2012年、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のショートフィルムショーケース部門で印象に残った人形アニメが2本あった。田舎に失恋旅行に出かけた2人の青年が怪物と闘う飯塚貴士監督の『エンカウンターズ』と、廃墟に迷いこんだ兄妹が遭遇する恐怖の一夜を描いた秦俊子監督『さまよう心臓』だった。

『エンカウンターズ』が“人形遊び”を基本にしたへたうま感と抜群のコメディセンスが魅力なら、『さまよう心臓』は媚びないキャラ造形にリアルな動きと表情、コマ撮りのファンタジックな美しさと溢れ出すホラースピリッツに彩られたダークな作品で対極の魅力を放っていた。そんな2人が2013年ゆうばりファンタのスカラシップ監督に選ばれた。

今回フォーカスしたのは秦俊子監督。スカラシップ作品『メロディ・オブ・ファンハウス』は、お得意のホラーテイストも残しつつ、アニマルキャラになったスリーピースバンドのN’夙川BOYSと女の子の楽しい冒険ファンタジーに仕上がっている。実写パートには佐伯日菜子さん、映画初出演となる愛娘のMoenaちゃんが出演。ピアノのお稽古をサボった女の子が迷い込んだ不思議な世界で音楽を嫌う怪物と人形の闘いが始まる!

『メロディ・オブ・ファンハウス』はゆうばりファンタでのお披露目の後、新宿・K’s cinemaにて開催のMOOSIC LAB 2013招待作品として、4/7から登場!(★MOOSIC LAB 2013のスタートは4/6)
ゆうばりファンタ後に追加撮影、サントラ変更、カラコレ(色彩調整)やMA(マルチオーディオ)も施されたバージョンアップ版のため、ゆうばりファンタでご覧になった方もお見逃しなく!
また、6月にドイツで開催される映画祭・ニッポンコネクションでも上映が予定されている。








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『E.T.』から始まった映画への憧れ
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——可愛らしいなかに不気味さや怖さが潜んでいる秦俊子監督作品のルーツに迫って行きたいと思います。初めて観た映画は何ですか?

秦:3、4歳のころに生まれて初めて観た映画が『E.T.』です。映画の存在を知らなかったので、小さいTVの中でとんでもないことが起こっていると感じました。枠の中にもの凄く壮大な世界が広がっているなって。“この中に入りたい”と思いました。そこから映画への憧れが始まって、段々映画を作りたいと思うようになりました。アメリカ映画が好きで、アルフレッド・ヒッチコック、スティーブン・スピルバーグ、サム・ライミが凄く好きです。なんだかんだと言っても結局はそこから強い影響を受けています。

——大学は東京藝術大学美術学部工芸科に入られたんですね。

秦:美術が得意だったので、東京藝大の学部には映画もアニメーション専攻もないのですが、日本で最高峰の芸大に行ってみたいという憧れがあって受験しました。
専攻が染色でテキスタイルだったのですが、入学してから映画をやりたいと思う気持ちがより強くなりました。それで映画美学校に1年通いました。その間は「映画って自分でも作れるんだ!」という感じで凄く楽しくて。講師は西山洋市さんでした。実写は課題でバイオレンスものを撮りました。

——人形アニメを撮るようになったきっかけは?

秦:ファンタジーがやりたかったのですが、実写の自主映画で自分の描いているファンタジーを作るのは難しいなと思ったんです。セットもなかなか作れないし、日常の風景の中でしか展開できないので。背景も全部自分で作りたいなと思ったときに人形アニメーションを観て、自分の美術の腕も生かせるし、“これならやりたいことが出来るかも!”と思い作り始めたのがきっかけです。
自分のHPに作品を公開していますが、最初はサラリーマンもので『ある日常の記憶』。クオリティーは今と比べると大分低いですね。

——1作目から人形制作、コマ撮り、照明、撮影まで全部自分でされたんですか?

秦:独学ですべて自分でやりました。本を読んだり作家さんのHPでやり方を勉強したり。続けるうちに自分がやり易い方法が分かってきました。5作目に撮ったのがホラーの人形アニメーション『さまよう心臓』です。作品は5作目で変わると言っていた人がいて、私も5作品目で飛躍できるかも、これが最後という気合を入れて一年間かけて仕上げた作品です。大学院の修了制作だったので今思うと時間にはわりと余裕がありました。細部にこだわって、表情は色々な種類を作って置き替えました。人間そっくりのリアルな手も作りました。1つの手を作るのに2、3日かかりました。

———扉の向こうに違う世界がある怖さが描かれていて、想像力が刺激されて怖かったし、キャラクターのリアクション、表情がよかったですね。最重要視したのはどこですか?

秦:ホラーは目的が明確で、内容、ストーリー、キャラなど要素は色々ありますが、怖いことが最重要課題だと思っています。逆に他が成功していても怖くなければ失敗。結構「怖い」と言っていただいたのでその点は満足できました。楳図かずおさんが好きなのでその影響もあると思います。

——言われてみると表情などに影響が伺えますね。

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佐伯日菜子さんの愛娘・Moenaちゃん出演!
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——昨年のゆうばり国際ファンタスティックで『さまよう心臓』が上映されて、今年のスカラシップ作品制作になる訳ですが、『メロディ・オブ・ファンハウス』は今までの作品と違って実写パートがありますね。

秦:主演のMoenaちゃんは、作品のプロデューサーであるゆうばりファンタ事務局の外川さんに、佐伯さんの娘さんはどうだろうって提案をして頂いたんです。元々『エコエコアザラク』がとても好きだったので、そこから佐伯日菜子さんにも絶対出て頂きたい!となったんです。実写の演出はまだまだ初心者なので、佐伯さんには作品をひっぱって頂きました。撮影して分かったんですけど、佐伯さんはどんな背景の前に立っても画面に写ると映画になるんです。本当の女優さんなんだなって。私が普通に同じ場所に立って、同じように写してもなんか決まらないと思うんです。

——スナップになるか映画になるかの違い?

