このインタビューで青山監督自身が明確に語っているが、この『SAD VACATION サッド ヴァケイション』という映画は、代表作である『EUREKA ユリイカ』(00)以降、青山真治が自分の限界の壁をぶち破ろうとし続け、遂に明確な変貌を遂げた記念碑的作品である。

極めてストイックに自分と向き合い続けることで生まれた『Helpless』(96)『EUREKA』から、浅野忠信、宮崎あおい、石田えりら俳優たちとの、“人”と“人”との“対話”の中で生まれた『サッド ヴァケイション』。そこにはこれまでの作品よりも強く、青山真治の頭だけではない純粋な感覚、青山真治という表現者の意識下にある才能が大いに解放され、満ち溢れている。

だからこそこの映画は呼吸をしている。映画自体が生命を持ち、息をしているから、この映画には産み落とした監督自身さえも驚かせる未知の可能性がいくつも宿っている。

そういった意味で、これほど大きな作品が今まであっただろうか。青山真治という日本が誇る表現者の、未開の天才性がこの映画には存在しているのだ。

新たな代表作となるであろう『SAD VACATION サッド ヴァケイション』に至る変貌の途を、青山真治が語る。







”『EUREKA』までは男たちのモノローグの世界だった気がするんですよ。それがね、なんかもうウザったかった”

——これ、いろんなところで“集大成”と言われていると思うんですが、その“集大成”という言葉って“まとめ”と“終わり”という意味を感じるような言葉じゃないですか。監督自身としては、この『サッド ヴァケイション』の周りの位置づけとの違いというのはあるんですか?
「いや、現時点ではという言い方にしかならないんですけど、現時点ではやっぱり“集大成”だし、“まとめ”だし、“終わり”なんだろうなというところなんですね。今僕の、この物語を追っかける可能性の一番ケツまで行った、というところなんですよ。それは映画を作るという条件も含めて。もしかしたら長くすれば長くできるのかもわからないけど、もうここで終わるのがよかろうという場所で終わってるので、ここから先は今のところないです、と。今のところここが終わりです、と。で、ここまでで全精力使い果たしましたって、今はこれ以上先があるとは自分では到底言えませんというのが、その“集大成”という言葉に要約されていると思いますね(笑)」

——その言葉に監督自身も間違いはないということですね?
「えぇ。ただ、5年後、10年後には嘘をつくかもしれないですけどね(笑)」

——(笑)。『Helpless』や『EUREKA』を作った当時は、今回とは考え方は違ったんですか?
「はい、あの時はあの時でやはり、それ以上先はありませんでした。つまり、『Helpless』を撮った直後には『サッド ヴァケイション』のことは全く考えてないし、『EUREKA』のことも全く考えてなかったですね。で、『EUREKA』を撮っていく時にも『サッド ヴァケイション』は、『サッド ヴァケイション』という形ではなかった。徐々に形を成していって、ある日ぽこっと水面から浮上するようにして出てきたというのが、『サッド ヴァケイション』で。まぁそれは毎回そうなんですけどね」

——やっぱり前2作(『Helpless』『EUREKA』)と比べてみても、今回は違いというのが3作の中でも如実に出ていた作品で、確かに集大成ではあるけれども”まとめ”というよりも何か新しい”スタート”を感じたんですけども、こういった作品に至った経緯というのはどういったものだったんですか?
「・・・・・うーん、『EUREKA』までは、健次(浅野忠信/『Helpless』『サッド ヴァケイション』)なり、沢井(役所広司/『EUREKA』)なりの一種モノローグ的な部分というのが多かったと思うんですね。で、『EUREKA』のときに梢(宮崎あおい)と直樹(宮崎将)を口を利かない子にしたのは、あの子達と会話をさせたくなかったからなんです。会話をするのは唯一『Helpless』から繋がってくる秋彦(斉藤陽一郎)くらいで、どっかしら男たちのモノローグの世界だったような気がするんですよ。それがね、なんかもうウザったいというかですね、気持ち悪いというかですね、もう面倒くさいというかですね。自分でヤになったんですね。だから、所詮自分のモノローグを人に見せているみたいなもんじゃんっていう感じになって。そこがすごく嫌になってきたっていうのはあって、『月の砂漠』(01)のときに、とにかく自分語りにならない映画にしようとずっと考えていて。そのままずっとそれをやってきたつもりでいるんです。そういう反モノローグの“集大成”でもあるかもしれないですね。つまりはっきり、これまで以上に『サッド ヴァケイション』という映画は“対話”の映画だと。モノローグ的なものがなくて、人と人が意見を交換し合う話。人は人の意見があって、自分は自分の意見があって、それがぶつかる」

