「実直そうに見えますが、実は相当な狸親父なんじゃないかと思うんですね(笑)」。狸親父とは新藤兼人監督のこと。毒舌冴えるコメントは津川雅彦氏のもの。日替りトークショーも好評の「新藤兼人からの遺言状」(渋谷シネマライズで上映)だが、23日のゲスト・津川さんの喋りには観客も大喜び。この後、上映された主演作「墨東綺譚」での製作秘話や、ちょっとためになる永井荷風の真実もご口授。「撮影に入る前、新藤監督に言われたんです。『あなたしかやれる人はいない』ってね。ところが後で聞いたら緒方拳にも頼んでいたらしいんですよ。あんなブスと僕の、どこが似てるっていうんですかねえ(笑)」。






「墨東綺譚」の脚本を読んだ時、津川さんは「ものすごくいい本だと思った。でも、地味だし、客も入りそうもないから実現しないだろうと思ってたんですがね」。新藤監督に呼ばれ、永井荷風の講義を受けること2時間余り。「わかったのは荷風はスケベだったってこと(笑)。性欲が枯れたら文学への欲求も枯れると信じていた。女性への欲求を創作のエネルギーにしていたんです」。いいとこのお坊ちゃんだった荷風の小説は全て自費出版から始まった。その生涯で出版社から原稿を頼まれたことは1度もないとか。書かなきゃいけないというプレッシャーを持たず、書きたいときに書くという幸せな作家生活を送った人だったとも言える。
『この役をやれる人は君しかいない!』と言った新藤監督だが、実は最初に緒方拳に頼んでいた。毒舌を飛ばす津川さんだが「役者を見て、役を作り上げていくような監督なんですね」と思わず納得の分析をする。
撮影中、『何もしなくていいから』と再三言った監督が『何かしてくれ』と頼んだのは天丼屋のシーン。「天丼を食べた後、楊枝で歯をシィーってやってくれってね。俺は三國連太郎じゃないんだから(笑)。せっかくエレガントに演ってきたのに台無しになっちゃうじゃないですかって言ったんですけどね」。完成したシーンを観てびっくり。「そこだけが総天然色みたいな荷風になっていました」。死ぬ直前の荷風に愛嬌という華を持たせた新藤監督だった。

執筆者

寺島まりこ

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