濱口竜介監督の映画の魅力は、誰もが感じるように膨大な言葉の選び方、物語の織り方ではないだろうか。そして最大限の効果を上げるよう細心の注意を払って構築された画面が観るものを魅了する。

言葉に拘って物語を構築してきた濱口監督は、酒井耕監督と一緒に東日本大震災の被災者へのインタビュー『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』を撮り上げ、『うたうひと』は山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 スカパー!IDEHA賞を受賞した。

最新作は長編『FLOODS』への布石となるダンスをモチーフに人間関係の深淵を描いた『不気味なものの肌に触れる』、第5回神戸ドキュメンタリー映画祭で製作したダンスのドキュメンタリー映画『DANCE FOR NOTHING』。
この2本に象徴されるように、身体性によって語り得るものを積極的に模索するといった転換期を迎えている。

現在、11/9(土)オーディトリウムでの公開を経て、11/16(土)から渋谷アップリンクにて酒井耕・濱口竜介監督/東北記録映画三部作『なみのおと』『なみのこえ 気仙沼』『なみのこえ 新地町』『うたうひと』を公開中であり、12/15(日)には神戸映画資料館のイベント【神戸と映画 第3回 神戸人に聞く】 にて、『なみのこえ 気仙沼』、『神戸人インタビュー1』の上映と講座を予定している濱口竜介監督にお話を伺った。










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濱口竜介監督インタビュー【1】
脚本段階では、映画として成立するのかと常に不安を感じている
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濱口監督の脚本について、作家性ありきで緻密に構築している先入観があったが、実際にお話を伺うと状況に合わせ撮れるものを探り、その上で作家性を発揮する柔軟な姿があった。

——「濱口竜介 プロスペクティヴ in Kansai」で上映の機会が少ない作品という『Friend of the night』を拝見した時、ある男女のその場で会話している姿とは違った、真実の姿が鏡に映る様子を子供だけが見ているシーンに恐怖を感じました。

濱口:ありがとうございます
お金がない中でホラー映画を作るということで、脚本書いている時点からこんなもの映画になるのかなと思いながら作ったら、おもしろいかは別にしてなんとか成立したなと。

——ホラーと言われて一般的に想像するようなシーンはありませんが、表面的に見えているものと違ったものが露出してくる恐怖はまさにホラーでした。脚本書いている時はそのように不安に思うことがあるんでしょうか?

濱口:だいだいそうですね。こんなの大丈夫か?ばっかり。『PASSION』もそうだし『親密さ』もそうです。基本的には役者さんに何とか形にしてもらうものなんだな、という認識が最近はやはり大きいです。
その落差を一番思ったのは『THE DEPTHS』のときですね(笑)。韓国国立映画アカデミーとの共同製作で、企画、原案が先にあって脚本に起こすのはこちらでした。

——原案と出来上がったものは差はありましたか?

濱口:あまりないですね。元はもう少しセクシャルな要素が強かったかも。

——『THE DEPTHS』と『不気味なものの肌に触れる』は、男性同士のセクシャルな要素が多く見られましたが題材としてはいかがでしょう?

濱口:そんなにセクシャルにしているつもりもないんですけどね。男性同士の仲間意識に関しては、意図的に入れているかもしれません。どちらかと言えばよく言われるのがホモソーシャル。男性特有の、女性を排除して楽しむ関係性ですね。僕個人の中にも、当然一人の男性としてそれがあるように思います。『何食わぬ顔』や『PASSION』にあるような男女のやりとりもとても好きですが、男同士でいる時の説明不要な感じ、というのはどうしても使ってしまいます。
ジョン・カサヴェテスの『ハズバンズ』という映画から受け取ったものが大きいのだとは思ってます。

あと男性のセクシャルな部分で言うと『THE DEPTHS』では、肌っていいなと思いました。主演のキム・ミンジュンさん以外みんな脱いでいます。身も蓋もない話ですが、男優を脱がすのは女優に脱いでもらうよりずっと楽なんですよね。そして映画に現れる肌自体の魅力は男性でも女性でもそんなに変わらないとは思ってます。
ただ、これは本当に大きな問題で、映画の中で肌が出て来るのはとても好きなんですけど、女優さんが脱ぐと現場の雰囲気がまったく変わる。スタッフは男性が多いですから、何だか妙にピリピリと言うか普段ではない雰囲気がするんですよね。それがすごく嫌なんです。スタッフをどけろ!みたいな(笑)話になったり。そんな中で女優さんだって絶対緊張するわけです。その雰囲気は日本映画だとモロにカメラに映るんですよ。

——強く感じた作品はありますか?

