双子のパレスチナ人映画監督タルザン&アラブ・ナサールによる、映画『ガザの美容室』が6月23日(土)より、アップリンク渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開となります。

本作は、パレスチナ・ガザの小さな美容室を舞台に、戦争状態という日常をたくましく生きる女性たちを描いています。
監督、タルザン&アラブ・ナサールは、パレスチナ・ガザ地区に生まれ育ち、現在はフランスで「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」に参加し映画を製作しています。

パレスチナに生まれ育った彼らは、どのようにカルチャーと出会い、どのように製作活動をはじめたのか。
依然、壁に囲まれたままのパレスチナから生まれるカルチャーの未来についてどのような展望を抱いているのか。
また、先日のガザ攻撃の報道を受け、どのような思いを抱いているのか。
5月14日よりはじまったイスラエル軍による攻撃が報じられた後、アラブ・ナサール監督にインタビューを行いました。

 2018年5月、パレスチナ人にとって記念すべき喜ばしい出来事があった。第71回カンヌ国際映画祭で、今年初めて、パレスチナの映画を世界に伝えるための公式パビリオンが出展されたのだ。しかし、開催期間中の5月14日、アメリカは大使館をエルサレムへ移設し、それに抗議行動を行っていたガザ地区住民たちはイスラエル軍によって無差別的に攻撃を受け、合計60名以上の死者が出てしまった。ガザ地区の指導者ハマスが一方的に「停戦」宣言をするも、現在もイスラエル・パレスチナ間の緊張は高まっている状態だ。カンヌ映画祭のパレスチナ・パビリオンでは、ある視点部門の審査員長を務めたベニチオ・デル・トロらが輪になって手をつなぎ、カザ攻撃の犠牲者に黙とうを捧げた。

パレスチナ・パビリオンに参加した映画プロデューサー、ラシード・アブデルハミド(Rashid Abdelhamid)は、映画『ガザの美容室』を製作した「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」の創設者だ。「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」はパレスチナの映画だけではなく、アートを支援するために設立された団体なのだ。本作の監督タルザン&アラブ・ナサールのデビュー作『Condom Lead』もこのプロジェクトから生まれた。

これまでのインタビューでタルザン&アラブ・ナサール監督はパレスチナ人であることから政治的な側面を描くことを求める社会を批判し、「いつか政治的側面が全くない映画を作れる日が来ることを願っている」と答えている。今回のアラブ・ナサールへのインタビューでは、ガザ地区で生まれ育った監督が映画作りをはじめた経緯や、パレスチナから生まれるカルチャーの未来について質問を行った。

ガザの苦しみ、人々が日々直面している問題を象徴する映画を作りたかった。

――お二人はどのようにしてパリに移住したのですか?
初めてガザの外に出たのは、2009年に初めて作った短編『Colourful Journey』が、2年後の2011年、米国テキサス州オースティンのドラフトハウス・シネマで上映されることになり二人が招かれた時でした。24歳の時です。パリに移住したのは、『ガザの美容室』のポストプロダクション中です。この映画のおかげで必要書類を用意できて申請が通りフランスに亡命しました。

――大学では絵画を専攻されていたとのことですが、映画製作をはじめたきっかけを教えて下さい。
昔からずっとアート全般に興味がありました。絵を描くこと、写真、写真合成…。何でもやってみる自由が欲しかったし、そのために闘いました。いろいろやった後に、次のステップとして自然と向かったのが映画作りでした。
ガザにある公立のアルアクサ大学では絵画を専攻していましたが、将来、映画の道に進む決意は固まっていました。海外で映画の勉強をすることが夢だったのですが、ガザから出ることはできないまま、手探りで映画制作を始めたのです。 充分な機材も資金もないガザでは映画を完成させることができません。そのため、僕たちはいつか完成させたいという願いを込めて、先に映画のポスターを作り始めました。『夏の雨』『秋の雲』『守りの盾』『鋳込まれた鉛』という映画タイトルは、イスラエルによる対パレスチナ軍事作戦の名称です。それらの作戦名が僕らにはまるで戦争映画の題名のように聞こえました。ガザの苦しみ、人々が日々直面している問題を象徴する映画を作りたかったのです。
現在も映画製作以外にも、絵を描くこととコラージュ作りはしています。

朽ちたポスターが壁に貼られたままのその映画館を通り過ぎる度に悲しかった。
ここで映画を観ることができたらどんなにいいだろうか。

――ガザでの暮らしについて教えて下さい。ガザに映画館がなくなった翌年に生まれたと聞きました。映画はどこで、どのように観ていたのでしょう?
ガザでの暮らしは不条理です。しかし不条理も日常生活の一部です。そんな中で、何とかやっていく、何とか希望を持とうとする。簡単な暮らしではないですが、それでも祖国ですから。映画館がなかったので、ガザで映画はインターネットで観るしかありませんでした。
タルザンは「朽ちたポスターが壁に貼られたままのその映画館を通り過ぎる度に悲しかった。ここで映画を観ることができたらどんなにいいだろうと思っていた」と語っていました。僕たちはタルコフスキーなどの偉大な映画作家をネットで発見しました。ネットがあれば何にでもたどりつけます。

