熊本豪雨の故郷が舞台、葛藤を経ての映画出演。映画『囁きの河』主演・中原丈雄公式インタビュー

7月11日(金)より池袋シネマ・ロサ、銀座シネ・スイッチなど13館で全国公開された映画『囁きの河』。関西では、なんばパ―クスシネマ、京都シネマ、kino cinema神戸国際の公開を経て、8/8(金)~8/21(木)まで宝塚シネ・ピピアにて公開中だ。
いまだ災害の爪痕が残る現地での取材を重ねながら復興の歩みを見つめ、その土地で生きる人々の希望と再生を自然の力と併せて描いた本作。2004年から熊本県のグリーン・ツーリズムに尽力してきた青木辰司(東洋大学名誉教授)がエグゼクティブ・プロデューサーを、連続テレビ小説「おしん」の大木一史が監督を務めた。
主演は、熊本県人吉市出身の中原丈雄。劇団未来劇場に所属し数多くの舞台を踏んだ後、映画やテレビ等の映像世界へ。中島丈博監督『おこげ』(92)で映画デビューし、妻を持つ同性愛者の中年サラリーマンを演じて絶賛された。以降、現代劇、時代劇を問わず幅広く活動中。2024年には北海道・十勝平野の鹿追町を舞台にした主演映画『おしゃべりな写真館』が公開された。
届いた中原丈雄の公式インタビューを紹介したい。

――熊本県、それも球磨川の流れる地域で生まれ育った身として、球磨川の氾濫にともなう水害を題材とした本作への出演オファーをどのように受けとめましたか?
中原丈雄(以下、中原):自分が俳優として出演するか否かも含めて、人吉で映画を撮る企画が進んでいるということは、それ自体が新鮮な驚きでした。お引き受けするとしたら半端な気持ちではできないですから、まずは脚本を読ませてもらって、このお話だったらやらせてもらいたいなと決めたときは、自分が出ることで地元に映画作りへの協力をお願いできるかもしれないと思いました。被害に遭った町がまだ右往左往しながら立ち上がろうとしている最中の撮影ですからね。少しでもその土地に明るい人間が現場にいた方がいいと思ったんです。
――劇中では 2020 年の豪雨の後で 22 年ぶりに故郷に帰ってくる役どころでした。
中原:僕自身は地元情報誌に連載していたり、テレビ熊本で冠番組(「中原丈雄の味わいの刻」)も持っているので、故郷との距離は意外と近いんです。ただ、実際に水害が起きたときは、現地にも行くに行けないですし、行って何ができるの? みたいな思いもあって。
その中で何をするのが一番いいのかなともやもやした気持ちが続いていました。知っている人が大勢被害に遭っているのに何もできない。その期間は自分でもきつかったですよ。そんなとき、地元で米焼酎を作っている高橋酒造の社長にその話をしたところ、自分の思いを形にしたらどうかと言ってくれて、絵を描きました。それでようやく行き場のない感情がちょっと収まったんです。その絵は今も人吉の球磨焼酎ミュージアムに展示されているんですよ。

――孝之は寡黙な人柄で、故郷を離れていた間のことはあまり明かされていません。
中原:これが難しかったですね。大木監督とも話しましたけど、脚本に書かれていないということは、自分が作るしかないんですよね。小さな町で、他人の保証人になって大きな借金を抱えて、とても船頭の給料で返せる額ではない。孝之にしてみれば当時はまだ母親も健在だったし、自分の体も元気だから、子どもは小さいけれど働いて仕送りすれば何とかなるだろうということで、借金を返していく 22 年だったんだと思います。でも子どもにしてみればそんなのは親の勝手な都合だから、どうしても確執は生まれますよね。
――そのような人物像をいかに掘り下げていったのでしょうか。
中原:故郷を捨てるように出て行ったから、地元の人にちゃんと挨拶もできていなかったし、戻ったところで子どもにも顔向けできない。その状況から少しずつ、ここで暮らすという覚悟を出していくために、細かい作業を積み重ねました。子どもとの関わりの中で徐々に触れ合いが大きくなっていったり、周りの人と何かしら口を利いていくところで、閉ざしていた心が柔らかくなっていくことを表現するのは大変でした。ただ、セリフがあったとしても言葉で説明するような役ではないですし、できるだけ自然体でいた方がいいなと思いました。

