塚本ワールドの真骨頂がここに! 『ヘイズ-Original Long Version』DVD発売記念塚本晋也監督インタビュー
目覚めるとそこはひと1人入るのがやっとの密室。
体は傷つけられて必死寸前。なにが起こるかはわからない。
今までの自分の記憶すらも失った男は、必死になって“ソト”に向かう。
この世界はどうなってしまったのか?
それとも金持ちの道楽で自分はこの密室にぶちこまれてしまったのか?
動けば動くほど自分の体から血がほとばしる。遭遇するのは、自分を殺そうとする地獄。釘地獄。ハンマー地獄。地獄水道…。
まわりには、無残にも引き裂かれた体の部位が散らばっている。
体が傷つき、窮地に追い込まれていくにつれて鮮明になる意識。
今までにない恐怖が襲い、痛みが視覚を通り私たちの脳で再生される。
これぞ、塚本監督の真骨頂。
「人型地獄はずっとやりたかった。」と話す塚本監督。
“都市”をテーマにした作品を撮り続け、その流れは2004年に製作された『ヴィタール』で終わりを告げたかに見えた。しかし、映画界に新しく展開されているデジタル映像の技術が、監督の芯によりせまる世界を実現。『HAZE』のような『ヴィタール』へのプロローグとして断念されていた企画がまた脚光を浴びることとなり2005年に『ヘイズ-Original Long Version』は公開され、今回DVD発売される運びとなった。
今後のTSUKAMOTOワールドの潮を探る。
$NAVY 『ヘイズ』の製作のきっかけは映画祭?$
「はい。韓国のチョンジュ映画祭からお誘いをいただきました。デジタルの表現を推進しているインデペンデント映画祭で、オープニング映画としてデジタルビデオで短編を撮るという条件で、好きなものを撮ることになったんです。これが『ヘイズ』を作るきっかけになりました。」
$NAVY 映画祭での上映は25分の短縮バージョンだったとか。$
「25分バージョンもDVDの50分バージョンも、ひとつひとつの作品として楽しむことができるものになったと思います。長編では男と女が出会い最期の方をいっしょに地獄めぐりするんですが、短編では現実世界に戻ってからじゃないと女性に会えません。女性と現実世界で会うまでの話になっています。地獄にいる間はずっと女の人の声に導かれて地獄を徘徊します。声を探して現実に戻るとあの場所にいた、という結末にしました。短縮するのは少し大変でしたが、意味合いがちょっと異なっていてわりと面白い作品になったと思います。」
$NAVY 撮影期間・準備期間は十分でしたか?$
「この映画には十分でした。ビデオカメラは機動力があるのでどんどん撮影できるし自由に動かせますから、撮影自体は取り直しとかも気の済むまでやっても十分な時間がありましたね。僕の映画としてはかなり短い映画だけど中篇といった長さかな。僕にとってはストレスの残る短さではないです。」
$NAVY デジタルビデオカメラの良かったところは?$
「『ヘイズ』はデジタルビデオカメラの機能を生かして撮った作品です。公開を控えていえる『悪夢探偵』もビデオで撮ってるんですが、映画の撮影はカメラも大きいものを使っています。『ヘイズ』ではすごく小さい家庭用のデジタルカメラのようなもので撮ったので、狭い空間にはぴったりでした。普通のカメラでは入らないくらい本当に狭い空間なんです(笑)。普通のカメラで撮るとしたらもっと複雑なカメラじゃないといけないし、もっとお金もかかったでしょう。それが今回のデジタルカメラではすごく簡単でラィティングもより少ない機材で撮れるし、本当に企画にぴったりの作品でした。」
$NAVY 撮影クルーも少なかったんですか?$
「最初は僕とプロデューサーの川原くんと安倍くん3人で作るか、と思っていたんですがいつも参加してくれるカメラ、照明部、美術部の人たちが「水臭いこと言わないでくださいよ」って言って手伝ってくれました。」
