ドストエフスキーの「白夜」がモチーフ。その先の新たなエンディングとは?映画「永遠の待ち人」太田慶監督公式インタビュー

孤独な青年の成就することのない恋とその至福の瞬間を描き、1848年に出版されたドストエフスキーの短編「白夜」。
ルキノ・ヴィスコンティ監督、ロベール・ブレッソン監督、ジェームズ・グレイ監督らに愛され、舞台を変え映画化されてきた。
日本でこの挑戦に名乗りを上げたのが、日活社員にしてこよなく「白夜」を愛する太田慶監督(『狂える世界のためのレクイエム』『桃源郷的娘』)。「白夜」をモチーフに、新たなエンディングを提示したのが映画「永遠の待ち人」だ。

「人は何のために生きているのか」という哲学的な問いかけ。この観念的な世界を成立させるため、劇中、聞こえてくる音は注意深く選ばれている。主人公が鬱々とした日々を過ごす自宅と対照的に、ヒロインとの出会いがある屋外ではノイズとなる音はそぎ落とされている。
また、感情の高揚を表す美しいピアノ曲の数々は、ガブリエル・フォーレ、モーリス・ラヴェルというフランス音楽の伝統の継承と革新の系譜を表す作曲家によるもの。その選択は、太田監督が愛するブレッソン監督の「白夜」に向け、新たなエンディングを提示した本作の立ち位置の宣言と言えるかもしれない。

魅力的な俳優たちが佇む紅葉のある風景は、ハイキーな色調で夢のように美しい。彼ら彼女らは、永遠なるものを求めて言葉を交わし続ける。
仕事にかまけ家庭を顧みなかったことで妻を失った主人公・泰明役は、太田慶監督の全作品に出演した永里健太朗。盲目的に永遠の愛を信じるヒロイン・美沙子に、「ビリーバーズ」(城定秀夫監督)の北村優衣。主人公の妻・麻美に、2024年末に舞台「応天の門」で初めて明治座に立ち“無敵のグラドル”から女優へと成長を遂げた高崎かなみ。美沙子の元恋人・慎一役で釜口恵太。藤岡範子、ジョニー高山らが脇を固める。
8月30日(土)~9月5日(金)の大阪・シアターセブンでの公開を前に、本サイトに届いた太田慶監督の公式インタビューを紹介したい。
なお、シアターセブンでは、8月30日(土)に太田慶監督、8月31日(日)には太田監督、主演の永里健太朗さんが舞台挨拶を予定している。
「永遠の待ち人」太田慶監督公式インタビュー

―― 本作着想のきっかけをお教えください。
太田:元々ロベール・ブレッソン監督の「白夜」が好きで、繰り返し見ていたんですが、そこに描かれているテーマをこの映画を作ることで自分なりに探求してみたいと思いました。
――ドストエフスキーの「白夜」はどのタイミングで読んだのでしょうか?「白夜」を映画化した、ルキノ・ヴィスコンティ監督とロベール・ブレッソン監督の『白夜』、ジェームズ・グレイ監督の『トゥー・ラバーズ』の感想はいかがでしたか?
太田:やはりブレッソンが傑出していると思います。ブレッソン版から入って、ヴィスコンティ版を観て、原作を読み、改めて原作に惹かれたという形です。その後グレイ版を観ました。
映画はそれぞれ、監督の個性が出ていて面白いです。ヴィスコンティ版はウェルメイドな作品ですけれど、ブレッソンの場合はそこからさらに突き抜けて、観念的な世界に入っていくところがあり、そこに惹かれました。
原作は饒舌な一人称形式ですが、ブレッソンの「白夜」では、主人公がテープレコーダーに向かって話すという形にすることによって、主人公の孤独が伝わってきます。そういうアプローチの仕方が気に入って、今回の映画では主人公が観葉植物に向かって話すという風にしてみました。
――原作と過去に映画化された映画のどの部分を踏襲して、どの部分を変えようと思いましたか?
太田:“主人公が恋人を待ち続けている女性に惹かれる。数日間の交流の後、別れが訪れる”という構造を踏襲させてもらいました。
ブレッソン版の観念的なところに惹かれましたが、それを押し進めて、さらに突き抜けたところに行けないかと思いました。それが今回の映画のエンディングです。
――それはエンディングを最初に思いついて、逆算したということでしょうか?
太田:エンディングのイメージが、まずありました。そこに向かって、泰明と美沙子の5日間のストーリーを積み上げていきました。
――主人公が、原作と同じく“孤独”とは言っても、一度は結婚したことがある人で、会社の先輩もたまに会いに来てくれます。“仕事一筋で生きてきてしまってこの状況に陥っている”ということがわかるので、観客も共感しやすいです。そのような設定にした理由を教えてください。
太田:私がサラリーマン監督ということも大きいと思うんですが、何十年も会社に勤めていて、「働くということはなんだろう」だとか、「生きるとは」「人生とは」ということを考えたりしているので、そういうことも盛り込める設定にしてみました。
――哲学的なセリフが多かったですが、ご自身が普段から哲学的なことを考えているのでしょうか?
太田:小学生の時に読んだ手塚治虫の「火の鳥」と中学生の時に読んだニーチェの「ツァラトストラかく語りき」からは大きな影響を受けました。“生の哲学”“生命の哲学”には常に興味があります。
――紅葉が美しいシーンが多かったですが、ロケ地のこだわりなど教えてください。
太田:ちょうどコロナの時期だったので、コロナの流行の様子を見ていたら、11月の撮影になりました。緑がきれいな自然の風景を撮りたいと思い、いい樹木のある都内の公園を探し、森という設定で撮影しました。

