「生きているイカってすごくカワイイんだよ。」デビュー作『彗星まち』(95)から近年のヒット作『かえるのうた』(05)まで一貫して、スペクタクルを夢見ながら淡々とした日常を過ごす主人公たちを独特のユーモアで描き、ピンク映画という枠を超えて熱く支持されているいまおかしんじ監督。12月9日よりポレポレ東中野で公開される新作『おじさん天国』は、<イカ>と<おじさん>に導かれてなにやら<カワイイ地獄>へトリップ体験してしまうなんとも不思議で珍妙なファンタジーだ。

港町の小さな水産会社に勤め、ありがちな社内恋愛の三角関係をこじらせている平凡な主人公ハルオ(吉岡睦雄)は、幻の巨大イカを釣り上げることを夢見ている。「怖い夢をみるから眠りたくない!」とオロナミンCがぶ飲みでがんばる風変わりなおじ・たかし(下元史朗)がある日ハルオのもとを訪れ、行く先々で騒動を起こしてゆくが、蛇に咬まれてさくっと亡くなってしまう。おじさんを追っていくうちにいつのまにか一緒に地獄へとひょっこり足を踏み入れてしまったハルオの運命は…?

若手脚本家の守屋文雄とタッグを組んだことで、オフビートにより一層のばかばかしさが加わり、飄々と一線を超えてゆくキャラクターたちの力強い(無鉄砲?)な勇気は、奇妙な感動を呼び起こし、いまおかニューワールドともいえるすがすがしさが全編をおおう。






■イカのいまおか、おじさん守屋

—— 脚本を別の方が担当して、ご自身は監督だけっていうパターンは珍しいですね。守屋文雄さんと組むことになった経緯は?
「人の書いたシナリオで撮るってこともあることはあるだけど、だいたい書き直しちゃったり、ほとんど打ち合わせができなくて出来上がったシナリオをそのまま撮るしかないって状況だったり。きっちり時間を重ねて脚本家を組んで作品をつくるっていうのは今回がはじめてかもしれない。守屋は、ピンク映画のシナリオ公募で彼がグランプリを獲った『ヒモのひろし(原題:SEXマシーン 卑猥な季節)』(田尻裕司監督)っていうのがあって、審査の段階で僕も読んでたんだけど応募作のなかで一番面白かったんだよね。そのあと、みんなで会って飲んだりして知り合っていくなかでおかしい奴だなって思って。自分には思いつかないようなセンスがあるなって思いました。」

—— 一緒にアイデアを出しながらシナリオを書いていったという感じですか?
「そうそう、いきなり出来上がったシナリオを渡されてしまうとついていけないので。2人で話し合って彼がシナリオをすべて書きました。主人公の男がイカ釣りをしている奴で冷蔵庫をあけるとゴロゴロってイカが飛び出してくる、っていうイメージだけまず俺の中にはあって、そういうのひとつ決まるとあとで話が展開してからも、またイカを絡めたりしてたらなんかイカだらけになってしまった・・・。」

—— なぜイカ!?と観た方は思ってしまうかもしれませんが、いまおかさんといえば『南の島にダイオウイカを釣りにいく』というドキュメンタリー作品があるほど釣り好きですね。
「かわいいんだよ、イカって。魚屋には死んでるイカしかないから生きてるイカって見たことないでしょ? 生きているイカって、目が大きくてグリーンなの。電気が流れているのかよくわからないけど、体の色も黒くなったり白くなったり変わっていくし。釣りしてて「こんなにかわいいんだ!」って思って。でも食べちゃうんだけどね。だから生きたイカをちゃんと撮りたいと思ったんだよね。」

—— ピンク映画で主人公がおじさんっていうのもかなり異色です。
「守屋に「なにかある?」ってアイデアを聞いたら彼がその時書いていた別の作品にでてくるサブキャラクターのおじさんがいて、書いててどうにも面白かったらしく「今、僕の頭の中におじさんが棲みついてて離れないんです」と言ってて。じゃあ、それを主人公にしてやってみようということになって。
主人公の青年の家におじさんがたずねてきて、彼のまわりの女の人全員とやっちゃって、部屋に女の人みんなが来ちゃって、そしておじさんは去ってゆくっていうベースになる話をつくってそこから長編にふくらませていった。」

—— 『ヒモのひろし』も登場人物がヘンテコで、いまおか作品とも微妙にリンクするような世界観があると思いましたが、当の守屋さんはどんな方ですか?
「一緒に会って、世間話していても変な話が普通に飛び出してくるんですよ。この前も“朝起きると背中にコーンがびっしり生えていた男の話を思いついた”とかいってて(笑)。そんなアイデアがぽんぽん出てくる感じですよ。彼自身も自主映画で監督したり、友達を集めて芝居を主宰したり、色々やっているみたいです。」

■釣りといまおか映画

—— 撮影は三崎だったそうですが、ロケハンしながら釣りしてたとか。
「よくイカ釣りにいくのは伊東とか沼津あたりで、最初はそのへんで撮影しようと思ってロケハンしながら伊豆半島を一周していたんだけど、撮影するには海しかなくて、観光地っぽくなってしまうので街っていう感じがなかった。海だけ伊豆で撮って街は東京で撮ろうかという案もあったんだけど、三浦半島の先にある三崎もイカがよく釣れる場所でちょうど助監督の実家も三崎で地理にも詳しかった。行ってみたら海があって山があって小さな町もあった。ここなら撮影に必要なものすべてが揃っててコンパクトにできると思ったんですよ。」