――渡辺裕太さん演じる文則との距離感の変化は物語の柱でもありました。
中原:俳優の共演者として向き合うと、お互いを尊重するがゆえの垣根がどうしてもできてしまうので、本当に息子だと思って接していました。船の扱いも上手くて、沖に出すときも「僕がやりますよ」と進んで動くから、たまには俺にもやらせてくれよと怒ったぐらい(笑)。息子として「このやろう!」と言えるぐらいの関係性を意識していましたね。他の共演者の皆さんは知っている方ばかりだったんですけど、裕太だけは初めてだったので、撮影が終わると一杯飲みに行こうよと誘っていろんな話をしました。

――孝之と雪子の関係についてはどのようにとらえていましたか?
中原:孝之は船頭で、一方の雪子は立派な大学を出ている設定で、孝之の中では育ちが違うという思いがあったんでしょうね。お互いに惹かれ合っていたんだろうけど、そういう解釈をしたんですよ。清水美砂ちゃんと『おこげ』(92)で共演したときは、美砂ちゃんが世に出て勢いのある時期で、今度は自分が主演の作品でまた一緒にできるというのは、俺も今でも頑張ってるよというところが見せられて嬉しかったですね。
――球磨川くだりの船を漕ぐのにはかなり苦戦したそうですね。
中原:2 月のクランクイン直前に練習を始めたって間に合わないから、前年の年末に二週間ぐらい現地に行って、毎日 9 時から 6 時間ぐらい教わりました。最初の一週間は櫓を櫓軸に載っけるだけで精一杯ですよ。もうね、泣きたくなっちゃうぐらい大変でした(笑)。それだけ頑張ったのに、2 月に行くとまたできなくなっていて、最初からやり直し。本当に手こずりましたよ……!

――常にどこかで川の流れる音が聞こえていて、画面からは静かでありながら雄弁な気配が感じられます。
中原:球磨川にかかる霧のような映画だなと思いました。登場人物の一人一人が丁寧に優しく撮られていて、映像作品としての面白さを味わってもらうだけでなく、彼らの人生に思いを馳せることもできる。熊本の人たちは喜んで温かい目で観てくれるんじゃないかなと思います。それと同時に、球磨川とは別の場所で生きている人たちが、この映画をどう自分たちに置き換えて観てくれるかなというのが気になりますし、とても楽しみでもあります。
作品情報
『嘆きの河』
出演:中原丈雄/清水美砂/三浦浩一/渡辺裕太/篠崎彩奈/カジ/輝有子/木口耀/宮﨑三枝/永田政司/堀尾嘉恵/福永和子/白砂昌一/足達英明 /寺田路恵/不破万作/宮崎美子
監督・脚本:大木一史
エグゼクティブプロデューサー:青木辰司
チーフプロデューサー:竹内豊
プロデューサー:見留多佳城 有馬尚史 山本潤子 松山真之助
協力プロデューサー:進藤盛延 上村清敏
音楽:二宮玲子
撮影監督:山中将希
録音:森下怜二郎
整音:萩原一輔
美術監督:有馬尚史
衣装:宿女正太
ヘアメイク:高田愛子
助監督:東本仁瑛
制作進行:伊佐あつ子
スチール:中村久典
操船指導:藤山和彦
方言指導:前田一洋
人吉球磨茶監修:立山茂
農作業指導:大柿長幸
被災体験の伝承:本田節/堀尾里美/宮崎元伸/小川一弥/山上修一
後援:熊本県/くまモン/熊本県人吉市/球磨村/相良村/山江村/ヒットビズ/宮城県大崎市/人吉商工会議所/JR貨物労組
協力:日本航空/JR九州
特別協賛:人吉旅館 /宮原建設(株)メモリアル70th/株式会社すまい工房 /株式会社白砂組
メディア協賛:TKUテレビくまもと
協賛:大海水産株式会社/高橋酒造株式会社/球磨川くだり株式会社/ひとよし森のホール/Cafe 亜麻色/THE 和慶
制作プロダクション:Misty Film
配給:渋谷プロダクション
(2024/アメリカンビスタ/5.1ch/JAPAN/DCP/108min)