あの『フル・モンティ』の監督ピーター・カッタネオ氏が、新作『ラッキー・ブレイク』をひっさげて来日。11月2日、東京国際映画祭が開かれている最中の渋谷・東急文化村で、来日記者会見を開いた。
 カッタネオ監督はまず「東京に来れてたいへんうれしいです。一生懸命に映画を作ったご褒美というのは、こういった形でいろんな国に来れることなんです。東京は初めてなのでとても楽しみです」と挨拶。続いて、集まった記者との質疑応答に入った。




——『ラッキー・ブレイク』は、刑務所の囚人たちがミュージカルの上演に紛れて脱走を企てる設定。このアイディアはどうやって生まれたのでしょうか。
「ロンドンの刑務所でブロードウェイの有名なミュージカルを受刑者が上演すると友人から聞いて、面白いなあと思いました。なぜなら、いわゆる刑務所は暗くて灰色の場所ですよね。そこでブロードウェイの華やかなミュージカルが上演される…そのギャップが面白い。それで、刑務所で劇が上演された話をリサーチし始めたわけです。
 私自身も、ある刑務所で劇が上演された時に行きました。その時、当たり前のことですが、すごく警備が厳しかったわけですね。じゃあ今度は、その警備の厳しさを逆手に取って、ミュージカルの夜に脱獄する話を作ったら面白いかなと…。刑務所とミュージカルと脱獄…三つの要素を合わせて映画を作ることにしたんです」
——『フル・モンティ』の大ヒットで、映画作りやすくなった部分と、作りにくくなった部分を教えてください。
「一言でいうと『フル・モンティ』は素晴らしい経験でした。でも、実際に撮影している最中はそんなに楽しくなかったんですね。あれは僕のデビュー作。新人監督なら誰もがそうだと思うんですが、最初の映画の撮影の時はとてもナーバスになってしまいますから。
 いざ公開になった時のヒットは、びっくりしました。僕にとってはローラーコースターに乗って、あっという間にいろんなことが起きてしまったような感じ。やっと今になって“ああ、すごいことが起きたんだ。ありがたいな”と思うようになりました。
 最近、何がうれしいかというと、初対面の人と会った時に“何してらっしゃるんですか?”“映画監督です”“どんな映画を?”“『フル・モンティ』です”というと、相手の表情が変わるんですね。ちょっとにこやかになったりして。それがうれしい。
 『フル・モンティ』のマイナス点をあえて挙げるとすると、ひとつはすごく時間が食われたことです。プロモーションやいろんな授賞式…。そのおかげで『ラッキー・ブレイク』のアイディアを思いつくのに一年ぐらいかかってしまいまして。それがちょっとマイナス点だったかなと思っています」(次ページへ続く)




(カッタネオ監督コメント 続き)
「ところで、今回、刑務所所長役で出演してもらったクリストファー・プラマーは“『サウンド・オブ・ミュージック』の役者”と呼ばれるのが何より嫌いなんですよ。
自分は『サウンド・オブ・ミュージック』だけでしか知られていないと思っているみたいで。
 ですから、今回の撮影現場で口にしてはいけない映画の題名が二つありました。
ひとつは『サウンド・オブ・ミュージック』、もうひとつは『フル・モンティ』です。
僕の最大の恐怖は、『フル・モンティ』の監督として永遠に記憶され、他の作品が全然ヒットしないこと。
 ただ“フル・モンテイ”は“あらゆるもの・全部”という意味の慣用句なので、イギリス人は何かにつけて“フル・モンティ”って言うんです。いっぱい朝御飯を食べたら“フル・モンティ”、全部機材を持っていく時に“フル・モンテイ”。その言葉を使ってはいけないものだから、僕のスタッフは大変に気を使ってくれました。
“フ…”といいかけて“エブリシング…”とか言い換えたりして(笑)」
——『フル・モンティ』と『ラッキー・ブレイク』に共通しているのは、逆境の中でバラ色の部分を作ること。逆境や困難の中で生まれるバラ色について、どう考えていらっしゃいますか?
「僕は、人間のサバイバル精神はどんな逆境でもつねに勝利を得ると信じ、そういった形で映画の物語を作っていきたいと思っています。人間は倒されれば倒されるほど、達磨じゃないですけれど、起き上がる…それを信じています。その起き上がる力を得るために、やはり“ユーモア”は大きな部分を占めると思います。人間がサバイバルしていくためには、笑いは不可欠なんです。特に刑務所のようなシチュエーションでは…。
 よく言われることですが、第一次世界大戦では、土に穴を掘って隠れながら兵士たちは銃撃戦をやっていました。その穴の中でも、兵士たちは笑っていたそうです。そうしなければ生きていかれないんですね」
 大らかな笑みを浮かべながら、カッタネオ監督はひとつひとつの質問にていねいに答えてくれた。『フル・モンティ』をしのぐ笑いと感動が、来春、日本を包みそうである。
    取材・構成/かきあげこ(書上久美)

執筆者

かきあげこ(書上久美)