去る4月24日から30日まで6日間にわたって、赤坂・国際交流基金フォーラムで「カナダ映画祭2001」が開催された。大国アメリカのハリウッド映画の陰に隠れてしまった感のあるカナダ映画だが、ハリウッドで活躍する俳優や監督のプロフィールを見ると、意外なほどにカナダ出身者が多いという事実がある。
 この映画祭で来日したゲーリー・バーンズ監督も、ハリウッドが欲する才能の持ち主。生まれ育ったカルガリーに実在する“プラス15”という巨大なビルの複合体を舞台に、閉塞感のとらわれた現代人の姿を『ウェイダウンタウン』で描ききった。ハリウッドの誘いを蹴って、カナダで撮り続けるバーンズ監督に、この作品のこと、カナダの撮るということについて話を聞いてみた。
(撮影:山形)



『ウェイダウンタウン』の舞台であるカルガリーの“プラス15”は、居住やビジネス、ショッピングなどさまざまな用途で建設された複数のビルディングを連結させたもの。寒い屋外に出ずにすむという発想の都市計画で、約20年前から実行に移され、今日もプラス15は膨張を続けている。
 バーンズ監督は、この都市計画は地上での人間同士の触れ合いを喪失させるものであるとして不快感を感じており、その気持ちから着想を得たと言う。映画そのものは会社文化を扱ったコメディ。プラス15に住み、このなかの或るオフィスで働く数人の人々が、何日間外に出ずに過ごせるか賭けをしている、その24日目の数時間をクローズアップしたものだ。ある種の極限状況で、彼らは強いストレスに晒されることになる。アメコミのヒーローもどきなど幻想も交え、デジタルビデオとフィルムを併用した映像が独特のムードを醸し出す佳作だ。

●昼休みの出来事を中心に描いてらっしゃいますね。日本の社会では、仕事仕事でやってきて、閉塞感の中で精神的に不安定になってくる人たちもけっこういる状況があって、そういう日本の問題としても読みかえることができるんですが……
バーンズ この映画は、普遍性を描いていると思います。どこの社会でも、ビジネスの世界だけでなく文化の分野でも同じでしょう。他の人と競って、誰かが失敗をしないと空きはできない競争社会であると。会社は、犠牲を払う用意がいちばん出来ている人を採用し、彼にそういう仕事をさせる。それはどこでも、多かれ少なかれ同じ状況があるのではないかと、それを描いてみました。



●スーパーマンのようなヒーローや、ビルの街がぱっと宙に浮かぶイメージ、主人公のトムが浮遊しているシーンとか、そういったファンタジックな発想は、どこからきたのですか?
バーンズ このスーパーヒーローは何かというと、トムの良心を表しています。スーパーヒーローは、トムを裁いてるんですよ。トムもヒーローに自分を投影して見ている。トムが浮遊がしているというのは、20年くらい前に読んだカフカの短編です。街が浮いているのは、これはスパイダーマンのマンガを読むと実際にあるんです。ただ、スパイダーマンだけじゃなくて、スーパーヒーローもの、マンガには町全体が浮くというのは、ありがちなストーリーなんですね。浮遊する町のショットは、私の家から見たカルガリの街をそのまま35ミリで撮って使用しました。
●こういうアイデアのために、日常的に心がけてらっしゃることとかありますか?
バーンズ 今日も地下鉄に乗っていて——指を挟まれるといけないというサインがありますね。あれを写真に撮りました。なぜかというと、次の作品に使えるところがあるので、それを写真に撮って……それが全部使えるかわからないんですけど、これはいけるんじゃないかと。常にオープンにして何でも受け入れる、使えるものは使うというスタンスです。
●スーパーヒーローにしても、ずっと隣国アメリカの文化に親しみながら生きてこられたのかなと思いますが……?
バーンズ まさに。カナダは、本当にアメリカの影響が大きいです。テレビであれ、マンガであれ。カナダの人口は都市部、アメリカの国境と近いところに集中しているわけですから、距離的にもすごく近いんです。ラジオもテレビもアメリカのものが全部入ってしまいます。



●ハリウッドで活躍している人には、カナダ出身の人がとても多いですね。カナダからハリウッドに活動の場を移すことについてどうお考えでしょうか?
バーンズ アメリカに行く人の気持ちもわかります。お金のため、そして、より多くのチャンスを得るためですね。僕は、なぜアメリカに行かないのかということも聞かれますし、バンクーバーやトロントなど、国内でもカルガリーよりもっと映画の仕事があるところに動かないのは何故かということも聞かれます。ハリウッドでやるということは、自分でコントロールできる範囲が少なくなるということ。つまり他者のために映画を作らされる。クローネンバーグも言ってますね「どうして他人の映画をオレが作るんだ」と。カナダにおいても結局同じなんですよ。予算が増えれば増えるほど、自分でコントロールできるところが減るんです。私の今までの3作は低予算で、合計は210万カナダドルです(日本円で2億円弱)。ただ、その代わり3作において、ほとんど自分でコントロールできています。
●カナダの映画としてどういうものを追求してらっしゃいますか?
バーンズ カナダ的な映画をというより、私は自分の映画を作りたい。自分の映画は、つまり自分でコントロールが出来る映画です。カナダは資金援助があっても好きにやらせてくれる国です。ある程度ルールはあるけれど、カナダ的な内容——たとえば、赤毛のアンとか騎馬警官を入れろとか歴史的な題材でというようなことは言われません。でも、私はカナダ人だし、カナダで育ってカナダで映画を撮れば、それはカナダの映画です。

執筆者

みくに杏子

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