「青いパパイヤの香り」、「シクロ」のトラン・アン・ユン監督が待望の新作「夏至」を完成、3月28日には来日を果たした。映像美には定評のあるユン監督。世代の違う三姉妹を描いた本作も青や緑を効かせた独特の色配置、朝露のように濡れた映像で我らを魅了してくれる。ちなみに三女役を演じたトラン・ヌ・イェン・ケーは公私ともどものパートナーでこの5月には第二子が誕生。「イェン・ケーも日本に来たがってたんですが…」(ユン監督)と謝るも、少し自慢気なパパの姿が伺えたか!?感性派にして理論派の監督、披露試写後の会見では仕切り上手とも言えそうな、話し好きの一面を見せてくれた。
※Bunkamuraル・シネマにて今夏ロードショー





——前二作に比べて台詞がぐっと増えていますね。
 先の2作は、僕のなかでは無声映画。「夏至」は言葉のある映画かな。これは娘の誕生に負うところが大きい。今まで言葉なんてそんなに必要だと思わなかったのに日常生活を形作っていくうえで、どんなに言葉が大切か、彼女が教えてくれたんだよ。逆説的だけれど、言葉を映画のなかで重要視すると、沈黙の場面の意味合いがより際立ってくる。全てを無言で描くよりも観客も集中しやすかったんじゃないかな。

——使う言葉、台詞に留意した点はありますか。
映画の中で使われる言葉は必ずしも複雑だったり、深い意味があったりする必要はないと思う。日常生活において不意に口から出てしまうもの、シンプルな言い回しこそが重要だった。台詞は往々にして映画の中にダイナズムを生み出しテンポ良く流れるという原動力になってくれる。でも、僕は敢えてそれを望まなかった。リズミカルであることよりもメロディカルであること、歌うようなハーモニーが醸し出されることを望んだんだ。

——ハノイの街を見て「夏至」の構想を思いついたそうですが。
ハノイが持つ官能性や穏やかさは独特で、他のどの都市にいても感じられない。女性たちは僕にとってひどく魅惑的に見えた。正直なところ、特定の街の女性にこれほど惹かれることはなかったね。とても美しい女性が使い古したコートを着ている、夕暮れ時に外の水場で髪を洗う姿や濡れた肩先、マンゴーの皮を剥く仕草、なんてことのない一つ一つが親密で官能に溢れていた。あの街を発見したことで僕は色んな感情を発見したんだ。




——三女リエン(監督の奥さんイェン・ケー演じる)の性知識の欠如にちょっとびっくりしました。ベトナムの女性は皆さん、あんな風なのですか。
ベトナムは長い間、閉ざされた環境にあった。性的なことに対してもそれは同じ。世界的な状況を踏まえると14歳くらいの女の子でも性的には成熟している、けれど知的には稚拙という傾向があると思う。ベトナムの現状でいえば知的には成熟しているけれど、性的には稚拙。これはイェン・ケー自身の話だけれど、生理について母親から説明を受けたことはなかったそうだよ。彼女の周りのフランス人が教えてくれたそうだ。もうひとつ、別の話をすると、今回の撮影でベトナム人の通訳を雇ったんだけども、彼女が24歳くらいの女性でね。劇中にある不倫なんてことは“ベトナムには存在しない”と涙を溜めて主張していたんだ。すごく印象に残っている出来事だね。

——「夏至」に登場する人々はお金に困窮している感じがしませんが。ベトナムの社会でも富裕な階級にいる人たちなのでしょうか。
「シクロ」とは全く違う階級の人たちです。作家やカメラマンが出てくるけど、皆一様にお金にはさほど興味を抱いていない。もともと、専門職であっても大きな財を築けるような社会構造はベトナムにはないんだけどね(笑)。ちなみに長女役をやった女優は劇中と同じように実生活でも副業でカフェを経営しているんだよ。

執筆者

寺島まりこ

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