親というのは厄介なもので、子供が大人になっても“一体いくつの人間に向かって言っているのだ?”と驚くような事を平気で心配する。私事だが、先日などファストフードの過食を心配した父親が、藤田紘一郎著『脳はバカ。腸はかしこい』の本文に、ここを読め!とばかり蛍光ペンでガンガン線を引いて送って来て、唖然とさせられた。そもそも、子供が油まみれのファストフードなどそろそろ胃もたれする年齢になっていることを忘れている!

お互い、他人であれば一定の礼儀を持って接するところだが、その近さゆえの甘えやむき出しの感情がぶつかり、ついつい反発し合いなんとなく疎遠になったりすることもあるから、親子というものは面倒くさい。皆さんも多かれ少なかれ感じたことがあるのではないだろうか。

映画『ソウル・フラワー・トレイン』は、定年退職を期に大分から、大阪の大学に通う娘に会いに来た父親の物語だ。おせっかいな大阪人に翻弄され助けられ新世界の街を楽しむうちに、本当の娘の姿と向きあうことになる。

原作はロビン西の短編漫画『ソウル・フラワー・トレイン』。スタジオ4℃が湯浅政明監督で制作した劇場長編アニメ『マインドゲーム』の原作漫画で知られる鬼才だ。

出演は大分の朴訥な父親役に名優・平田満。父親を連れ回し『不思議な国のアリス』の三月ウサギのごとく新世界体験のナビゲーターとなるあかね役に『デッド寿司』(井口昇監督)『冴え冴えてなほ滑稽な月』(島田角栄監督)の真凜。子供の頃からバレエに親しみ大阪の大学に通う心優しき優等生娘・ユキ役に『ランウェイ☆ビート』(大谷建太郎監督)『ツナグ』(平川雄一朗監督)の咲世子。音楽は少年ナイフ、クスミヒデオ(赤犬)、DODDODOなど。

ロビン西の漫画に惚れ込んだ西尾孔志監督が、試練に立たされた親と子の関係を新世界名物の串カツのようにカラッと仕上げたユーモアと、あっと驚くアクロバティックな演出でリアルとファンタジーの境目を軽々と乗り越えて描く。

子供の行動は理解できなくても、その存在を受け入れてくれる唯一無二の人間が親であることを思い出させ、映画館を出ると無性に家族に会いたくなる。そんな最高の映画に仕上がっている。

となると、どういった背景でこんな大人の人情ファンタジー映画の快作が誕生したのか知りたくなる。大阪を拠点にインディーズ映画を撮り続け、第1回CO2の助成作品グランプリ監督にして4年間CO2ディレクターを務め、数々の監督を送り出してきた西尾孔志監督。満を持しての劇場公開本格デビューにあたって、何を考えどう動いてきたかを伺った。





















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■原作という与えられた枠のなかで自分の個性を発揮してみたかった
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——長編は2003年に『ナショナルアンセム』、2005年にCO2で撮られた『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』があり両方オリジナル企画ですが、今回改めての劇場本格デビューにあたって、ロビン西さんの漫画『ソウル・フラワー・トレイン』の映画化として企画されたのは何故ですか?

西尾:原作に惚れ込んで映画化したいと思うのは他の原作の映画化パターンと同じだと思います。原作がいいんです。ロビン西さんが天才で『マインドゲーム』や『ポエやん』など漫画表現を突き詰める作品が特徴の方ですが、この漫画は人情ドラマで映画にし易かったのもあります。
インディーズ映画の監督は、基本的に自分のオリジナルを撮りたいから原作は持って来ないものです。僕の場合は、今まで長編2本に短編3本とオリジナル作品をたくさん撮ってきて、自分の攻撃的な部分は一番最初のインディーズ映画でやってるんで、もういいかなと。今回はしっかりとエンタテイメントとしてお客さんに届けてみたいと思ったんです。
先人の娯楽映画の監督は会社から企画を渡されて、その中で自分の個性を発揮してきました。そういう監督達に憧れがあるんです。
例えば黒沢清さんは、一度低迷された時期があって、Vシネマでヤクザ映画を撮ることで復活し快進撃が始まりました。相米慎二監督はデビューが柳沢みきお原作の漫画『翔んだカップル』です。与えられた枠の中で自分の個性を発揮してきた。
僕もそういう場をわざわざ自分で作ったんです。(笑)