——それは例えば『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)で描かれていた“自然”対“人間”という構図と・・・
「あぁ、まぁそれもそのひとつかもしれないですね」

——今回は“母性”対、ある種“男”っていう。
「まぁ男、女に限らず、その人と人との葛藤。アチュンという中国人と健次の言葉のやり取りにあるかもしれないし、それは間宮(中村嘉葎雄)と健次のやり取りにあるかもしれないし。男と女、あるいは母と子が前提だけども、中心にあるのはそれなんだけど、それだけじゃない。ある人とある人との会話の話」

”今まではどこかで、人と仕事することが恐かったんだと思う”

——この3作を観て僕が一番感じるのって、ある種リアルに流れる時間なんです。例えば監督が一貫して描く“再生”というテーマに関して、例えば『EUREKA』であったら3時間37分という時間、あの長い時間で、でもあの物語に描かれている“再生”を描くには必要な時間だったと思うんですね。あの映画で、1本の映画にできることという可能性を強く感じた。で、同時に11年経った今も健次が変わった部分と変わらない部分というので、映画の限界に対する監督の意識も強く感じるんです。そういった意識ってありますか?
「うーん、あの、限界というとちょっと言い難いものがあるんですけど、ただ、僕は健次という人間がいて、千代子(石田えり)という人間がいて、この映画の中でその関係をどこまで追い詰められるかというのをやったつもりでいるんですね。そのためにすべての要素があって。つまり健次という人間が一人で生きようとしている、一人で生きることを運命づけられて、ずっと一人で生きてきたつもりでいるけれども、でもその一人で生きることの難しさ、一方では孤独なのかもしれないし、一方では自由なのかもしれないし。どちらでもありえる引き裂かれの中で、ある他人が——あるいは他人ではなく母であったりするのかもしれない、いずれにせよそういう他者が絡んでくる。で、それがとてもうっとおしいかもしれないし、案外居心地のいいものであったりもするかもしれない。その作用、反作用を延々繰り返していく中で、また別の人が巻き込まれていく、別の人が別の作用を産み出す。例えば、愛情の過不足みたいなものが発生して義理の弟が突然暴れだすとか。で、周りがギクシャクしてくる、っていう流れの奥底まで、そういうことのぎりぎり一番最悪の事態まで追い詰める。追い詰めたときに母がどうするか、子がどうするか。いや、母と子とかっていう風に決め付けなくてもいい、人が人を前にしてどうするか。ある一人で生きようとしていた男が、そのような存在を前にしてどうなるのか、っていうあるひとつのパターンの追い詰めをこの映画でぎりぎりのところまで、今少なくともやれるのはそこまでっていうところまでやるっていうことですね。さっきの“集大成”みたいなことっていうのはそういう意味でもありますね。今やれることの限界。それはたぶん、健次の限界とかじゃなくて、僕の限界なんでしょうね(笑)」

——今回、千代子だったりの母性というところで、大きな愛を感じつつも、僕はそこに一種の恐怖を感じてしまったんですけども。そういった数々の女性、梢であったり、千代子だったりという女性たちに、監督自身が投影したモデルというものはあるんですか?
「モデルがあるといえばあるし、ないといえばない。要するにいろんな、僕が知ってる限りの人間たち、女性たちの寄せ集め。それは映画の中の女性でもあるし、現実に出会った人かもしれないし。もう死んじゃった人もいれば、生きている人もいるし。いろんな人たちの寄せ集めではありますよね。しかし最大の影響は当然ながら妻からのものでしょう。女性像というよりはものの考え方、思考のあり方としてとよた真帆から得たヒントは計り知れないものがあります」

