今は亡き巨匠スタンリー・キューブリック監督が20年近く構想を練りながらも、映画化ならなかったSF超大作『A.I.』。ブライアン・オールディスの短編小説を原作にしたこの作品が、人工知能に愛という感情をインプットされた1体のロボットの数千年にわたるオデッセイとして完成した。生前のキューブリックとの交流からこのプロジェクトを引き継ぎ、完全な秘密主義の中この作品を監督したのは、数多くの作品でハリウッドのトップに君臨するスティーブン・スピルバーグ監督。今回の作品は、彼自らが“新しい代表作”と公言する作品となったようだ。
 アメリカに先立つ日本での先行オール・ナイトも1週間を切った6月19日に、スピルバーグ監督の衛星記者会見が開催された。これは、現在フィリップ・ディック原作のSF小説をトム・クルーズ主演で映画化する次回作『マイノリティ・レポート』をヴァージニア州アーリントンのスタジオで撮影中のスピルバーグ監督と、東京帝国ホテルの記者会見の席上に設置された250インチの巨大スクリーンとを衛星会見で結び、リアル・タイムの会見を試みるという画期的な試みだ。休む間も無く精力的に次回作の撮影に入っているスピルバーグ監督だが、そうしたハードなスケジュールは感じられず、その表情から伺えるのは確かな充実感だ。会見の途中に、新作の主演のトム・クルーズが顔を見せたりといった楽しいハプニングも間に挟みつつ、二人の巨匠による夢のコラボレーションの結晶として完成した『A.I.』についてを語った1時間の会見の様子を、紹介しよう。なお、スピルバーグ監督が公式に日本向けに行なった記者会見は、82年の製作・脚本作品『ポルターガイスト』以来で、今回は実に19年ぶりのことだ。






Q.映画を完成しての感想をお願いします。

−−今の感想ですが、私はどの映画を撮り終えてもほっとしますが、今回の『A.I.』は非常に製作期間の長い難しい仕事だったので、その気持が特に強いです。今回は、監督のみならず脚本も担当したのでその点でも感慨深い。それと、この作品で出来た素晴らしい友人達、モニカ役のフランシス・オコナー、ジゴロ・ジョー役のジュード・ロー、そして素晴らしいハーレイ・ジョエル・オスメントらと別れるのが非常に辛いです。

Q.スピルバーグ監督はお母さんに対してこの映画で、どのような思い入れがあったのでしょうか?

−−私は非常にラッキーなことに素晴らしい母親に巡り合いました。本当に愛した母親です。皆さんが、もし私の母にあったら、同じように感じてくれるでしょう。それほど稀有な女性でした。私がこの『A.I.』という企画に惹かれた理由もこの物語のハートが人間・ロボットの子関係無く母親への愛情が主になっている。それがこの映画の魂なのです。その母親への愛は、私自身が体験したことですので、そこに惹かれたのです。

Q.『鉄腕アトム』の誕生シーンを思わせる場面がありましたが、スピルバーグ監督は手塚治虫先生のファンだったのでしょうか?

−−『鉄腕アトム』のことは、私はあまり知りませんし、映画を観たことはありません。そういうTVシリーズがあったということも、ここ数週間の間に日本の方々から受けた取材で聞かれ知ったくらいですから。

Q.親子の絆を描いた作品は沢山ありますが、親子の別れに素晴らしさを感じました。親子がうまく別れていくというテーマは、監督の中でどのくらいの大きさを占めるものなのでしょうか。

−−ご質問頂いたテーマは、自分の中に深く根ざしているテーマなので、繰り返しいつも出てくるのだと思います。内容的なことでいえば、『E.T.』の場合には、人ではないものが人間的に描かれ、『A.I.』は人間が演じていて実はマシーンだという立場の逆転が捻りだと思います。

Q.この作品は、スピルバーグ監督と故スタンリー・キューブリック監督の時を越えた共同作戦だと感じました。お二人は、この作品を巡ってFAXのやりとりをされていたそうですが、今、貴方がキューブリック監督にFAXを送るとしたら、どのような内容になりますか?また、キューブリック監督からは、どのような返事が返ってくると思いますか?

−−この企画はキューブリック監督のコンセプトから生まれたものですので、私が今FAXを送るとしたら、それを私自身も観客の一人で観れるということは、なんて素晴らしくラッキーなことなのだろうということを伝えたいです。彼がなんと返事をくれるかはわかりませんし、それは想像するだけで怖いです(笑)。この作品は、まさにキューブリック監督との映画的なコラボレーションの仕事だと思っています。そして私は、キューブリック監督のヴィジョンをストレートに出したわけですが、それは私の感性を通して行ったわけで、自分を殺してこの映画を作ったわけではありません。キューブリック監督のヴィジョンを通して、私の能力、私の感性、私のストーリーをインスピレーションとして、私の映画を作ったのです。





Q.これはあくまで想像でしか答えられないと思いますが、もしキューブリック監督自身がこの作品を撮っていた場合、この作品はどのように変っていたでしょうか?

−−皆さんもキューブリック監督の作品はご覧頂けているかと思いますし、彼のアプローチは知的なものから入っていくというアプローチです。それに対して私はエモーション、感情からはいっていきます。スタンリーは、知的なものからはいっていき、最後にエモーションに訴えかける映画を、私はエモーションから入っていって、最後には知的なものに到達するというアプローチの違いがあるのです。しかし、ストーリー的には私の映画も彼の映画も同じものになっていたと思います。私のシナリオのベースは、キューブリック監督用に書かれたイアン・ワトスンによる90ページの物語によりますので、違いはなかったと思います。

Q.スピルバーグ監督の作品は、親子の愛と共にマイノリティや弱者への愛と視線があると思います。『A.I.』のロボット、『E.T.』の宇宙人、『シンドラーのリスト』のユダヤ人などがそうですが、それは常に意識されているのでしょうか?