——それを意識的にやられる方は少ないのでは?(笑)

西尾:20代から30代前半が多いインディーズの監督からすると若くない38歳という年齢でみんなより周回遅れデビューするわけですから、自分の見せ方は随分考えましたね。その間CO2で人を送り出す側だったのも大きいし、大学の先生を務めたことも大きな経験になりました。

——東京へ行こうとは思われなかったんですか?

西尾:行く理由がなかったんです。低予算映画のスパイラルに入る気がしたし、職人としての腕は上がるけど、僕より上手い人がたくさんいて後から行っても目立てない。同年代で人情ドラマをやっている人がいないから面白いと思いました。若い人も面白けば見てくれると思ったし、後で証明された形になったけど、TVでドラマ『あまちゃん』も受けてます。機材が安く揃えられるようになってくるとインディーズで撮る分には東京、大阪どこでやっても変わらないんです。
僕の場合は大阪に土地勘があって、いいロケーション場所を知っているのが武器です。もちろん東京で撮りたいものがあれば撮るし、そこにこだわりはありません。あとご飯(笑)。東京は美味しいものはあるけど、それなりの値段なので。大阪、特に僕が住んでいる鶴橋は安くて美味しいものの宝庫なので引越しし辛い。そこは大きいですね(笑)。

——日々のことなので食の魅力は大きいですね(笑)。今回制作体制はどうされましたか。

西尾:セルフプロデュース的な発想で、2人のプロデューサーに頼みました。経験がありビジネス的な発想ができる前田和紀。漫画家との仕事の経験が豊富な年下のイベンター巴山将来。そして僕の3人でチームを組んで制作にあたりました。

——映画化したいとオファーした時のロビン西さんの反応はいかがでしたか?

西尾:若い頃は、自分の漫画は誰にもいじられたくないという、カット割やセリフにこだわりがあるタイプの漫画家さんだったらしいですけど、今は全く違っていて“西尾くんがどう料理するのか興味がある。こちらに気を使わずに好きに撮って欲しい”と言ってくださいました。
そこで映画には、原作を読んでる人なら始まってすぐニヤリとするような変更点を作りました。原作にないサブストーリーと原作に即したストーリーが一体になって展開する構成にしています。

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■平田満さんに託したピュアなものを持った父親像
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——脚本に『口腔盗聴器』や『雑音』の監督・上原三由樹さんが入っていますが、共同脚本にしたのは何故ですか。

西尾:僕ら3人は男なので、脚本に女性の視点を入れるべきだとなりました。プロデューサーの前田の紹介です。初対面の時から結構グイグイ来るタイプの女性で、これはガチで言い合いしても大丈夫だなと(笑)。
基本的には上原が書いて僕がリライト。東京と大阪のやり取りなので実際に会って映画の頭からラストまで意見を出し合って、リライトすることを3,4回繰り返しました。
最初は上原も様子見で原作に忠実に書いて来ましたが、僕がはみ出す形でリライトすることで上原も段々それにノッてきましたね。

——意見が合わないところや二人のこだわりの違いはありましたか?

西尾:それは気を使うのであえて意識しませんでした。上原は脚本家なのでセリフが上手くて、キャラクターに人間味を与えてくれました。僕は物語だけでなく突飛なアイディアや小道具を使って、動作を含めての伏線を意識して書くタイプです。関西弁は上原の台詞を僕が訳したんですけど、関西色が過剰に付いてよかったと思います。ロビンさんにも途中で読んでもらってアイディアを頂きました。上原も僕も悪ノリしてるし、苦しんだ分楽しみました。結局脚本は4、5ヶ月かけましたね。

——皆さんが手をかけて仕上げた脚本だったんですね。それではキャストについて伺いますが、お父さん役に平田満さんを選ばれたのは何故ですか?

