「自分が演じてる人が傍で見てるわけですから、プレッシャーは相当感じていましたね」。小林桂樹さんが出演した唯一の新藤兼人作品「落葉樹」(86)は同監督を語る上で一番重要なものといえる。なにしろ、新藤兼人の過去、家、母親への思慕と自伝的要素の濃いものとなっているのだから。終盤を迎えたシネマライズの特集上映「新藤兼人からの遺言状」では22日、監督に限りなく近い主人公を演じた小林さんを招きトークショーを行った。






「撮影に入る前の打ち合わせで“小林さん、お母さんは元気ですか”と聞くわけですよ。新藤監督はその時、母親の話ばかりしていましたね」。新藤監督の実母は13歳で他界。若くして失った母親への思慕は相当なものだったらしく、母手製のハンテンを監督はボロボロになっては直して、ずっと着続けていたという。「落葉樹」にはこのハンテンを着用した小林さんの姿も見られる。「僕の父親は16歳の時に亡くなっています。長い人生で一番の事件は父親の死だったんですよ。母親は元気でしたが、僕の父への感情と新藤さんのそれとは同じだろう、と話したんですね」。
 それまでも歴史上の人物を何度となく演じてきた小林さんだが、自分の演技を見ている人物が自分が演じている役、というシチュエーションにかなりのプレッシャーを感じたという。「そっくりさんは無理な感じがしましたので(笑)、お母さんに対する想いみたいなものが出るようにと演じました」。これが新藤作品唯一の出演作となるわけだが夫人だった乙羽信子さんとの共演は多々ある。「僕の推測なんですが乙羽さんが“ケイちゃん、使ったら”って、監督に言ったんじゃないですかね(笑)」。なお、乙羽さんは監督の母親に似ていたとの噂もあるとか。

執筆者

寺島まりこ