−−それは非常に自己的なものといえるテーマかもしれませんね。私自身、子供の頃は大きな子供たちからの虐めの対象で、また通っていた小学校には私の兄弟以外はユダヤ系はいない、そんな環境で育てられたのです。私は観客に真実だと信じてもらえる映画をつくるには、自分が感じたこと、経験したことからつくれば、観客に伝わると思うのです。私が人物に魅力を感じるのは、自分自身が体験したものにふれてくるときです。自分自身の体験も、そうだったなぁと。

Q.今回の『A.I.』は、ハーレイ・ジョエル・オスメント少年の演技が重要だったと思いますが、彼についてお話しをおきかせください。

−−今日、世界中において12歳…撮影中は11歳でしたがで、ハーレイほどの演技ができる子供はいないと思います。彼の素晴らしいところは、キャラクターを演じるにあたり自分の感情を込め、また抑えることを知っている。それが素晴らしい。若い俳優は、往々にしてエネルギーを即座に発散しがちなのですが、彼はそれを押さえる術を知っている。すごいことです。彼は自分の中にある才能を、2時間15分の映画の中に、満遍なく散らす能力を持っているんだ。いつ開き、またいつ閉じるべきかを知っているのは凄いことです。その点で、若い俳優の中で傑出していると思います。

Q.スピルバーグ監督の作品には、夢・希望・愛などがテーマとなっていることが多いと感じますが、現実には日本でもアメリカでも狂暴な事件が発生し、これからの人類はどうなってしまうのだろうかと思える現実が広がっています。そんな中、監督ご自身は、人類がこれからますます繁栄を続けていくと確信されているのでしょうか、それとも非常に危険な状態であると思われますか?人類に対しての警告を伝えて行きたかったのでしょうか?

−−大変な質問で、自分に答える資格があると思いたいですけど、同時に難しい質問です。いつも思うのですが、人類は種として大変素晴らしい能力を持っていますが、その能力で何かを達成しようとすることに追われ、どういう結果になるかを省みないところがあります。皆さんもご承知のように、人間は破壊する能力も持っているのです。そのどちらが勝つかが、未来に繋がっていくのだと思います。その結果は、私の映画を観ていただければ判ると思いますが、私は究極的には善が悪を駆逐すると信じています。






Q.夢がテーマの作品だと思いますが、同時に人の影の部分も印象的だったと思います。スピルバーグ監督は人は強い生物だと思いますか?弱い生物だと思いますか?

−−人間の心というものは天から与えられた一番貴重な贈り物だと思います。先程も言ったように、人間には破戒する能力がある一方で、科学や医学などテクノロジー面で素晴らしい進歩を遂げていく能力もあるのです。ですから我々が注意していかなければならないのは、夢やクリエイションを追うがあまりにそちらが主人となって人間が従うようなことになってはいけない、つまり人間は神と競争し、追い越そうとしてはいけないと思っています。

Q.スピルバーグ監督の待望の新作と言うことで、ファンの方が待ち望んでいますし、『E.T.』を越す200億の興行収入の声なども上がっていますが、監督自身はこの作品の日本でのヒットに関する手応えは感じられていますか?

−−兎に角日本は遠いので、もしそうした手応えがあるとすればそれは私の映画が世界にアピールするという希望には繋がってくれると思います。今は実感と言うより、希望ですね。

Q.貴方に3体のA.I.が与えられたとします。1体は53歳の男性、1体は30歳の女性、もう1体は11歳の男の子。それぞれに何を託しますか?

−−この映画には、色々な年代のロボットが現に出てきます。そもそもロボットというのは、機械ですからそれぞれその年代用につくられるという社会なのです。ロボットは年をとったり成長したりはしないわけですから、あらゆる年代のロボットがそれぞれの目的に応じて作られていってる社会なのです。その社会では、人間の職を奪っていくもととして、ロボットに対し人間が恨みを持っている社会なのです。ですから、53歳として作られたロボットは経験や知識が豊富ということで、教員や医療コンサルタントなどが与えられると思います。30歳の女性ですと、それは家事のヘルパーや、男性にとって魅力的なパートナーということになるかと思います。11歳の少年は、妊娠が免許制の社会で子供がもてない夫婦への代理品として親のニーズを満たすためにつくられたものです。この映画では、そういう設定ですが、私のコメントとしてはそういった社会で人間がロボットを作るのはいいのだけれど、彼らが尽くすことに対し、我々も愛情を返す責任があるのではないのかということです。

Q.公開中でも構いませんが、実際に来日できませんでしょうか?

−−本当はこの会見も自分自身が直接参加したかったのだけれど、トム・クルーズと『マイノリティ・レポート』という次回作を撮影中のため、残念ながらいけませんでした。来年の夏、『マイノリティ・レポート』が完成したときには、トムと一緒に日本に行きたいと思います。

なお、『A.I.』は、全世界初の一般劇場公開となる6月23日の先行オールナイトに続き、6月30日より丸の内ルーブル、渋谷パンテオンほか全国東急・松竹系劇場にて、超拡大ロードショーされる。

執筆者

宮田晴夫

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