$NAVY セットはかなり手が込んでいますね。$
「自宅と事務所の近くに狭い部屋を1ヵ月くらい借りて、製作にあたりました。ちっちゃいながら立派なものができました。僕は最初あんなに立派なものじゃなくていいと思っていたんですが(笑)。石膏を使って漆喰で固めて、もうほとんどコンクリートみたいなものが出来上がりました。」
$NAVY 地獄の構想はすべて監督が?$
「人型の地獄は長年やりたかったんです。シンボリックなものをやりたくてずっと企画を考えていました。人型地獄で始まる映画作りたかったんです。それ以外の地獄は構想一秒っていう感じでした。どんなのにしようかな、と考えていて口からでまかせ言ったら本当にできちゃいました。墓穴掘るとはこのことだと思いましたね。」
$NAVY 作るのが大変だった地獄は?$
「みんな同じくらいですね。僕のようにいきあったりばったりではないスタッフが狭いところでも開け閉めが出来るように作ってくれました。あとよく歯の地獄が大変だったんじゃない?って言われるんですが、あれは全然大変じゃないんです。それよりぎっくり持ちの僕にはくの字地獄が恐ろしかったです。あと水地獄で、水の中からがばっと出て来るところですね。1回1回絶対に水が鼻に入るので、もう1回って言われると、「また鼻に入っちゃうよ〜。」って思ってました。撮り終わった後に哀しい咳き込みをする自分が恥ずかしくて哀しくなります。「なよなよすんじゃなえよっ」って自分に言いたくなりましたね。」
$NAVY 地獄水道を歩いてるところなんて本当に長い水道を歩いてるみたいでした。$
「あれは、僕と藤井さんは小さいお風呂に入ってるだけなんですが、上の通路の部分をスタッフが動かして永遠に続くような長い水道にみせてるんです。メイキングを観てもセットをトンチみたいに作ってるのがわかってもらえると思うんですが。」
$NAVY ご自身で主演務めることはハードルにはなりませんか?$
「僕は自分のことを便利な役者だと思ってます。最初はだめなんですが演じたものを1回ビデオで見れば、次にやるときにはだいたい自分が考えているものになります。わりと自分のことを重宝してます。テレビの出演でよばれたときは、自分で1回しかチェックできないので、うわっ〜て思う演技で終わってることが多いですね。」
$NAVY 役を演じるうえで苦労したことは?$
「撮影は楽しくできたんですが、アフレコをした時に、絶叫していたら気がふっと遠くなりました。自分もおじいちゃんになったんだなあと思いましたね。」
$NAVY 突き抜けるような青空のシーンにはどういった思いが?$
「あのシーンもずっとやりたいなと思っていたんです。コンクリートの狭い部屋にいるのは、都市の生活に圧迫されているシンボライズでもあるんです。そういう息苦しい環境からスポっと突き出た開放感、突き出たい、いつかはこんな空気を味わいたいという願望があのシーンにはあります。今作りたいと思った映画を全部作り終わったらああいう映画を作るのかなと思っています。」
$NAVY 映画にはほとんど説明的なシーンはないですよね?$
「最近は大人になってきたので、お客さんにもわかってもらおうと努力し始めてるんですが、『ヘイズ』に関してはデジタルで好きなものを撮ってよかったし、低予算で多くのお客さんに観てもらわなくてはいけないというのもなかったので、昔のように自由な感覚で好き放題作りました。お客さんには何かを感じとってもらえればいいな、と思いました。」
$NAVY 監督にとって『ヘイズ』はどう言った位置づけが?$
「『ヘイズ』は僕の中で置き去りにしていた企画なんです。『ヴィタール』に至るまで、自分が変化していくのに合わせて作ってきました。そう考えると『ヘイズ』は過去にさかのぼった作品にあたります。もしかしたら作らないで通り過ぎた企画がデジタルビデオという簡便で面白い表現方法と出会うことで、実現しました。懐かしさを感じるような昔暴れた感じをやってみたかった。今じゃないとできない後味になったな、と自分では面白く感じています。」
