この作品は、今井いおり監督が友人の結婚式で流すお祝いコメントを街の通りすがりの人々にお願いするという無茶な企画から始まった。大阪・日本橋で『宇宙人のツッコミ』という自費出版の哲学書を売り歩くおじいさんに声を掛けた。底抜けに明るいキャラクターと謎の本。しかもあまり売れている様子もない。

 調べていくとこのおじいさんは、西成在住の金木義男さん。1950年代に大阪が世界の美術界で存在感を放っていた時代に具体美術協会に参加しており、自分の作品をベニア板で覆って『見せヘン』と書いて展示した豪快な経歴を持つ。
現在の金木さんは、戦争や食糧危機など人間が起こすあらゆる「人間問題」の解決のため哲学の真理を追い求め、上梓したのが『宇宙人のツッコミ』。今井監督が取材を始めた当時、累計1538人がこの本を買っていたが、反応はゼロだったという。

 TVディレクターとして映像制作をする側ら、自主映画活動を続けてきた今井監督は、中之島映画祭・グランプリ作品の『安もんのバッタ』に代表されるように喜劇にこだわって来た。金木さんの活動を2年間追い続け、完成した映画が『ろまんちっくろーど 〜金木義男の優雅な人生〜』。最初は金木さんを題材にYouTubeで公開する映像を撮るつもりだったという今井監督にミニインタビューを行った。


















●ぶれない金木さんの魅力 〜今井いおり監督インタビュー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

——途中で長編になるかもと思ったのはどの辺からですか?

今井:『おおさかカンヴァス』があったことですね。それから金木さんが癌になって、放っておけないと思いました。

 『おおさかカンヴァス』とは、大阪のまちを“カンヴァス”に見立て、アーティストの作品を発表するイベントのこと。2009年から行われており、劇中、2010年に金木さんが持論の“関西哲学”を発表しようと挑戦する。
 また、撮影中に癌であることが発覚した金木さん。逆境の中、どのように振る舞ったのかも映画の見所の一つとなっている。

——今井監督から観た金木さんの魅力は?

今井:認められなくても自分の道を進んでいるところですね。

——映画を作っているご自身と重ねたところはありますか?

今井:僕はウケるものを求められたら撮れる人間なんで(笑)金木さんは真逆で、認められる認められない全く関係なくやっているのが凄いですね。そんな金木さんから元気をもらえたのもあるし。
途中ドラえもんのシーンのような面白いものが撮れたので、なんとか形にして行こうと思いました。
最初は1時間くらいの作品を想定していたから、結果的に100分になるとは思っていなかったですね。

 ドラえもんのシーンとは、今井監督とプロデューサーのカンパニー松本さんから空飛ぶドラえもんのおもちゃをプレゼントされた金木さん。ドラえもんの飛行スキルを試したい金木さんが、場所を求めてコスプレイベントの主催者や施設の担当者とドキドキのやり取りを繰り広げる。笑えるシーンながらも、当たり前とされるものに対峙する金木さんの自由な振る舞いが対比される。
 金木さんの口癖は「傑作やなぁ」。常識で見ると一面しか見えないものが、見方を変えるだけで“傑作!”に変貌するのが痛快である。

——この作品をどんな人に観て欲しいですか?

今井:理想を言えば全ての生きとし生ける人に(笑)。
一番響くのは物作りしてる人でしょうね。道に迷ってる人や落ち込んでる人が観ても元気になると思います。

——2年間密着して来て、金木さんのここが凄い!と思うところはありましたか?

今井:ぶれないところですね。あと、西成から甲子園までリヤカーで行くくらいの体力がある(笑)。体力と生命力ですね。

——今や今井監督よりお元気そうですもんね!