秦:そうですね。それだけではなくて1から10まで説明しなくても少し話すと凄く汲み取ってくださって。元々台詞はなかったんですけど、それでは少し伝わり辛いだろうという事になって、自主的に提案してくださったり。最初から素晴らしい女優さんとご一緒できて救われましたね。
Moenaちゃんは、今まで何人かの監督さんからもオファーがあったそうなのですが、「絶対にやりたくない」って断わっていたらしくて、今回も厳しいかもと聞いていました。

——どうやって出演のOKをもらったんですか。

秦:以前私がNHKの『みんなのうた』でやった『ヤミヤミ』を偶然観て録画するほど気に入ってくれたらしく、興味を持ってくれたみたいです。それでも出演は嫌だって言われていて。私は大学院を卒業した後、絵コンテを描く会社に就職していた時期がありまして。それでMoenaちゃんが見て楽しめるように、絵コンテにキャラを描き込んでMoenaちゃんそっくりに顔を描いたんですね。2ヶ月くらい掛かりましたがそれで気持ちが動いたみたいで、いつの間にか承諾してくれてました。撮影当日は人形も気に入ってくれて。コマ撮りのシーンでは、まず人と背景を撮って、次に出てもらって背景だけ撮って、また戻ってもらってちょっと角度変えてまた人と背景を撮って、というやり方だったので嫌気がささないかなぁと心配しましたけど、楽しんで積極的にやってくれて驚いたくらいです。後で佐伯さんに聞いたら、お姉ちゃんとコマ撮りごっこで遊んでいたそうで嬉しかったですね(笑)。

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受け継がれていくものが作りたい
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——『メロディ・オブ・ファンハウス』を作って変わった点はありましたか。

秦:『さまよう心臓』はバリバリのホラーを作ってやろうという意識で作りました。ある映画祭で子供たちがたくさん観に来ていたんですけど、上映が始まると何秒かでワラワラ外に出て行っちゃって、廊下が子供でいっぱい(笑)。泣き出した子供もいたり。制作意図としては成功かもしれないけど、ちょっと申し訳ないなって気持ちになって。
その後『ヤミヤミ』を作ったら、自分では全く怖くないだろうと思っていても泣き出す子がいたり、“可愛い!”って食付く子と二極化して凄い反響がありました。それで、作品自体の出来も大切だけど、子供が大人になってそれを観た事がいつまでも記憶に残っていたら、それだけでいいんじゃないかって気持ちが芽生えてきました。

——秦さんが『E.T.』を覚えているように。

秦:まさにそれとリンクしています!私がスピルバーグから夢を与えられたように、子供たちに良い影響を与えられたらいいなって思います。わたしの作品を観てもらうことで夢が出来たり、やりたいことが見つかったり。それが自分の夢にもなって来て。受け継がれていくものが作りたいなって。
今回はホラーではないジャンルにしようと思ったんですけど。

——洞窟の描写など少し怖い部分もあって、そこが秦さんの作品の魅力だと思います。

秦:それはどうやら拭い去れなくて。何作っても大体ちょっと怖いんです(笑)。今回はPOPにしようと、洞窟の描写はお得意のコントラストつけた怖い描写を押さえました。

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N’夙川BOYSとのコラボレーション
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秦:今回はアクションっぽいことに挑戦したのと、ミュージシャンのN’夙川BOYSとのコラボレーションになって音楽を取り入れたんです。

——N’夙川BOYSはアニマルキャラで登場していますね。

秦:今回は人形全部を作るのに1週間しかないスケジュールになり、前作のような試みは出来なかったのですが、とにかくキャラクターとして強いものを造りたかったんです。今までは、キャラクターより人間っぽい感じを重視していましたが、『みんなのうた』をやったのをきっかけに、キャラクターの大事さを感じていたんですね。キャラクターでグッズが売れる位の強いデザイン性があったり、一度見たら忘れない、そんなキャラクターを作りたかったんです。
今回はデザインにこだわって、それぞれいいキャラクターができました。演奏の動きは、N’夙川BOYSの皆さんが演奏している映像から起こして、ファンの方にもそっくりと言っていただきました。

——シリーズ化出来そうなキャラに仕上がってましたね。公開の予定はどうなっていますか?

秦:今回の企画はMOOSIC LABも絡んでいて、招待作品として上映されることになりました。それまでに手直しをして納得がいくものにして観客の皆さんに観ていただきたいですね。

執筆者

デューイ松田

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『メロディ・オブ・ファンハウス/予告編』
『MOOSIC LAB 2013』公式サイト
新宿/K's cinema『MOOSIC LAB 2013』上映スケジュール
ドイツ/ニッポンコネクション公式サイト
アニメーション作家・秦俊子