西尾:父親のキャストは一番重要で、イメージは笠智衆さん。ピュアなものを持った父親像で、今活躍されている方となると真っ先に浮かんだのが平田さん。森崎東監督の人情ドラマなど好きな映画に出演しておられて、好きな監督が起用する俳優さんと組みたいという気持ちがありました。
平田さんは脚本を読んで気に入ってくださり出演が決まったんですけど、ラストシーンは平田さんのアイディアなんです。
最初は原作に沿ったものにしていたんですが、“漫画の可愛らしい絵だから感動するけど実写で考えると生々しくなるから”とアイディアを出してくださって。父親の気持ちの変化がさらりと伝わるラストシーンになりました。

——平田さんからそういったアイディアが出るほど愛された役柄だったんですね!平田さんのシーンで特に印象深かったところはどこですか?

西尾:平田さんを撮ることで現場のみんなが幸福な気持ちになれましたね。それくらい良かったです。特に警察署で啖呵を切るところはファンタジーの世界に足を踏み込んで行くんですけど、平田さんだから成立したシーンです。

——あのシーンは真凜さんのあかねにシンクロして泣けたし、平田さんのテンションに周りが巻き込まれて行く様子に爆笑でした。

西尾:それは嬉しいですね!後、娘と父親のクライマックスですね。現実にはむちゃくちゃだけどこの世界では起こり得てしまう。やり過ぎると生々しいしいだけでなくグロやエロの雑味がたくさん入って、父親と娘の話がぼやけてしまうところですけど、絶妙の説得力を持ちえたと思います。撮影や編集でも相当悩みました。

——抑制の効いたベストアングルのショットはぜひ劇場で観て頂きたいですね。さて、他のキャストはどう決定されたんでしょうか。

西尾:女優さんは全部オーディションです。脚本を事務所に送ったら演技の上手な容姿端麗な女優さんがたくさん来てくれました。真凜さん、咲世子さんの二人はこの人しかないと思いました。
咲世子さん演じるユキの友達役の大谷澪さんや串カツ屋の店員の入矢麻衣さん。脇を固めるキャストまで可愛い方で一杯なのも見所です(笑)。
個人的には咲世子さんが父親と本当に向き合うシーンや、真凜さんの父親との別れのシーンが好きですね。あと、『半沢直樹』で伊勢島ホテルの若社長を演じている駿河太郎さんが花電車の運転手役で、平田さんとの会話するシーンも観ていただきたいですね。

——撮影は何日くらいでしたか?

西尾:10日間です。うち6、7日間雨という過酷な現場でしたね。天気も含めてロケ撮影のためアクシデントが多発して、その場で脚本を書き直したり。串カツ屋のロケでは、晩に通天閣のロケなど、この日しか撮れない予定が詰まっていたんですが、上層部の許可は取っていたのに現場の店長にまで話が伝わっていなくて。居酒屋として使うはずが「うちのやり方はそんなんじゃない」ということになって(笑)。急遽入矢麻衣さんには制服着用から串カツの揚げ方の研修まで受けてもらって、セリフも串カツ屋に合わせたものに変更してなんとか乗り切ったり(笑)。
平田さんが「現場のアクシデントを乗り越える力が本当凄いね!」と感心されていました(笑)。
低予算で余裕がないので、毎日の予定で撮りこぼしは絶対出さないを徹底してやりました。お陰でトラブルシュート能力が格段に向上しましたね(笑)。

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■お客さんにどう届けるかにこだわった「家族に会いたくなる映画」
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——臨機応変な部分と逆に、西尾さんの演出のこだわりはどんなところにありますか?

西尾:平田さんが経験豊富な役者さんなので導かれるところもありました。僕ら若手の監督に多いのが役者さんに間を取らせてしまうことです。ついついセリフとセリフの間に余白を作ってしまうんですね。この作品は90分の娯楽映画なので、そういった余白を作らないようにして、日常のテンポよりか早いくらいの跳ねるような会話をしてもらいました

——本当にテンポがよくてあっという間の90分でした。『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』の頃と変わった点はありますか?