濱口:大島渚の『愛のコリーダ』以外はほぼそうですね。比較的最近で言うと古厩智之さんの『さよならみどりちゃん』の星野真里さんはとてもすばらしいと思いました。
多くの場合、女優さんが脱ぐことの気負いがモロに画面に映る気がするんですけど。男性の場合それがない。これは日本の社会特有のことかもしれないです。
フランス映画ならカジュアルに女優さんが脱いだりノーブラだったり。あれは本当にうらやましいなと思います。日本でも現場の雰囲気作りで越えられるのかもしれないですけどね。もしくは黒沢清さんみたいに、即物的に撮ってしまうとその問題は解決される気がするんですけど、それはそれでエロいということとはまた別な気がして。男性なら脱いでも空気が少しもおかしくならないし、かつエロくすることもできるので男性がよく脱いでいるんじゃないかと思います。

(インタビュー 1/4・次ページへのリンクはページ下にあります)






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濱口竜介監督インタビュー【2】
ダンスを撮ればダンスが写る訳ではない
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——第5回神戸ドキュメンタリー映画祭ではオープニング公演『DANCE FOR NOTHING』というダンスのドキュメンタリー映画を担当されましたが、これはどういったきっかけですか?

濱口:神戸映画資料館さんからの依頼だったんですが、実はできるまでは非常に悩ましかったんです。それこそモーション・ピクチャーである映画の魅力は動き、アクションの魅力だと思うんですけど、あるアクションから映画を立ち上げるのは今までなかなかできなかったんです。それは予算や能力の関係もありますが、ごく単純に僕の性向もあると思います。お話や物語から立ち上げていました。そもそもダンスを撮るということがどういうことかよくわからない、というところからのスタートでした。

悩んでいるときにDANCE BOXのプロデューサーである大谷燠さんからいただいた言葉で認識が広がりました。『うたうひと』をご覧になった感想として「言葉がダンスしてた」という言葉をもらったことで、自分のやって来たことを再認識できたようなところがあります。そうだ、むしろ今までもずっとダンスを撮って来たんだ、という開き直りに近い気持ちになりました。
そこでも思い返されたのはジョン・カサヴェテスの映画ですね。彼の映画を見ていて“言葉がアクションしている”と感じていて、こんな境地があるんだという認識の下に、ドキュメンタリーも含めて言葉にこだわって来た。だったらこれまで通りに撮ればいいんだ、という気持ちにはなりました。

ただ、実際のダンスやパフォーマンスを撮ることは映画の力になり得るけど、どちらかと言えばむしろ危ういことでもあるんです。今日筒井さんも仰っていましたが、舞台や演劇をその場で観た時の生の感動をもう一度立ち上げるのは難しい、と言うかほとんど無理だと思います。

——今回は思ったようにコントロール出来ましたか?

濱口:コントロールはできないですね(笑)。ただ、不思議なのは大谷さんの言葉で、全部がダンスに見え始めて、だったら何を撮ってもいいやという気持ちになったことです。『DANCE FOR NOTHING』は、ダンサーが踊っている以外に街の風景や子供が遊んでいたり、ただ風が吹いている。そういった風景をダンサーたちと等価に差し挟んでます。すべてダンスだ、という気持ちですね。
ただ、反対にパフォーマンスやダンスそのものが映画にダンサブルなものとして映ることはやっぱりすごく難しいんですよ。

——どういった点が難しいと感じますか。

濱口:ある場が生まれるのは観客によって支えられていて、カメラの後ろで自分も観客の一人として見ているが、カメラがそれを収めた時に観客である自分は一旦まったく消えてしまいます。身体そのものが消えてしまうことで、その場を構成していた一番重要な要素がそこで欠けてしまう。
あんなに素晴らしいと思っていたものがそう思えなくなったり。そういった欠落が生じることを前提として何かを撮らないといけない気がします。

(インタビュー 2/4・次ページへのリンクはページ下にあります)










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濱口竜介監督インタビュー【3】
“ざわめき”が幸福である映画的瞬間
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——第5回神戸ドキュメンタリー映画祭で『KAZUO OHNO』の上映後座談会において「ダンスがざわめきである」という言葉が濱口さんから出ましたが、これは具体的にはどういったことを指していますか?