——そういった登場する女性たちに対して、監督自身の感情というのは愛されているという感情なのか、それとも恐怖であったりもするんですか?
「うーん、人がこれを観たときに、“恐いな”とおっしゃるのはわかります。もちろん、“恐いな、この人たち”っていう風に思えるような人たちを描いているつもりでもあるんですね。ただし僕にとってはこの人たちは、もはや恐くないという言い方はちょっと変だけど、・・あまりにこの人たちの、殊に千代子の抱える悲しみが深すぎて、誰も手出しができない、というか、この人たちを黙って見てようというのが僕の態度なんですね(笑)。もう黙って見てるしかない。この人たちはこの人たちの人生を生きるしかないんだから黙って見てるしかない。それは僕が、健次じゃないからですね、たぶん。僕は健次じゃない。僕は間宮でもない。僕は秋彦でもない。どこにも僕はいない。僕はこっち側に、観客席にいます。そこが今までの映画との違いだと思うんですよ。『EUREKA』までは、スクリーンの向こう側から“どうぞ”ってお渡ししていたんですね。どっかで。でも『EUREKA』やった後は、そうはしなくなったというか、できなくなったというか。したくなくなったというか。僕は観客席にいます、と。観客席から“ちょっと今のこうなったほうがおもしろくないですかぁ?”っていう感じ(笑)。それまでは向こう側にいて“どうぞ、これが私の作ったものでございます”って、青山商店として出してた感じで。今は全然そうじゃないですね。観客席から意見を言って、芝居が変わっていくのを見ている」

——その変化ってとても大きな変化だと思うんですが、なぜ起こったんですか?
「・・・・人とやってることが楽しくなったからだと思いますね。人と仕事していることが。それまでね、人と仕事するということが恐かったんだと思うんですね、どっかで」

——それは役者の方も含め?
「えぇ。傷つけるんじゃないかっていう恐怖。たぶん、自分が言うことによって相手を傷つけるんじゃないかっていう恐怖があった」

——それは例えば演技指導であったりというそういったものについてですか?
「えぇ。まぁ演技指導ということを今までしたことないですけども、そういう演技指導ということをやることによって、人を傷つけたりするのが恐かったんですね。でも、それが変わった最初のきっかけは『EUREKA』で役所広司さんや国生さゆりさんと仕事をしたということが、一番自分にとっては転機だった気がするんです。まぁ全く別種の経験だったんですけど、役所さんは絶対に傷つかないという安心感。僕が何を言ったって役所さんは傷つかない。で、国生さんとはこうしたほうがいい、ああしたほうがいいって、すごく気持ちよくやり取りができた。“あぁ、女優さんと仕事するということはこういうことだ”とはじめて学んだのは国生さんだったような気がするんです。それが『月の砂漠』での三上博史さんととよた真帆との仕事に繋がって、それである種の恐怖が取れたと言うか。そうすると、観客席から見るようになって“あ、ちょっと待って。今のこうしたほうがいいですよ。ねぇお客さん?”って本当は誰もいないけど、隣向いて言うような(笑)。今までは“はい、みなさんいいですか。こうしてください”って言って、それをやってもらってはいOKっていう風に、自分が君臨してたんですね。そうじゃないですね、今は。先にやってもらう。先に見せてもらって“今のあそこ、ああじゃないほうがいいかも”とか。“今のわかんない”とか。“今のわかんない、もっかいやって。あぁわかったそこが変なんだ、そこを変えましょう”みたいな。それまではガチガチにこうしてくださいああしてくださいという方法でしかできなくて。そうするとすごい狭いものでしかないんですよね。で、それがすごくつまらないものに感じて。そういうことをとよた真帆との生活や仕事から受け取って、今は石田えりさんにしろ宮?あおいさんにしろ一緒に仕事するということは面白いですね。女優さんがおもしろい、っていうのは浅野忠信君とも共通した意見なんですけど、浅野君が自分に言ってくれたことで。“監督、女優はねぇ、おもしろいっすよぉ”って言って。“いや、俺もそう思ってたんだけど”って言うと“女優さんとガンガンにテストした方がいいっすよ”って(笑)。それが後押ししてくれたこともあったなぁ」

——ある種役者さんを、信頼できるようになったということでしょうか?
「いや、信頼はしてました、ずっと。ただ信頼すると同時に、どっちかというと嫌われたくなかったというか、要するに傷つけたくなかったというのがあったんですね。すごい気を使いすぎていたというか。今は逆に普通に目を見てコミュニケーションできるようになったという感じがありますね」

”映画と現実との垣根がなくなっていった。でも、それによって獲得できる自由があるんですよ”

