聖地サンティアゴ(サン・ジャック)まで、1500Kmもの巡礼地を一緒に歩くこと…。それが遺産相続の条件と知らされて、無神論者の上に歩くことなど大嫌い、仲も険悪な3兄弟が、物欲の炎を燃やしつつ遥かなる旅路の第一歩を踏み出した。2ヶ月はかかる長旅の連れとなるのは、母親のためにイスラムのメッカへ行くと思い込んでいるアラブ系少年やワケありな女性など個性的な面々。それぞれの事情を背負って歩き始めた彼らを待っているものは…?

 ユーモアにあふれ、その時代の社会と人間の姿を描き続けているコリーヌ・セロー監督の最新作『サン・ジャックへの道』。1500キロの長い道のりを乗り物を使わず、ひたすら歩き続けるという行為が人の体と心にもたらす微妙な変化を、素晴らしい自然や幻想的な映像で魅力たっぷりに描き出している。

 個性的なキャラクターを演じるのは、フランス国内で喜劇役者として有名なミュリエル・ロバンをはじめとする実力派俳優たち。クセのある登場人物たちのテンポ良いセリフ回しと毒舌ぶりが清清しくて心地よいが、何とコメディアンが多数出演しているにも関わらず、アドリブは一切許さないというこだわりぶり。

映画の中に現われているように、コリーヌ・セロー監督自身もエネルギッシュで魅力的な女性。ユーモアを随所に織り交ぜながら映画の内容はもちろん、演出や現代の社会に至るまで、貴重なインタビューの模様をお届けします!





——フランス本国ではサンティエゴ・コンテスポーラへの巡礼はポピュラーな文化なのでしょうか?
社会的な立場にもよりますが、年間80万から100万のフランス人が巡礼をしています。年齢層も幅広いのですが、車で行くよりも「歩きたい」という気持ちによるもので、宗教的な理由がきっかけで出かける人は少ないですね。みんな「美しいものを見たい」という願望がありますよね。この巡礼路はユネスコの世界遺産に登録されています。日本にもそういう巡礼路はありますよね。もちろん歩くことを嫌う人もたくさんいます(笑)。パリでも自転車に乗っている若い人をよく見かけるようになりましたし。年配の人より若い人が生活スタイルを変えようとしていると思います。

——社会が変わっていく不安定な状態で、男性も女性もストレスを抱えている社会だからこその巡礼ブームなのでしょうか。自然が果たす役割についてどう思いますか?
やはり、人々は日常抱えている問題から開放されたいという欲求から巡礼に出るのだと思います。巡礼は自分自身を再発見するための行動であり、体に直接働きかけてはじめて精神が開放される面もありますし、多くの人がストレス社会で生きていると思います。ただ実際に日常から全てを開放して巡礼のような旅に出ることは夢に等しいのではないかと思います。この『サン・ジャックへの道』でもそうですが、巡礼に出た人の99%はたった一つの望みしか持ちません。それはもう一回歩くことなんです。

——物語の中にアラブ系少年が出てきますが、それを据えることで何を描きたかったのですか?
フランス社会の中ではイスラム社会の人達がとても強く存在するようになっています。アラブ系の少年を描くことでフランスの社会をある種表現していますし、寓話的、象徴的に描いています。社会の中での問題を語る必要があったと思います。

——この映画がフランスで公開された2005年10月は、移民問題についてフランス国民の関心が高まっていた時期ですが、映画公開が社会に対して影響を与えたと感じることはありましたか?
それほどでもないですね。むしろ『女はみんな生きている』が公開された時の方がイスラム教の人達の間で論争を巻き起こしました。アラブ系の男性というのはどうしてもフランス社会の中で人種差別の的になっていますが、そのアラブ人の若い世代の人達の内部に抱える問題というのも理解してもらいたかったので、むしろ今回の作品では安心してもらえたというのがあったと思います。

——フランスといえば「パリ」の印象が強くありますが、この作品では地方の美しい風景を紹介しています。地方都市や田舎をどのように伝えたかったのでしょうか?
私たちにとって日本というと東京しか見えてこないのと同じことだと思います。でも、それだけが日本ではありませんよね。フランスにもパリ以外の街に多くの遺産や美しい風景があります。巡礼路のル・ピュイからコンポステーラに至るまで、素晴らしい建築物がたくさん存在するのですが、そのような人工的な物より、特に自然にスポットを当てたいと思いました。「人間がなくても十分に美しい風景に出会えるんだよ」という風に見せたいと思ったのです。

——撮影で訪れた場所で特に印象に残った素晴らしい風景を教えてください。
ロゼール県ですね。国内で1平米辺りの人口が一番少ない県で、全く観光地化されていないし、ホテルもあまりありません(笑)。だからジットと呼ばれる安宿に泊まるしかなかったのですが、私にとってはフランスの中で一番美しい地方だと思います。

——今まで監督の作品では男女の対比を描いているものが多かったと思いますが、さらに大きな視点へと変化した心境について教えてください。
私自身はそれほど視点が変わったとは思っていないんです。むしろ今の社会の変化、激動の時代の道すがらを見せたかったのです。男性達もまさに今危機に直面していて、変化を強いられている時代だと思うので、その変化の様子も表現したかったのです。今、ドイツ、フランス、アメリカが女性によって主導されていく時代になりかけています。今の社会は色々な争いの転換期でもあると思います。

——夢のシーンが幻想的で美しかったのですが、どういうアイディアで出てきたのでしょうか?
夢のシーンは私にとってとても大事で、夢のシーン無しでは撮れないと思っていました。なぜなら夢は人間の内面の変化をものすごく力強く表現してくれます。それに加えて夢というのは全ての人にとって共通の言語だと思うんです。言葉や文化に関係なく、それよりも深いところを表現し、全ての人にとって共通のところに触れますよね。また、とても美しいと思うのは、ひとりひとりの抱える内面の問題を表現しながら、グループ全体の神話のような部分もつなげていきます。さらに夢は全ての人に共通する普遍性のある薬の様なものです。でも薬剤師にとっては全く効果がない、無料ですから!(笑)

——監督はとても細かく演出をする方だと伺ったのですが、演出をする上で重要視しているところは?
まず脚本の段階でよく書き込んでいます。アドリブは一切許さず、句読点まで考え抜いて書いています。次に俳優とのリハーサルを二ヶ月ほど繰り返して行います。そして照明にマニアックなほどこだわります。特に私自身写真の撮影もしますから、明かりについてはこだわりがあります。さらに音楽についても撮影に入るだいぶ前、執筆が終わった頃から準備に取りかかります。この作品はハイビジョンで撮影したもので35ミリではないんです。それは俳優さんとの作業がとても自由になります。一つ一つのカットを仕上げの段階で絵画のように色調などを自分で修正することができます。私はそうやって映像を作る作業がすごく好きで、感動的にやっています。

執筆者

Miwako NIBE

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