―― メイド・イン・パレスチナ・プロジェクトの一環として本作『ガザの美容室』と前作『Condom Lead』が製作されています。現在メイド・イン・パレスチナ・プロジェクトは音楽のプロジェクトも進行しているようですが、このようなパレスチナのカルチャーシーンについてどう思いますか?
パレスチナ人アーティストを強く後押ししたいです。音楽は大好きです。2013年、『Colourful Journey』の製作と配給を手がけてくれたアルジェリア生まれのパレスチナ人デザイナー/建築家/映画プロデューサーのラシード・アブデルハミドが、パレスチナのアートを支援するための“メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト”を立ち上げ、ぼくたちの2本目の短編『Condom Lead』は製作されました。ラシード・アブデルハミドは、パレスチナのカルチャーシーンを作るために積極的に活動してくれています。今年のカンヌでパレスチナ・パビリオンができてコンサートが行なわれたことも、とても嬉しく思っています。

メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト・・・ https://www.facebook.com/madeinpalestineproj/
2013年に設立されたパレスチナのアートを支援するための団体。タルザン&アラブ・ナサール監督の2本目の短編『Condom Lead』が製作された

メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト#は音楽のプロジェクト・・・「Electrosteen」
パレスチナの伝統音楽に新たな息吹を吹き込むエレクトロニック・ミュージックのプロジェクト
現在、楽曲制作とドキュメンタリー制作のためのクラウドファンドを実施中。
https://www.launchgood.com/project/help_celebrate_traditional_palestinian_music#!/

最後に、5月14日に起きたイスラエル軍によるガザ地区への攻撃についてアラブ・ナサールは以下のように述べた。

「今回の攻撃については何も言葉がありませんし、どう言葉を選ぶべきかわかりません。あなた方は、僕達がガザの状況、5月14日に起こった事をどう思っているとお考えでしょうか。友人たちを失い、故郷から遠く離れた地で、胸が張り裂けそうです。」

PROFILE
<タルザン・ナサール アラブ・ナサール>
 1988年、ガザ生まれ。本名はアハメド・アブ・ナサールとモハメド・アブ・ナサール。一卵性の双子が生まれたのはガザ地区にあった最後の映画館が閉館した1年後だった。アルアクサ大学で芸術の学士号(絵画専攻)を修めて卒業。その後、2人は映画製作を開始する。2013年の初監督短編『Condom Lead』はカンヌ国際映画祭の短編部門で上映、本作『ガザの美容室』は2015年のカンヌ国際映画祭批評家週間でワールドプレミア上映された。

フィルモグラフィー
2015年 ガザの美容室(長編)
2014年 With premeditation(短編)
2014年 Appartment 10/14(短編)
2013年 Condom Lead(短編)
2009年 Colourful Journey (短編)

映画『ガザの美容室』作品情報
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

オシャレする。メイクをする。
たわいないおしゃべりを、たわいない毎日を送る。
それが、私たちの抵抗。

パレスチナ自治区、ガザの小さな美容室を舞台に、 戦争状態という日常をたくましく生きる13人の女性たちを描く。

パレスチナ自治区、ガザ。クリスティンが経営する美容院は、女性客でにぎわっている。
離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。
皆それぞれ四方山話に興じ、午後の時間を過ごしていた。しかし通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残される――。

極限状態の中、女性たちは平静を装うも、マニキュアを塗る手が震え、小さな美容室の中で諍いが始まる。
すると1人の女性が言う。「私たちが争ったら、外の男たちと同じじゃない」――いつでも戦争をするのは男たちで、オシャレをする、メイクをする。
たわいないおしゃべりを、たわいない毎日を送る。それこそが、彼女たちの抵抗なのだ。

第68回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品され話題を呼んだ本作は、ガザで生まれ育った双子の監督タルザン&アラブ・ナサールによる初の長編で、
戦争状態という日常を生きる女性たちをワンシチュエーションで描き、戦闘に巻き込まれ、監禁状態となった人々の恐怖を追体験する衝撃作である。

————–
戦争中であっても、彼女たちは常に人生を選択している。
僕たちは“虐げられたパレスチナの女性”ではなく、人々の暮らしを、死ではなくて人生を描かなきゃならないんだ
――タルザン&アラブ・ナサール監督
————–

映画『ガザの美容室』
監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ ・ サカラ、ヴィクトリア ・ バリツカほか
(2015/パレスチナ、フランス、カタール/84分/アラビア語/1:2.35/5.1ch/DCP)
字幕翻訳:松岡葉子
提供:アップリンク、シネ・ゴドー
配給・宣伝:アップリンク