——そういった、ガチガチではなくなったところから、そうやってできた作品に対する監督の感想というのは違うんですか?
「今回は特別にちょっと違ってますね。もう半年以上経ってますけど未だに自分がここから抜け出れてないというか。今もなお、まだ編集が頭の中で、夢の中で続いているような。撮影も続いているというか。今までだと割りとすぐ忘れてたんですよ。年明けたり、気絶するくらいまで酒飲んだりとかする忘れるものだったんですけどね(笑)・・・・何回気絶しても忘れないなぁ(笑)。未だになんか知らないけど、そこから出られない。で、こうやってインタビューを受けるにしても、今までの映画だとわりとすんなり答えられたんですよ。でも、実はこの映画、すごくいい意味で同じ答えしか言えない。普段は違うことを楽しんで言ってみようか、くらいの余裕があるんだけど、今回は全くないですね、それが。全く同じことしか言えない。まだやっぱりどこかしら整理がついてないんです。整理ついちゃうと、わりといろんなことを話せるし、そもそも最初に作るときにだいたい整理をつけてからはじめるんですけど、これについては完成してもなお整理がついてない部分というのがあるんです。それは未完成ということではなくて、完成してるんだけど、それは生き物のあり方が死ぬまで完成しないように、ある種の生き物のようにこの映画を観ているというか。そんな経験今まではあんまりなかったですね」

——それってある意味で今までの作品よりも監督自身の頭ではなくて、感覚がこの映画を作らせたっていうことなんじゃないんですか?
「もしかしたらそうなのかもしれないですけど、その感覚ってどこから来るかっていうと人との関係だと思うんですね。人とどういう関係を結んだかっていう。監督として関係を結んだんじゃなくて、もっとなんか、いやもちろん監督としての関係を結んだわけなんだけど、でももっとなんかね、自分自身の中では違う何かだった気がする。・・・・うーん、ちょっとそこはね、説明しづらいんですけど、映画作りというものに対する態度が全く今までと違ってたんですね」

——そういうのってより自分のダシみたいなものが色濃くでたりもするんじゃないかと思うんですよ。
「たぶん、そうなんでしょうね。そういうことさえ認識できないような、なりふり構わなさみたいな。さっき言った人を傷つけないようにしようとしてた時代っていうのは、なりふり構ってたわけですよ。でもだんだんそれが外れていっちゃって、現場で自分がどんな格好をしてようが、どんな顔してようが、監督っぽい顔してなきゃみたいなことを一切考えないようになって(笑)没頭してましたよね。没頭しているのは没頭してたんだけど、とにかく表現方法が変わったというか。こうしてああしてこうしてくださいっていう指示とか一切しなくなっちゃった。一回観てみましょうか、みたいな。何にも言わずに始めていっぺん観てみましょうっていうところから始めて。で、それまではね、わからないって言うことも恐れていたんですね。監督は現場でわからないって言っちゃだめなんだよって自分で思い込んでたんだけど“う〜ん、わからない”って言い始めた(笑)」

——それってある種監督の余裕でもないですか?
「余裕ですね。だから笑って始めました。それまでも笑ってたんだけど、もっと笑うようになっていったというか。現場そのものが笑い始めたというか。すごく笑ってましたね、今回。『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』のときもものすごい笑ってましたね」

——たぶん今までの作品よりもより、その映画の世界に生きたということなんでしょうね。
「というかね、それとさっきも言いかけたんだけど、それと現実とがそんなに遠くないというかですね。現実というのは我々が朝現場入っておはようございますっていうこととかですけど、その次元とそこで演じ始める次元との垣根がなくなっていったというか。ピチっとして進行していくんじゃなくて、ぬるぬると入っていくというか。・・・・・でもそれによって獲得できる自由というのがあるんですよ、たぶん。もちろん緊張もしますし、あせりもしますし、今これを言うべきか言わないべきかみたいなものすごい瞬時の判断もありますし、だからストレスも半端なくたまるんですけど。ただ、その場ではものすごくフリーな時間を生きてる。で、フリーな時間をあるひとつのゲームをやるみたいに堪能している、みんなで。それを僕はすごく感じていることなんですよね」

——それはもしかしたら、ものすごく心地よい空間だったんじゃないでしょうか?
「ものすごく心地よかったんだけどものすごく大変だったし、ものすごく体を壊したし、だからものすごくしんどいことでもありましたよ。でも、ものすごく心地よかったことは確かですね」

執筆者

kenji Hayashida

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