人は創造することが好きだ。
それでは、破壊することはどうだろう?
人は破壊することを好まない。

人は食べることが好きだ。
一枚のプレートに置かれた作品。
食べることは“破壊”に値する行為かもしれない。なぜなら、食べてしまえば作品は消滅してしまうから。
しかし、人は食べる時に笑顔になる。
幸福になっていく。

ミヒャエル・ホーフマン監督は言う。「おいしい食事は人生を変えていく」と。
作品の中で描かれるそれぞれのライフストーリーを変えていく、孤高のシェフ・グレゴアがもたらすマジックは、一瞬味わうだけで人の思考を180度ひっくり返す。それでは、グレゴアはどうやって幸せになるのだろう?エデンの存在が愛しくなるほど、自分の料理はどんどんおいしくなっていく。が、彼女にはすでにパートナーがいる…、誰にも埋められないグレゴアの孤独は、料理に影響し、さらに、彼の料理を楽しみにしている人々をも苦しめることになる。そんな複雑な物語と、料理の芸術性を映像に閉じ込めた、ドイツの新星ミヒャエル・ホーフマンと、グレゴアの化身でもあり、この作品に彩りを加えた、一つ星シェフフランク・エーラー氏が来日。
『厨房で逢いましょう』に込めた思いを探る。





—レオニーを演じたレオニーちゃんを始め、素人さんが料理を食べている時のいきいきとした表情はどのようにしてとらえたのでしょう?演出は?

ミヒャエル・ホーフマン監督「簡単なことです。彼らがそういう顔ができるようなシチュエーションにおいてあげただけですよ。人はだれでもおいしいものを食べた時は『おいしい!』という表情をします。にっこりとね(笑)。フランクが作った料理は本当にどれもおいしいですから、その表情を脇から撮らせてもらいました。“演技”という人工的なものではなく、普通の“反応”を撮ったんですよ。」

—エーラーさんにお聞きします。この作品にかかわるきっかけは?また、監督からの意見で賛同したりむずかしいなと思ったことはありますか?

エーラー氏「ミヒャエルが来た時は、おまかせで8品のコースを食べてもらいました。食事を食べた後にお話をして、映画に協力することをOKさせていただきました。監督からの提案料理はショココーラソースと子牛の睾丸の料理だけだったので、後は自由に作らせてもらいました。楽しかったですよ。」

—エーラーさんの料理を食べた印象は?
ミヒャエル・ホーフマン監督「言葉で表現するのは難しいですね。それまで食べた料理の中で、はるかに上のレベルであったことは確かです。それまで食べた料理は、なにかが足りなくて、それは心の部分だったと思いますね。あるものは、技術的すぎたり…。エーラーさんの料理をいっしょに食べた友人と先日ベルリンで会ったのですが、『あの時食べた料理のおいしさは、あとにも先にもないね。』と話したくらいです。食べたのは2002年の末でしたから、もう5年も前のことですが(笑)。それくらい、彼の料理はすばらしいですよ。」

エーラー氏「ドイツまで11時間しかかからないですから、ぜひ来てください!(笑)」

—本作は本当にいろんな要素が含まれてますよね。グレゴアの恋はもちろん、「料理で人生が変わる」というメッセージに、エデンを取り巻くドラマ…2・3本の映画を観た後のように感じました。出発点はどこだったのでしょう?要素はどのように取り入れていきましたか?経緯を教えてください。
ミヒャエル・ホーフマン監督「すべての始まりは『おいしい食事は人生を変えることができる』という問いかけから始まりました。まず、グレゴアというキャラクターが生まれました。グレゴアを演じた、ヨーゼフ・オーゼンドルフとは知り合いで、彼もグレゴア同様グルメであるがゆえに太っていました。彼を起源に、どういうキャラを持つべきかを考え、人付き合いが苦手で、自閉症のような要素を持っているのがいいのではないかという考えにまとまりました。そして彼の次に、レオニーというキャラが生まれました。ダウン症の少女を通じて、グレゴアが心を開いていくというストーリー展開が生まれました。エデンに関しては黒い森と言われる地域に住んでいる女性はどういう女性か?を考え、『こういう人だったら?』とつきつめていきました。こうして、すべてがまとまっていきました。」

—グレゴアを演じたヨーゼフ・オーゼンドルフさんの魅力を教えてください!
ミヒャエル・ホーフマン監督「彼はミニマム(最小限)で多くを語れる稀有な才能を持った俳優です。彼が何かに視線を移したり、眼差しで、観客に恐怖を感じさせたりすることができるのです。逆に下手な俳優さんは無駄な動きが多くなったりしますね。彼らとは反対に、ヨーゼフはあまり動かなくても、感情を表現できるんです。」

—エーラーさんにお聞きします。自分の料理が映像に残されるということは恥ずかしかったですか?それとも嬉しかったですか?
エーラー氏「監督も手助けができたので、非常に光栄に思っていますよ。ただ、僕は愛を映画で見せることができないように味を伝えることはできないんじゃないか?っていうことを監督に話しました。けれども、その返答に監督は「絶対に大丈夫だよ」と(笑)監督は、料理を食べた時に生まれる効果を本当に、映像の中に閉じ込めてくれました。」

—料理も映画も、その作品を受け止めてくれるお客さんがいないと成り立たないと思うのですが、料理と映画の共通点を感じることはありますか?
エーラー氏「芸術にはテイストがあります。そして、そのそれぞれのテイストを好む人がいてくれて成り立っているものだと思います。」

ミヒャエル・ホーフマン監督「料理はプロセスが大切です。料理が出来上がれば、その料理を食べてなにかを感じるのはゲストですし、そこにはシェフは介入できません。映画も同じです。観客がどういった体験として受け止めてくれるかは、委ねるしかありません。作る側が観る側ばかりのことを考えて作っても上手くいきません。自分なりの世界を作ることが重要です。」

—「おいしい料理は人生を変えていく」というメッセージをどう受け止めてほしいと思いますか?
ミヒャエル・ホーフマン監督「僕は料理を食べるという行為は、人がお金で幸福になれる数少ない手段だと思います。この映画を観て、そう感じていただけたら嬉しいです。」

執筆者

Kanako Hayashi

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