世界が認めた。
トム・フォード──再び映画界を照らす輝かしき<新星>!

稀代のファッションデザイナー トム・フォードが描くのは、
自らの生き方をさらけ出し、愛の本質に迫る感動作。

グッチを立ち直らせ、イヴ・サンローランを改革し、2005年には自身の名前を冠したブランドを立ち上げた、稀代のファッションデザイナー、トム・フォード。彼が次なるステージに選んだのは、かねてから惚れこんでいた映画の世界だった。そして遂に完成したフォードの初監督作品が、2009年のヴェネチア国際映画祭を皮切りに、世界中の映画祭で熱狂を巻き起こした。

初監督のトム・フォードが、作品を語る・・・・






●映画『シングルマン』を作るまで
「20代前半の1980年代初頭にロサンゼルスに住んでいたときに、小説『A Single Man』を初めて読んだ。すぐに虜になったよ。その物語の誠実さとシンプルさに感動を覚えたんだ。3年前、自分の監督デビュー作にとって最適な作品を探していた私は、自分がこの小説のこと、主人公“ジョージ”のことを頻繁に考えていたことを思い出したんだ。『シングルマン』は我々全員が感じる孤独を描いている。それは人間性の一部だと思う。人間の魂は肉体によって隔離されている。だから、人は誰かとつながりをもとうとする。この映画のメインメッセージは、“今を生きること”。 毎日を最後の日だと思って生きることなんだ。」
 「映画化すると決めてからは、かなり長い間この作品に取り組んだよ。脚本は2年間断続的に作業したし、草稿もたくさん書いた。書きながらシーンを想像していたときは何の問題もなかったよ。俳優たちはセリフを完ぺきに言い、撮影も素晴らしい。でもそれは現実的な作業ではないから言えることだったんだ」それからトム・フォードは原作をもとに脚本を練り上げ、生きる意味を失って死のうと決意したジョージの1日というストーリーを付け加えることにした。
「ジョージは過去に生きていて、人生の変化を経験する。そしてこれからの人生が見えないんだ。ジョージはそのために自殺を決心する。そしてこの世で最後の日に、彼はすべてをまったく違う目で見始めるというわけだ。未来が見えず、深い絶望感を振り払うことができないから人生を終わらせようと決意する。だが最後に彼が目にするものによって、彼は世界を違う目で見始め、ここ何年で初めて今を生きている自分を見出し、世界の美しさに直面する。これはタイムリーなテーマだ。我々の人生に与えられた贈り物を感謝することは、我々全員にとって、今だからこそもっと大切なのだと私は信じている」

●トム・フォード自身について
「私がどんな経歴でどんな人間か、先入観をもってこの映画を観た人の多くが驚くと思う。私はとてもロマンチックだし、しょっちゅう孤独を感じている。でもみんなそうだよね? 映画は、普段の私のイメージとは違うかもしれない。だからこそいちばん自分らしい作品と言えるだろう。ファッションはつかの間だが、映画は永遠だ。映画は人に挑んでくる。考えさせてくれる。主人公のジョージの中には、私自身が大きく投影されている。多くの人に訪れる中年の精神的危機のようなものだ。私は若いときに物質世界でかなり成功した。経済的安定、名声、仕事の成功、必要以上の物質的所有物・・・。私は私生活を満喫していたよ。23年間連れ添った人生最高のパートナー、2匹の素晴らしい犬、多くの友人。だがなんとなく自分の道を見失っていたんだ。ファッションデザイナーとして、実際に店頭で売り出される数年前から未来のコレクションをデザインする毎日。我々の文化は物質で何でも問題が解決できると、我々に信じさせようとしている。私は完全に人生の精神面をおざなりにしてきた自分に気づいたんだ」
「私にとって大切だったことは、ジョージとパートナーのジムの関係をありのままに描き出すことだった。人生でいちばん素晴らしいことは、少なくとも私にとっては、些細な事であることが多い。振り返ってみると、小さな事に気づかされる。誰かの匂いとか、ある日誰かが言った言葉とか、庭を横切る時の犬の眼差しとか、とても小さなことだ。それがこの映画で描かれている。そういう小さなことにフォーカスを当て、それが織り合う様を描き出す。それこそが、忘れがちな私たちの人生なんだ。」

●映画の製作過程(現場の作業)について
「これだけのキャストを揃えることができて幸運だった。コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルト。全員優れた俳優だ。彼らが脚本を気に入って、この仕事を引き受けてくれたことが本当に嬉しかった。この映画をこれまでやった仕事の中で最も重要な仕事として、私と一緒に作業してくれるチームが必要だったが、結果として、すべてが非常にスムーズに進んだ。撮影はたった21日間だったが、私の監督としての最大の強みは、大勢の人間と仕事をすることに慣れているということだね。私のビジョンを通して彼らの道案内をしながら、彼らのいちばんいいところを引き出し、それぞれにできる限り創造力を発揮してもらう演出法には慣れていたんだ」
「この映画では色使いが重要な役割を果たす。小説では、読者はジョージの頭の中にいて適宜に彼がどんな気持ちでいるかがわかる。だが私は、ジョージの気分を外側から観客に伝えなくてはならない。そこでその日の始まりは、ジョージが最低の気分でいるため、我々は彩度を減らし、照明をフラットにして、人生に絶望しているジョージのために文字通り無彩色で表現した。ジョージが美しさを体験する瞬間が始まると、スクリーン上の色もジョージの高まる気分を反映してテンションを上げていく。これは銀行で少女に偶然会ったときから始まる。いつも暗い心の状態でいるジョージは、普段からこの少女にイラついている。だが銀行で偶然彼女と会ったジョージはついに彼女の本当の姿に気づくんだ。実は可愛らしくて、新鮮な美しさに溢れた少女。彼は彼女と会話を交わす。そして夕方になる頃、人生の美しさにジョージが引き込まれ始めると、彼の住む世界は完全に鮮やかな色彩に変わっていくんだ。」

