故黒澤明監督の遺稿脚本を映画化した監督デビュー作『雨あがる』が、日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか八部門を受賞し内外から注目を集めている小泉堯史監督の待望の新作の製作がいよいよスタートした。『阿弥陀堂だより』というこの新作は、芥川賞作家南北佳士の同名小説を原作とし、小泉監督自らが脚本を書いたもの。信濃路を舞台に美しい四季の移り変りの中で、夫婦の情愛と心の再生を描くこの作品は、長野県飯山市で約1年間に渡って撮影が行われる予定だ。
 5月15日からの本格的なクランク・インを前にした5月8日、銀座東武ホテルにてこの作品の製作発表記者会見が行われ、小泉監督をはじめ出演者の方々が作品への抱負を語った。中でも、今年90歳になられる北林谷栄さんは、ご本人がおっしゃられるところのかっての戦友“重ちゃん”こと故宇野重吉さんのご子息であり、本作では前作に続き主役を務める寺尾聰さんに手をひかれ登場。それぞれ俳優同士として以上の繋がりを感じるお二人が、今回の共演を本心から喜んでいるその姿に、集まった報道関係者も強い感動を受けていた。








 会見は、アスミック・エースエンタテインメント株式会社代表取締役会長でこの作品のエグゼクティブ・プロデューサーの原正人さんとプロデューサーである柘植靖司さんにより、作品の概要及び製作スケジュールの発表からスタート。長野県北部に位置する飯山市の全面協力による撮影は、既に今年に入ってから、実景撮りはスタートしているとのこと。この後、5月15日からの春ロケに続き、夏・初秋・晩秋そして雪を待っての冬ロケと、四季折々ごとの撮影が行われ1月末にクランク・アップ。そして2月末から3月頃の完成を予定しているとのことだ。

 小泉堯史監督は「非常に素晴らしい出演者に恵まれたことが実に嬉しい。のびのびと撮れることを楽しみに撮影に入ります。」と、御本人の企画というこの作品に入れることが実に楽しそうなご様子。原作の小説は大好きで、出版されてすぐに読まれたそうだ。脚本を書かれたのは昨年のことで、次回作として企画を数本練っていたうちの1本だという。『雨あがる』に続き夫婦の話となっているが、監督自身は特に意識したものではなく、自然と自分の中で浮かんだものが夫婦の話だったとのこと。また、ロケ地を飯山市に決定したのは、ロケハンに行ったのが冬だったが、雪深く素晴らしかったこと、作品の中で水のイメージを大事にしたかったのだが、ひじょうに清冽な水が流れていたことなど、四季のうつろいがはっきりした中で生活を描くにはいいと感じたからだそうだ。

 『雨あがる』に続き小泉組の主役を演じる寺尾聰さんは、小泉監督と再び仕事が出来る喜びを語ったのに続き、「今回の作品は主役というつもりではなく、画面の真中で刀をふるっていた前作とは違って、風景の中にうまく溶け込んで、こちらの3人の女性をながめている感じでふわっとやっていければいいと思っています」と今回の役柄について語った。また、北林谷栄さんとの共演については、「北林さんは、先輩という言葉よりも僕の死んだ親父の戦友だったという意識が強く、子供の頃から知っているおばさんであり、北林さんのお子さんとも兄弟のように育ってきました。今回、小泉監督から話があった時に、「おうめ婆さん役は北林さんしかいない」と話をしたのですが、最初は今年90歳になられまた舞台の仕事が終わったばかりで映画は体力的にも厳しそうだというお話でした。それが、「僕も出ます」というお話をしたら、二つ返事で引き受けてくれたということに、お互いに俳優として以外、そしてそれ以上のものがあったんだということを感じました。大事な国宝の壷をお預かりした気持ちでロケーションももえていますし、話もとても素敵な話でこの役は北林さん以外考えられない。俳優になってから一緒に仕事をしたことはなかったので、ドキドキするような照れくさいような気持ちです。この映画が終わるまで、僕がいるから安心して仕事をしていただければと、そういう気持ちです」と語り、今回の共演を喜ぶ強い想いが感じられた。








 寺尾さん演じる上田孝夫の妻、上田美智子を演じるのは、この作品が『女殺油地獄』以来9年ぶりの映画となる樋口可南子さん。原作・脚本と読んでみて、自分の中にすごく新鮮な感動を発見したという樋口さんは、「パニック障害と言う心の病を抱えた医者という難しい役柄なのですが、芝居を一生懸命考えるというのではなく、大自然の中で自然に生み出されてくるものを自分の中で待って、寺尾さんや北林さんたちのお芝居を見、素晴らしいスタッフの皆さんに溶け込めればいいと思っています。そうすることによって、今までみたことがないものが生まれるのではないかと思います」と、自然の中に身を置き演じていくことへの抱負を語った。また、この作品の小百合役が映画デビュー作となる小西真奈美さんは、「原作・脚本と読んだ時も、いろいろな場面でなけてしまう素敵な作品に参加させていただくことをありがたく思っています」と初々しさの感じられる挨拶で、フレッシュに華を添えた。

 今回おうめ婆さん役を演じられる北林谷栄さんは、90歳というご高齢で必ずしも体力的にはベストとはいえないとのことであったが、その受け答えは矍鑠とししていた。「最初にこういうことをいうのはふさわしくないとは思いますが、恐らく自分にとってこれが最後の作品になるんじゃないかと思っています。でも、なるたけ持ちこたえようと思っていますけれど。私は90になりましたので、もうこの世をさよならする前に、どうにかして一度逢いたいと思っていた聰ちゃんと一緒に仕事が出来ることを幸せに思っています」と挨拶された北林さん。会場から寺尾さんに関しての意見を求められると、「聰ちゃんのお父さん、宇野重吉さん…私にとっては重ちゃんという言葉が一番感じがでるんですけど、青春時代からの兄弟のような友人でした。重ちゃんは私のことを戦友と呼んでいたくらいで、とても過酷な状況の中をくぐり抜けてきましたが、私は重ちゃんのかばってくれる翼の下で恵まれた演劇活動をしてきました。それが、彼が病気になり亡くなる間際くらいにちょっと喧嘩をしてしまったことが、今でも辛くてそのことばかり考えていました。ここ数年、亡くなった戦友重ちゃんのことばかり考えて生きてきましたので、今度仕事を通じて聰ちゃんに逢えると言うことは、私にとって何か運命がくれたようなチャンスなのです。私も90歳ですから、もうそれほど長くいられるわけでもありませんが、最後に聰ちゃんにあえるように、そして彼を見て重ちゃんのことを思ったり考えたり出来る日がやっときたということを痛感しています」と感無量の様子。これまでの北林さんと故宇野さんとの人生を振り返り噛み締めるように、一言一言丁寧に話された姿は、実に感動的だった。

 なお、『阿弥陀堂だより』の正式な公開予定は現時点では未定だが、2002年の後半くらいの国内一般公開を目指すとのこと。その完成を、心待ちにしたい。

執筆者

宮田晴夫