西尾:昔は訳の分からないものをぶつけてやろう、世の中に対して異物であろうという攻撃的な感覚だけでしたね。
アプローチの仕方が単純。今になって考えると、上手く人の気持ちを乗せて感情を動かして行くことの方が上等ですからね(笑)。

——それはCO2ディレクターの経験も生きていますか?

西尾:『おちょんちゃん…』でグランプリを頂いたんですが、偉いと思う監督が何人かいて。横浜聡子さんの『ジャーマン+雨』(07)とか石井裕也くんには刺激を受けましたね。今まで、もちろんお客さんに楽しんでもらう気持ちはあったけど、今にして思えば自分本位過ぎました。昔と違って女の子にストレートに“好きだ”と言うより上手く口説けるようになったというところでしょうか(笑)。

——『おちょんちゃん』と『ソウル・フラワー・トレイン』では、表現やアプローチの仕方は変わっているけど、“そのままであることを受け入れる”ということが根本にあるように思いました。描きたいものは変わっていないんでしょうか?

西尾:世の中のルールに強制されるのではなく、居場所を見つけてそこに居ていいんだと思えるというのは結構大事かもしれませんね。世の中の最もらしいものから逃げるという選択もあるんじゃないかと思います。最もらしいところで一緒懸命頑張っている人もいいと思うし、そこから逃げたところで頑張っている人もいいなと思います。

——『ソウル・フラワー・トレイン』のクライマックスのシーンが浮かびますね。映画の中でユキの生き方について、何故それを選択したかにはあえて深く触れていないのは何故ですか。

西尾:お父さんは深く知る必要はないけど、観客は知っていて欲しかったんです。親子と親友の居酒屋での和気藹々とした会話が、キスシーン一つで違って見えてくる。よく風俗で“なんでこういう仕事をしてるんだ”って女の子を説教して安心するおじさんの笑い話がありますよね(笑)。理由を聞くことで安心できますけど、そう言うやり方でなく、そういう人なんだと知って欲しかったんです。

——確かにこの映画の世界では違和感のない選択でした。それでは最後に観客の皆さんに一言お願いします。

西尾:今までは映画の完成度ばかり考えていましたが、今回はお客さんにどう届けるかにこだわりました。観てくださった中高年のお父さんからは“娘に会いたくなって、観た後に電話して次の日に食事した”とか、娘さんからは“お父さんに会いたくなりました”なんて反応を続々頂いています。
「家族に会いたくなる映画」として楽しんでもらえたら嬉しいです!

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■東京版告知■  ゲストを迎えてのトーク開催!
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★9/23(月)【横浜聡子】監督(「ウルトラミラクルラブストーリー」)
★9/24(火)ゴロー役の【大和田健介】さんと【藤村亮平】監督(「たべるダケ」)
★9/26(木)韓国人役の【細川博司】さん(劇団バンタムクラスステージ)と劇団6番シード代表の松本陽一さん

上映は9/27(金)まで!どうぞお見逃しなく!!!

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■大阪版告知■  劇場公開を前にトークイベント、映画祭上映など!
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★9/29(日) 19時〜梅田ロフト7F(無料)
「映画『ソウルフラワートレイン』トークイベント 大阪の話・マンガの話」
ゲスト:西尾孔志監督、原作の漫画家ロビン西さん、イラストレーター/デザイナーの小田島等さん(→リンクは下記にあります)

★大阪ヨーロッパ映画祭での上映決定!
11/24(土)@エルセラーンホテル大阪(北新地)
14時〜16時日欧シネマフォーラム(バンケットルーム)/16時40分〜映画「ソウルフラワートレイン」上映

執筆者

デューイ松田

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■映画『ソウル・フラワー・トレイン』公式サイト
■新宿K'sシネマ
■映画『ソウルフラワートレイン』トークイベント/大阪の話・マンガの話
■大阪ヨーロッパ映画祭

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