―― 永里健太朗さんに泰明役を演じてもらっていかがでしたか?
太田:永里さんは非常に人間性がいいので、こういう陰にこもった役を演じても嫌な感じにならないんですね。観客が素直に感情移入して観ることができる主人公になったのではないかと思います。
――美沙子役の北村優衣さんとご一緒していかがでしたか?
太田:北村さんは、おおらかでイタリア映画の女優さんみたいでしたね。芯の強さがあって、信念を持った美沙子の役に合っていたと思います。周りとすぐ打ち解ける人なので、楽しく撮影ができました。

――麻美役の高崎かなみさんとご一緒していかがでしたか?
太田:高崎さんは、可憐さや愛らしい魅力があって、それだけに麻美の哀しみがいっそう伝わってきたと思います。雨の日の撮影ではずいぶん寒い思いをさせてしまいましたが、弱音一つ吐かないプロフェッショナルでした。
北村さんと高崎さんで、いい感じに違うタイプのヒロインになって良かったと思います。
――撮影での面白いエピソードはありますか?
太田:北村さんが特技にバスケットボールと書いていたので、バスケットボールをやってもらったんですが、さすがに3ポイントシュートは決めるのは大変だろうと何テイクも撮ることを覚悟していたところ、北村さんはなんと一発目で決めてしまいました。「あっ、入った!」というのは素のリアクションです。念のためもう1テイク撮ったんですが、それも一発で決めて、さすがスポーツができる女子はかっこいいなと思いました。バスケットボールの場面は永里さんも北村さんもイキイキしていて、こういう瞬間を見るのが映画的な快楽なのかなと思い、長めに撮影しました。私的には永遠に続いてほしいと思える時間です。
ヒッチコックばりに1シーン出演したところもあるんですが、秋だったので、日が落ちるのが早くて、カットの繋がりが悪かったのと、照れ臭くなったこともあってカットしてしまいました。
――本作の見どころはどこだと思いますか?
太田:役者さんの魅力だと思います。私の映画は役者さんの存在感に賭けているのですが、今回は非常にいいキャスティングができたと思います。
――読者にメッセージをお願いします。
太田:観念的な映画なので、なかなかとっつきにくいかもしれないですが、役者さんの魅力と、自分なりに考えた映画的なシーンもあるので、そういうところを見て楽しんでもらえればと思います。この映画を気に入ってくれる方がいてくれたら嬉しいです。
作品情報

出演:永里健太朗/北村優衣/高崎かなみ/釜口恵太/藤岡範子/ジョニー高山
監督・脚本・編集:太田慶
撮影:河村永徳 照明:近藤啓二 録音:松川航大
衣裳:赤井優理香 ヘアメイク:清水彩美
配給:OTAK映画社
2023年/日本/カラー/16:9/83分 ©太田慶
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