$NAVY デジタルカメラを利用して過去にさかのぼる作品を撮る予定?$
「『悪夢探偵』のパート1がそうです。1本目は意識の不確かさとか悪夢という無意識の世界を扱って、都市に生きる主人公たちの生きている時間の希薄さとか、死への曖昧な憧れを描いています。曖昧なものを渇望しているとものすごいパワーでそのことがやってくるんです。あとは昔から言ってる「鉄男アメリカ」がそうです。それらがうまくいったら違うテーマで作ろうと思っています。構想もかなり立てているので早く作りたいです。」
$NAVY どういった構想が?$
「戦争映画です。戦争映画っていってもフィリピンとかサイパンの自然の中での戦争を撮ろうと思ってます。ただまだ知識も経験もないのでもう少し経験をしてからですね。今は楽しく歩いて遊んでるといった感じです。」
$NAVY 監督の描く世界はいつ頃から確立され始めたんですか?$
「最初はテーマとかよくわからなくて、なんでそういうことを作りたいのか、あとづけで考えていました。ホラー監督としてデビューしましたし。なんでそれがいいのかわからないんですが、ゾンビが体から内臓をべろべろ出したり、えらい勢いでおっかけてくるような映画を作りたくて、でもそれもなあと思い始めていた時に『ヘイズ』のような構想が浮かんできたんです。密室の中で体を負傷してまったく動けない痛みがあって、意識もびんびんにある、そういう状況を『鉄男』でも考えてみたりました。そして『ヴィタール』のように肉体に触っていくことで大事な事にきづいていく…そこまできて、これだと自分自身の中で気付いた気がしました。実際作ってみるとそれで全部言えてるのかな?どれがいいだろう?なんて迷いながら『ヘイズ』を作ったり、『悪夢探偵』を作ったり。今自分が思っていること全部をやろうとしています。」
$NAVY その気力はどこから?$
「今までのようにフィルムで作るとお金も時間もかかるので、どれかに絞ってやっていかないと、1本に3〜4年かかる僕のスタンスでは無理だったんですが、デジタルフィルムという技術と出会うことで、今まで捨て置いていた作品にも手をつけることができるようになったので、今全部やろうっていう気になったんだと思います。」
$NAVY デジタルフィルムは有効手段なんですね。$
「今さらにもっと簡便な方法でまだ他にもあるやりたい企画に入り込めないかなと考えているところです。今までわりと映像を作りこんでいく映画だったんですが、昔からビデオを使って役者さんの生理に合わせた映画も作りたいと思っていたので、カメラの存在を意識せず撮れるデジタルフィルムで撮ろうと考えています。」
$NAVY 塚本組の真髄を教えてください。$
「なんでしょう(笑)。なんでもやるところかな。「それはできない」ってことを言わないこと。みんな僕の世界観を好きで集まってきてくれた人たちなので、そういう人は大丈夫なんですがそうじゃない人は酷ですよね。ここまでやらなくちゃいけないのか、ということばかりだと思います。」
$NAVY 観る方にメッセージをお願いします。$
「怖い思いをした分、訪れる解放感ですっきりしてもらえると思います。おまけ映像を作ってる過程も網羅しています。本当だったらかっちょいいところとか、面白いところだけとか、しぶいところだけしか入れないと思うんですが、全工程くまなく、だらだらしてるところも全部入っています(笑)。映画を作ってる若い人、これから作ろうと思っている人に、「ちっちゃいカメラがひとつあればつくれるんだ!」という気持ちになってもらいたいですね。どうやったらいいのか迷っている人にも、「おれもやってやろう」と思ってもらえると嬉しいです。」
執筆者
林 奏子