濱口:あくまで感覚的な話ですが…。現れては消えるような泡立ちがそこかしこで絶え間なく起きているような感じですかね。例えば今だったら、僕もデューイさんも思い思いに動いているし、街を見るとそこにいる人々は思い思いに動いているように見えます。これだけだったらやっぱりまだダンスとは言えない。ただ、ある場所にカメラを置いてみると、それが急にざわめきとして立ち現れるときがある。そういうざわめき、泡立ちみたいなものが、優れたダンサーの身体には常に起こっているんではないでしょうか。
面白いところは、やはりそれがカメラによって現れる、映画特有のダンスの感覚だということですかね。視点自体がぶれているとざわめきそのものを捉えることはできない、もしくは極端に捉えづらくなるような気がします。でも、あるカメラが固定的な視点で撮ることで、街全体のざわめきや泡立ちがダンスとして現れて来るような気もします。

——例えば監視カメラに写る映像のような?

濱口:監視するためでなく、世界を肯定するためにカメラを据えるというか。そのざわめきはそれまでもずっとあったのだけれど、カメラを置くことで立ち現れる。何の価値があるかわからないけど見ているとすごく幸福な気持ちになる。例えば今回のベタな例で言うと、子供がはしゃいでるとか(笑)。 ある瞬間に電車が走り込んで来たりとか。瞬間瞬間がとてもかけがえのないもの、1回きりの何かとして写る。リュミエール兄弟のときから、何かにカメラを向けるというのは本来、そのようなことであると思うんです。
そういう認識でカメラを向けることが出来たらドキュメンタリーであれ、フィクションであれいいものが現れるのではないかという気がしています。

——大野一雄さんの『KAZUO OHNO』で言えば、晴海埠頭で舞う大野さんの後ろで鳥が不意に飛び立つシーンにそれを感じましたね。

濱口:普通にダンサーを風景の中に置いても負けてしまうと思うんですが、大野さんの場合は踊り自体それと調和するんですよね。今回フィルムで拝見して、改めてこれは「世界で一番美しいもの」の一つに違いない、と勝手に確信しました。

——演出したかのような美しい瞬間で驚きました(笑)

濱口:調和を目指しているとそういうことが起きることがあるんでしょうね。それはダンスに限らず映画でもあります。だからあれは、すごくダンス的な瞬間と言えるし、映画的な瞬間と言えるでしょうね。

——映画的な瞬間と言えば、エリック・ロメールの『三重スパイ』で、奥さん役のカテリーナ・ディダスカルがすごく素敵で、立ち上がって歩いている時のお尻の張りや動きを観ているだけで、女性として重ねてきた年月の充実振りを感じさせられて、驚きがありました。とにかく立ち居振る舞いが魅力的で目が離せない。そういう瞬間も含んでいるのかなと感じました。

濱口:そうですね。単に物語を語る以上に、ざわめき自体を感じられるように、常にロメールは映画を作っていた気がします。普段見てるような映画やドラマでそういうものに目が行くように作るのは難しいと思うんです。そこに目が行くのはそのように振り付けられているからだし、フレーミングされているからだし、編集されているからです。そうですね、ざわめきをざわめきとして現すには、どこでショットを始め、どこで終わらせるかという編集の問題もとても大きいのだと思います。

——東日本大震災の被災者へのインタビュー『なみのおと』『なみのこえ』で映画的な瞬間はありましたか?

濱口:あったと信じてます(笑)。すべて一般の人で、インタビューした全員が映画になっているんですが、誰もがこんなにいい顔をする瞬間があるんだなぁと改めて驚きました。あとはこちらがいかにいい顔になってもらうか、いい声を出してもらうかということの努力を怠らなければ、ということですね。その人たちの魅力が映るかどうかの責任はあくまでこちらにあると言うか。

——どう工夫されたんでしょうか。

濱口:どうしても皆さん、カメラを向けられると「被災者」然として振舞うことを要求されてるのかな、と勝手に汲み取ってしまうところはあって、そういうことではないと理解してもらえた辺りから、いい場ができる気がします。
最初はこの町をどうして行くかという大きな話になるんですけど、話を2時間3時間していると、柔らかい個人的なその人しか語れないようなことが出てきます。『なみのおと』や『なみのこえ』は編集で各人15~30分の話になるんですけど、その部分を特に核としています。引き出すというよりもっとフラットなもので、普通に話してもらえたらカメラはそれを普通に素直に写すだけ。
それだけで、どんな方でも魅力的に映画に現れると思っています。

(インタビュー 3/4・次ページへのリンクはページ下にあります)







