンタリーを作りたいのだけど、手口がなくて助けてほしいと言うことだったので、ビンス・マクマホンやレスラーたちに紹介したんだ。大切なことはやはりお互いに信頼しあうことだと思うが、彼とはうまが合うと言うか、最初から信頼しあえたんだ。








Q.ビンス・マクマホンが掌握しているアメリカのプロレス界についてどう思われますか?もう一つ、かつてあなたにも修行した大仁田厚さんが、現在国会議員選挙で戦っていますが、何かコメントをお願いします。

「私に選挙権があれば、大仁田に投票するよ(爆笑)。
ビンスのことはマスコミとかに天才などと書かれてますが、私にはそうとは思えない。何よりも、彼がアメリカで唯一のプロモーターであるというのが問題だよ。日本では、いくつもの選択があると思うが、今のアメリカのプロレス界の方向は、ビンスがどう考えているかに、とらわれざるを得ないんだ。一人の男が牛耳っている状況だからね。仮に最高のレスラーがいたとしても、ビンスが気に入らなければ一生無名のまま取り残されるしかないのだから。
次は大仁田か…何を話そうか(苦笑)。人は個人で責任が取れれば何をしてもいいと思う。彼が選挙に立ちたいなら立てばいいと思うし、投票にふさわしいかどうかは、それぞれが考えればいい。個人的にはあいつは絶対諦めない、負けるのが嫌いな奴だ。彼の政治的な資質は判らないけれど、やると決意してそれに向かうなら、悪い政治家になるとは思わないよ。」

Q.格闘技でエンタテイメントとは対極のアルティメット路線が盛んですが、どのように思われますか?

「私自身はレスリングが大好きなので、これからもプロレスに残ると思うが、新日本であれ、全日であれ、K1であれ闘いには興味があるので応援する。K1に関しては、アメリカではもう少し広がって欲しいね。」

Q.テリーさんが若く体調が万全だったら、この人と闘いたいというレスラーを教えてください

「若かったらってどういうことだい(笑)。そう、自分の一番元気だった頃は、アントニオ猪木さんがベスとの頃だった。彼と、カシアス・クレイ(モハメッド・アリ)との闘いがあったが、タイム・ワープが出来るならばあの時の彼らのどちらかになって闘ってみたいね。」

 なお、『ビヨンド・ザ・マット』は8月11日より、シネマライズにてレイト・ロードショー公開される。

執筆者

宮田晴夫

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