 「編集には、6ヶ月間を費やした。とりかかる前にどのくらいかかるか聞かれていたら、3ヶ月だと答えただろうね。編集によってシーンや物語の意味が完全に変わってしまうなんて全然知らなかったからね。ジョアン・ソーベルと仕事ができてラッキーだったよ。本当にひらめきのある編集者だし、私にとって最高の協力者だった。編集作業は“ルービックキューブ“のようだった。映画の中に入り込み、あらゆる角度からひっくり返したり、ひねったりしながら編集していくが、本当に疲れ果てる作業だった。だが最後には、そうあるべき、そう意味されるべき、そうすべき1本の線が見え始め、やっと1本の映画としてまとまってきたんだ」

●主人公ジョージを演じたコリン・ファースについて
「コリンの役はキャスティングがいちばん難しかった。ジョージ役を演じる感受性をもった俳優は世界中にほとんどいないからだ。彼はすべてのシーン、すべての瞬間に登場している。大変だったと思うが、彼に失望させられたことは一度もない。本当のプロだ。素晴らしいよ。驚くべき俳優だった。特に表情が素晴らしい。何も動かさなくても、感情がわかる。考えていることがわかるんだ。カメラを長い時間彼の顔に向けて撮影した。彼の表情を捉えるためだけにね。驚くべき表現力だ。コリンのすごいところは、目を通して、ほとんど顔も動かさず、セリフも言うことなく、思っていることを伝えられる才能だ」

●チャーリーを演じたジュリアン・ムーアについて
「チャーリーはその美しさで人生を築いてきた。そんな彼女も時間には勝てない。自分でできることはすべてやってきた。今彼女は、自分の美しさが消えていく岐路に差しかかっている。ジョージと一緒にいると、チャーリーは全然違う。そして、彼にとっても彼女は光だ。チャーリーはこの映画に新鮮な空気を与えている。ジョージとチャーリーには長い歴史がある。恋人だった時期もある。でもジョージは自分がゲイであることを自覚し、彼女とは気楽な関係でいたいが、チャーリーはもっとジョージを真剣に捉えているんだ。キャスティングではジュリアンが最初に『イエス』と言ってくれた俳優だった。セットでの彼女は驚きだった、今までコリンと話していたかと思ったら、『アクション』と声がかかるとすぐにイギリス英語になって、キャラクターに入り込むんだ。しかも滑らかにやってのける。もちろん、我々には俳優が頭の中でどんな準備をしているのか、知る由もないが・・・。私は、小説とは違うチャーリーを創り出した。私の女友達と祖母の集合体なんだよ。イシャーウッドのチャーリーは複雑性に乏しくて、魅力にも欠けていたから。それに私の人生に関わる数人の女性たちとの関係を描写するために、ジョージとチャーリーの過去も新しく考えた。チャーリーも中年の危機に直面し、ジョージと同じように彼女も自分の未来を見ることができずにいるんだ」

●ケニーを演じたニコラス・ホルトについて
「ケニーはジョージを信頼している。ジョージに興味を抱き、自分の疑問に答えてくれる人だと期待し、惹きつけられる。そしてジョージもまたケニーに惹かれている。もちろんジョージは教授という立場から、人を寄せ付けないところがある。ケニーも人を寄せ付けないキャラクターだ。ケニーは天使のような存在で、ジョージの心を、文字通り救い出すんだ。ニコラスは実に素晴らしかった。撮影時はまだ18歳だった。非常に真剣にプロに徹している彼の姿は、現実の面白いイギリス青年という印象とはかけ離れている。カメラの外での素顔は、ものすごく愉快な青年なんだよ」

●ジムを演じたマシュー・グードについて 
「マシューはこの役にピッタリだった。新鮮な輝きを放っている。彼は我々が望むものを与えてくれたが、彼の演技スタイルはコリン・ファースやジュリアン・ムーアとはまったく違う。もっと自由な即興演技で、少なくともセットではそう見えたが、とにかく彼の内面のプロセスがどうあれ、結果は素晴らしいものだった」

 
●トム・フォード監督から、観客へのメッセージ
「この映画で、人生の些細なことが本当は人生にとって大きなことなのだと、観客に伝えられればと願っている。素晴らしい映画は人の心に入り込む。そういう映画は、楽しませ、思考力を刺激する。そういう意味で、『シングルマン』も観客に問い掛け、これまで思ってもみなかったことを考える映画になっていてほしいと思います。そして“自分の1日に、自分の人生にもう少し注目してみよう”と思ってもらえたら嬉しいですね。それが私の望みです。人生最後の数時間でさえ、人々にそれを思い出してもらえるような影響を与え続けたいと思います」

執筆者

Yasuhiro Togawa

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