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濱口竜介監督インタビュー【4】
映画的調和をダンスのドキュメンタリーからフィクションへ
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濱口監督の最新フィクション作品『不気味なものの肌に触れる』は、数年後に撮られる予定である長編『FLOODS』の54分に及ぶプロローグと言える作品で、隠された人間関係の不穏な感触に大いに期待させられる。2013年6月29日〜7月19日に開催された関西での特集上映「濱口竜介 プロスペクティヴ in Kansai」にて初公開され、大きな話題となった。出演:染谷将太、渋川清彦、石田法嗣、村上淳、河井青葉、瀬戸夏実、他。

——ダンスが人間関係そのものを表して作品の根幹にある『不気味なものの肌に触れる』の後に、今回ダンスに関するドキュメンタリーを撮られて感じた事はありますか。

濱口:難しいですね(笑)。

パフォーマンスとしてのダンスが生み出す調和は、観客がいることで生まれて来るものだという気がします。パフォーマーだけにカメラを向けている場合、その観客がなくなってしまう。それを前提としてカメラの前に、それ自体で成立するようなある調和をもし実現させることができれば、ダンスだけでもダンスが写っていると言えるんでしょうね。
例えば大野一雄さんの踊りは、大野さんが達した境地として、観客というよりは世界そのものとの調和が現れている。大げさに聞こえますが、大野さんの踊りというのはそういう踊りとして今我々に届いている。これはやはり撮った人の力も大きくて、レナート・ベルタという熟練したカメラマンが適切なポジションやフレームで撮ることで、ダンサブルなものが収められているような気がします。

『不気味なものの肌に触れる』の場合、主演の染谷将太くんと石田法嗣くんは踊りに熟練してはいないけど、ある調和を生み出したとは思っています。それは2人の役者としての類稀な才能のおかげだし、何よりも振付を担当していただいた砂連尾理さんの力だと思います。そして、それをカメラに収めた佐々木靖之という人の身体あってのことだと思いますね。
観客が失われることを前提として、カメラの前だけでも成立する何かを収めることができたら、観客が観た時に改めてダンスが生まれ直す、観客との間に映画独自の調和が起こることがあり得ると思うんです。

——『DANCE FOR NOTHING』では調和は撮れましたか。

濱口:『DANCE FOR NOTHING』はもう少し違っていて、DANCE BOXの「国内ダンス留学」に参加している若いダンサーたちを撮っています。
若い人たちを撮っているので彼らは当然、ある境地へ至る過程にいるわけですよね。その彼らにカメラを向けたらそのことが映る。調和からは遠いし、ダンスしているのだけど、時にそれはダンスしてないことの強調になる。けど、でもまったく調和への可能性がないわけでもない。中にはテクニック云々ではなくダンスを踊れる瞬間を彼らは持っていたようにも思います。そんな中で彼らを指導した黒沢美香さんの声や、街の風景はむしろダンサブルに写っているような気がしました。だから編集することで、街で起きているダンス的な瞬間が彼らのダンス的な瞬間と通じ合い、立ち上がるといいと思いながらやっていました。これが凄くヒントになったので、いつか長編ダンスのドキュメンタリーのようなものを撮りたいという気にもなりました。
どういうものが写って、どういうものが写らないかが分かった気がします。でも確かに写っているものがあって、それをどうやって観客に届けるかですね。

——ダンスのドキュメンタリーで得たものを長編『FLOODS』でどう生かすかといった構想はありますか?

濱口:『FLOODS』を撮るのはもう少し先になると思います。2014年は久しぶりにフィクションの長編映画を撮る予定です。この認識でフィクションの映画を撮ることができるんじゃないかなと。そうしたら、また今までと違った形で映画に触れられると思っています。

(インタビュー 4/4・前ページへのリンクはページ下にあります)

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★11/16(土)から渋谷アップリンクにて、酒井耕・濱口竜介監督 東北記録映画三部作『なみのおと』『なみのこえ 気仙沼』『なみのこえ 新地町』『うたうひと』上映中です。
酒井耕監督がゲストを迎えてのトークショーも随時開催!
ぜひお越しください!

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★12/15(日)神戸映画資料館にて、【神戸と映画 第3回 神戸人に聞く】が開催されます。
第一部は『なみのこえ 気仙沼』(監督:濱口竜介、酒井耕)上映、第二部では『講座:映画にとって“聞くこと”とは』に濱口竜介監督が講師として登場。濱口竜介監督による『神戸人インタビュー1』も上映予定。
入場は無料、こちらもお見逃しなく!

執筆者

デューイ松田

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■映画配信サイトLOAD SHOW『不気味なものの肌に触れる』ダウンロード販売
■DANCE BOX公式サイト

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