「なんであんなこと言ってしまったんだろう、やってしまったんだろう、その繰り返しが恋愛のリアリティだと思うんですね」。市川準監督の最新作「東京マリーゴールド」は彼女がいる人に“1年間でいいから付き合って”と言ってしまう、友達にいたらお説教したくなるような女の子のお話だ。主演は田中麗奈、彼女の母親を演じるのが樹木希林。勘のいい方はお気づきだろうが、本篇は市川準作・味の素「ほんだし」のCMが発端になったもの。「CMの延長にしたくなかった」と語る通り、原作は意外や意外、林真理子の短編小説。林作品のヒロインが持つ女ならではの計算高さも、なまなましさも、屈折した情熱も、市川準の世界に入るとどうしてこうも“瑞々しく”なれるのか。本篇の公開を控えたある日、都内某所で監督に単独インタビューをお願いした。
(撮影/中野昭次)

※「東京マリーゴールド」は渋谷シネパレスで5月12日から公開




——市川監督が林真理子作品を映画化。意外な気がするのですが。
 そう言う人は多いですね(笑)。この映画は「ほんだし」のCM同様、田中麗奈と樹木希林を親子にすることが決まっていました。だけど、家族の絆とかあんまりヒューマンな話っていうのも、CMの延長みたいでつまらないじゃないですか。意外性のある作品を探してたんです。
 そんな時に林真理子の「一年ののち」って小説を読んだんですけど、これが良かった。最後にどんでん返しがあったりでね。僕がこれまでやってきたのとはちょっと違うんだけど(笑)、林真理子的な世界に田中麗奈が入っていくことは予想外だし、面白いんじゃないかという気がしたんです。

——田中麗奈さんは決まっていたとはいえ、市川作品っぽい女優という気がします。監督が見た彼女の資質は。
 九州でモデルをやっていた時代から考えるとすごい数のCMに出てますよね。カメラ慣れしているというのか、樹木希林さんのようなベテランの前でも物怖じしないで、度胸のある子だなというのが最初の印象でした。撮影中には、CMじゃなくて映画でもって別の顔が見たいと思うことがよくあったんですね。CMだと30秒間の世界だけど映画になるとどんな表情するのかなってね。

——当初は主人公エリコの気持ちがわからないと話していたそうですが。
最初だけでなく、ずっと迷いながら演じていましたね。でも、迷ってるくらいがちょうどいいんです。僕自身も迷っているし、映画を撮りながら発見していくような作り方の方が豊かな気がするんですね。何もかも最初から見えてるような映画じゃなくて、ね。見えないくらいがちょうどいいんだよ、というのが僕のやり方ですね。




——田中さんに小澤征悦さん(期間限定の恋人役)はなんとなく勿体ないような(笑)。意図的なキャスティングですか。
 ……(笑)。逆にどういうのがお似合いなのかもよくわからないですけど…。恋愛ってそうじゃないですか。なんとなく電話しちゃった、なんとなく好きって言っちゃった、なんとなく1年でいいから付き合ってって言ってしまった。林真理子の原作っていつもそうなんですけど、どうしてこうなっちゃうの、みたいな部分がありますよね(笑)。でも、そういうことの繰り返しが恋愛のリアリティだと思うんですね。どうしてこんな人、好きになっちゃったんだろう、という恋愛の矛盾も含めて。“なんで、こんなことになっちゃうんだろう”みたいなのが、小澤君に合ってたっていうのかな(笑)。

——本作もそうですが、市川作品の女優さんはいつも“真っ直ぐで瑞々しい”。他の出演作ではまず見られないような表情をしています。演出の秘密を教えてください。
 その女優さんが生きてきた18年間か20年間ないしの人生がありますよね。彼女の人生と主人公のドラマとがダブっていく瞬間というのかな、演技を超えてしまう時というのか、僕はいつもそれが見たいわけなんですよ。そういう空気感を現場で作る努力はしていますね。
 「東京マリーゴールド」で言うと、顕著に出ているのがラスト近く。レストランでエリコとタムラが別れ話をする場面があるでしょう。あのシーンは昼間から、2人と僕とでずっと練習してたんです。といっても台詞じゃなくて、エリコとはなんなのか、タムラとはなんなのか、そういうディスカッションをしたんですね。
 フィルムというのは一番長くて10分間なんですけど “回し切っちゃうから、その間どれだけ脱線してしまってもいいから、アドリブでもいいから、沈黙してもいいから”と2人に言ったんです。沈黙が2分あっても編集すればいいわけですから。台詞は語尾を変えたり、言い回しを逆にしたりしてもいいから、自分の言葉に直してしゃべってくれと。そう言うと、ロープのないリングに放たれたような戸惑った顔をするんだけども、その表情がいいんですよね。言葉を探している顔が見たいとかね、僕の中にはあるわけですよ。とにかく自分の言葉になるまで回し続けるんですね。 




——「東京マリーゴールド」というタイトルはどこから来たんですか。
……(笑)。その質問はよく聞かれます。原作の「一年ののち」では地味過ぎるでしょう(笑)。「エリコ」という仮タイトルでずっときてたんですけど、それも地味ですよね(笑)。この映画って1年で咲いて枯れてしまうイメージがあるので、一年草を図鑑で調べてみたんです。“フレンチマリーゴールド”という可愛らしい花を見つけたんですが、「フレンチ〜」ではマニアックすぎるので東京にしました。“また東京ですか”って、みんな笑ってましたけど。

——「東京」にこだわりますよね。
僕が東京生まれの東京育ちってことが大きいんでしょうけど、東京ってつけたことで空間が広がる気がするんですよ。僕にとっての東京はファッショナブルだったり、きらびやかだったりする東京じゃなくて、何か懐かしい感じがするんですね。昭和30年代、40年代の頃の雰囲気というのか……。例えば六本木の裏のほうなんかに行くと古い家が残っていたり、物干し台がいまだにあったりするでしょう。そんなイメージですよね。

——映画1本に絞り込まず、CM業界でも相変わらずのご活躍ですが。
10数年前、“CMのヒットメーカーに映画を撮らせる”って企画を持ちこまれて、「BU・SU」を撮りました。その当時は映画なんて撮れるとは思ってなかった。好きだったけど、50ぐらいになって自主映画で撮れるかな、くらいに思ってたんです(笑)。
 CMで手掛けたことが映画につながっていくパターンが多いんですね。「東京マリーゴールド」もそうだし、三井のリハウスの池脇千鶴(「大阪物語」)もそうだし…。両方を行ったり来たりしてるうちにチャンスが広がっていく。続く限りはこのスタンスで仕事をしたいですね。
(撮影/中野昭次)

執筆者

寺島まりこ

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作品紹介
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