今井:そうなんですよ(笑)。

●映画『ろまんちっくろーど〜金木義男の優雅な人生〜』
公開初日レポート@十三シアターセブン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 映画公開の初日の8月2日、今井監督と金木義男さんによる舞台挨拶と、主題歌『よろこびも悲しみも』他、劇中曲を担当したよしこストンペアのミニライブが行われた。

 観終わった観客に大きな拍手に迎えられた金木さん。昔話の家出にまつわるトークを披露した。
 若い頃“仕事嫌い症候群”という病気持ちだったという金木さん。ある時、夏休み冬休み春休みがあってしかも公務員である用務員の仕事を志願し、母親が就職口を見つけてくれたという。
「ここでも仕事嫌い症候群が出まして。1年か2年で限界になったんですが、親が見つけてくれた仕事だから辞める訳にいかない。家出しかないな」

ところが金木さんの逃避は普通ではなかった。
「単純に家を出るだけでは納得できない。海しかないな。海やったら説得力がある」
と廃船すれすれのヨットを購入するという行動に出る。10人以上の人に見送られ、
母親の故郷である九州を目指し此花区伝法の漁港から大阪湾に出ようとする。素人の悲しさ、向かい風の中大阪港の灯台を出ることが出来ない。停泊中の500トンほどの貨物船に引っ張ってもらおうと目指すが上手く進めず往生していた。

「海の男は困ってる人を見つけたら助けなあかんというのがあるみたいですね。ロープを持って飛び込んで助けに来てくれたんです。僕も海に入ってヨットを押して進もうとしたんですが。どう言うわけかその人泳ぎが得意でなく、沈みかけたんです」
 摩訶不思議な爆笑家出トークのオチは劇場を訪れた人の特典ということで。

「今日は初上映でご自分の映画を観てもらいましたが」
 今井監督が金木さんに感想を求めると、事前に何度かパイロット版を観たという金木さん。
「今日改めて観ましてものすごく良かったです。おおきに」
 劇中、今井監督とプロデューサーのカンパニー松本さんは金木さんから“しょうもない2人”と言われてるが、金木さん自身も“しようもない2人”の活動を楽しんでいるようだ。客席から大きな拍手が起こった。

 続いて滋賀県から駆けつけた夫婦ユニットのよしこストンペアによるミニライブが行われた。
 ヴォーカル小川賀子さんのたおやかな声とギター、イシダストンさんの軽妙かつ力のこもったピアニカ演奏に観客は聴き入る。
『夕方会合のテーマ』
『ルフラン』(歌があるver.)
『名前のない病の人』

 一曲目から予定になかった曲をいきなり歌い出したり、ギターをアンプにつながないまま数曲と、楽しい動揺ぶりを見せた小川賀子さん。イシダストンさんの暴露に観客は爆笑となった。
「すみません、映画に感動し過ぎて(笑)」

 イシダストンさんは
「初めての映画音楽で楽しい作業をさせてもらいました」
「上映を2週間で終わらせないぞという思いがあります。金木さんは『ろまんちっくろーど2』のことで頭がいっぱいで。サブタイトルは『〜金木義男ニューヨークへ行く〜』。僕も付いて行きたいです!」
と観客を湧かせた。

 最後に映画のテーマ歌である『よろこびも悲しみも』が演奏された。

 映画『ろまんちっくろーど〜金木義男の優雅な人生』の魅力は、被写体である金木さんも、カメラを構えた側も、分からないことは“分からない”とシンプルにさらけ出し、分からないからこそ追いかけていることだ。

 『よろこびも悲しみも』の中にこんなフレーズがある。

“来た道を戻る旅は終わらせよう
 新しい世界を見に行こう”

 金木さんの冒険はまだまだ続く。
それはスクリーンの前の皆さんも同じなのだ。

★上映情報★
映画『ろまんちっくろーど 〜金木義男の優雅な人生』は当初2週間の公開予定のところ、大好評につき8月22日まで1週間の上映延長が決定!
時間は若干変則気味のためご注意頂きつつ、この機会にシアターセブンにぜひ足を運んで頂きたい。
■8/16(土) 15:20
■8/17(日) 17:45
■8/18(月)〜20日(水) 15:20
■8/21(木)・22日(金) 19:00

執筆者

デューイ松田

関連記事&リンク

映画『ろまんちっくろーど 〜金木義男の優雅な人生〜』公式サイト

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=52773