北野武監督作品、宮崎駿監督作品そして大林宣彦監督作品などなど、近年の邦画界の精華ともいうべき数々の作品を作曲家として支えてきた久石譲さんの、映画監督初挑戦作品『カルテット』がついに完成した。大学生活最後のアンサンブル・コンテストの苦い思い出を胸に別れていった4人の音大生が、その3年後、職業音楽家となれなかった4人それぞれが、再び自身の夢と想いをかけカルテットを結成、コンクール優勝を目指す姿と内面を鮮やかに描いた青春映画であり、音楽が小道具としてではなく作品の主題として使われた本当の意味での音楽映画となっている。
 7月11日の夜、この作品の完成披露試写会が六本木のオリベホールにて開催された。披露試写会は、映画の中でもチェロ奏者を演じた久木田薫さんを含むカルテットによって、この作品のエンディングテーマの生演奏からスタート。美しい調べが場内を魅了させたのに続き、久石監督と映画の中でカルテットを演じた袴田吉彦さん、桜井幸子さん、久木田薫さん、大森南朋さんが舞台に立ち舞台挨拶を行なった。







 「音楽で舞台に立つのは全然平気なんですが、初監督として舞台に立つのがこんなに緊張するとは思いませんでした」と口火を切る久石監督。今回の作品は本格的な青春音楽映画を目指したということで、4人の俳優の演奏場面と、台詞代わりに流れる音楽の二点がポイントだったとか。演じる4名の役者さんたちに関して、「我儘な人たちがよくそろってバラバラ、最初はどうしようかと思いました」と取材の関で笑いながら話した久石監督だが、いい意味で個性的な4名が撮影期間の間にアンサンブルができあがっていく様は、まさに映画の物語を地で行く現場だったようだ。久木田さんを除けば楽器の経験の無かった3人だが、流石に実際に音は出してないといえどもその違和感の無い自然な演奏場面は音楽家そのもの。久石監督は『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロをひきあいに出し、4人への賛辞を惜しまない。また、「単に音楽家を題材にした普通の映画ではなく、本当の音楽映画」というのも久石監督が今作に持たせた重要なコンセプト。作中の大半が演奏シーンということで、まさに台詞代わりに流れ、最終的にはアレンジを含めて40曲近くをこの作品のために書いたそうだ。
 第1ヴァイオリンの相葉明夫役を演じた袴田吉彦さんは、「最初は形くらいならなんとかなると思ってたんだけど(笑)…大変でした」と撮影時をふりかえる。約4ヶ月にわたるヴァイオリンの練習は、筋肉が柔らかく動くようになるまでがかなり大変だったようだ。また、「今まで、色々な監督さんと仕事をしてきましたが、こんなに役に関して話したことは多分初めてです。最初に、思ったことを何でも言ってください、僕も思ったことを言いますからって、それでいっぱい相談しましたよ。」と、久石監督の演出に関して、信頼と共感をこめて語った。久石監督御本人は、「僕は何も知らないからですよ」といたって謙虚な様子だが、この想いはキャストに共通のものだったようだ。






 第2ヴァイオリンの坂口智子役の桜井幸子さんは、最初のうちは高価な楽器を落としてはいけないと気が気ではなかったらしい。因みに、カルテットの4名の楽器は合わせて時価2億数千万円とのこと!また、その過酷な練習で桜井さんも首にあざができてしまったそうだ。「初めから最後まで大変でした。練習は、最初一人でやっていたのをやはりカルテットということで、皆で集まってやるようになりました。撮影中、大変な部分は皆似てくるので、お互いに励ましながらやりました。」と語った。
 チェロの漆原愛役を演じた久木田薫さんは、4人の中で実際にチェロが演奏できる唯一の音大生で、映画に関しては本作がデビュー作となる。「演技は初めてなので、緊張と恥ずかしさでカメラの方を見れないような状態でしたが、チェロだけが特技なのでそれを見失わないように頑張りました。」と、やはり他の3人に比べると緊張気味に話した久木田さんだが、久石監督が冗談めかして話したとおり、その自然に身についている演奏場面の立ち振る舞いは、画面の一つの要ともいうべき存在感だ。
 なお、監督及びトレーナーの方から素人3人の中では一番音感がいいとお墨付きを貰っていたのが、作品中では相葉からリズムについて責められるヴィオラの山田大介役の大森南朋さんだそうだ。「実はヴァイオリンとヴィオラの区別がついてなくて、ヴァイオリンの大きい奴で立てて弾くものだと思ってました。」と挨拶で笑いを取るのは照れ隠しか?
 なお、当初久石監督のデビュー作となる作品は、実は別の企画だったそうだが、予算がかかり過ぎる、久石監督らしくないなどの意見から、この『カルテット』という作品が撮られることになったそうだ。この作品の完成度から考えると“らしくない作品”というのも、それはそれで気になってしまうところだ。いつか、撮られることを楽しみにしつつ、このほろ苦くも瑞々しい音楽映画の公開を心待ちにしようではないか。
 なお『カルテット』は、この秋、渋谷東急3他全国松竹・東急系劇場にてロードショー公開予定だ。

執筆者

宮田晴夫

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