—— いまおか監督の釣り好きはファンには有名ですが、釣りをしていることが作品になにか影響を与えていると思いますか?
「釣りは高校までやってて、またやるようになったのはここ数年なんだけど、映画づくりと似てるなって思うことはありますよ。アユ釣りをしてても、同じ場所で同じようにやっても毎回釣れるとは限らなくって、こんなとこじゃダメだろって場所で意外に釣れたりする。絶対釣れるという法則はなくて、それを考えてみるんだけど、考えてもうまく釣れるとは限らない。映画でもそうで、毎回同じことをやっていたらダメなんだろうなと思うのでそういうのは釣りで発見したりしますね。」

—— 劇中通して流れているテーマ曲が中盤くらいで主人公が勤める久米水産の朝礼で歌われる社歌だったというところには笑いました。「ナーイス カンパニー 久米水産」ってやつですね。
「守屋が書くときに、『社歌をうたうシーンを入れてもいいですか?』って聞かれました。僕もそこはちょっとひかかっていたのでいつも音楽をやってくれているビトくんにシナリオを渡して主題歌をまるまる作詞作曲してもらったんです。」

#■いまおか流キャスティング

—— おじさん役の下元史朗さんを起用したのは?
「他の作品でも「是非この人で!」というキャスティングはいままでしたことなくって、おじさん役も色んな人に話ししていたんだけど、下元さんは僕が助監督の時代からご一緒してて現場も何度も一緒になってて、いつか自分の作品でと思っていた方なんです。ワンシーンだけとかそういうのでなくちゃんとした役で出て欲しかったけどピンク映画は女性が主役なのでなかなか合う役がないままだったんです。」

—— ハルオ役の吉岡睦雄さんは『たまもの』からずっと起用されていますね。ここ数年ですっかりピンク映画界を代表する俳優さんになったように思います。
「彼は『たまもの』の前にも『ひばり』って作品に出てもらっていて、自分がピンク映画に引き込んじゃったという感じです。誰も使わなかったら俺が使い続けたいと思ってます。」

—— 『たまもの』でも林由美香さん演じる主人公が作ったお弁当を無理やり食べさせられたりしていて、今回も会社でお昼ご飯を食べているところが妙に印象に残りました。
「そういえば『たまもの』でも食べていたな・・・。全然気がついてませんでした。映画の中で食事しているシーンって好きで。芝居演出しなくていいし(笑)。「一生懸命食べてください」っていうとみんな一生懸命食べてくれる。そういうのって芝居じゃないじゃない。そこがいいなあって思うから。」

—— 『かえるのうた』に引き続いての平沢里菜子さん、女装や長髪の郵便局員などいつもおかしな扮装で登場させられている伊藤猛さん、おじさんの夢に出てくる三つ目女役の佐々木ユメカさんなどいまおか作品常連役者が脇をかためるなか、ハルオの彼女・リカ役の藍山みなみさんも好演していました。
「藍山さんとは初めてだったんだけど、ヒロインの女優さんはいつも新しい人とやってみたいと思うんですよね。知らない人とやるのは冒険だけど、いろいろ期待しながらやっていきたいので。リカ役もなかなか決まらなかったんだけど、彼女の可愛らしい・・・というかなんにも考えていなさそうな感じ・・・というか自然なところに好感持ちました。」

—— ピンク映画は女優が命だと思いますが、いまおかさんの女優さんを起用するポイントってありますか?
「基本的に素直な人がいいですね。顔がキレイだとか演技の上手い下手というのももちろん選ぶポイントではあるけど、そういうのじゃなくて、実際に会ってみたときにどこかかわいいなって思える部分がある人と仕事したいなって思います。例えばお弁当食べてて箸のにぎりかたがすっごく下手で、そこに妙にキュンときたりとか(笑)。手のうぶ毛がすっごい生えてたりとか。」

——- えっ、うぶ毛ってカワイイんですか?
「うん、カワイイんじゃない?欠点をポンとさらけだしている人っていいじゃない。」

■地獄はきっとイカガワシイところ

——- 気づいたらいつのまにか地獄に来てたっていうところがいまおか監督らしいなって思いました。演出で気をつけたところ?
「なるべくポンッと地獄へ行きたいなとは思っていて、トイレのドアあけたらすぐ地獄、とかそいういう感じ。だから地獄に行く以前のシーンはあんまり日常から逸脱しないようにしました。いきなりポンッという風にしたかった。ありえそうなんだけどありえないものという風にしたかったんだよね。」

—— ラブホテルの一室を開けるといきなり地獄というのは強引なのにふしぎな説得力がありますね。当初は映画館を地獄に設定していたとか。
「地獄ってちょっとエロくておどろおどろしいイメージがあって、地獄絵図とかでも裸で服を引きちぎられてたりするから。だからラブホテルとかソープランドやストリップ小屋とか、そいういうイカガワシイ場所がいいんじゃないかと思って。」

—— 吉岡さんが真っ黒なイカ風呂に入っているシーンは強烈でした。このシーンも撮影大変だったんじゃないですか?
「イカがなかなかイカ墨風呂に浮いてくれなかった・・・。すぐ沈んじゃうから発砲スチロールを中に仕込んだりしたんだけど、どんどん時間が経つにつれてイカのエキスが染み出してきて吉岡最悪だったんだよ。でも役者は仕方ないよね、仕事だから!」

—— 巨大イカの足に襲われて格闘する一人芝居も見所のひとつですよね。
「そう? 俺はばかばかしくてあんまり見てなかった(笑)!」

—— 監督からのみどころはどこですか?
「巨大イカが釣れるシーンをちゃんと見せたくて、撮影用に舟を用意したり大変だったけどこだわりました。」

—— これから見るお客さんにメッセージを!
「こんな変な一日もあったりして・・・、というのが上手く描けているといいなと思って作りました。観たお客さんに「バカだな〜こいつら」と思ってもらえたらうれしいです。」

執筆者

綿野かおり

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