50年代ハリウッドに仕掛けられた美しくも危険な罠。
秘密を追う女性ジャーナリストが見つけた真実の最後のかけらとは……

『スウィートヒアアフター』でカンヌ映画祭グランプリを受賞。モントリオール映画祭では、『ベルリン・天使の詩』でグランプリを受賞したヴェンダースが「この賞はエゴヤンに与えられるべきだ」と賞金を譲ったとの逸話もあるなど、世界中から注目を集めているアトム・エゴヤン監督。今作『秘密のかけら』では、『ミスティック・リバー』での名演が記憶に新しいケビン・ベーコン、『ブリジッド・ジョーンズの日記』『真珠の耳飾りの少女』のコリン・ファース、そして『ビッグ・フィッシュ』のアリソン・ローマンという華やかなキャストと、才気あふれるスタッフが、エゴヤンの薫り高い新境地を構築している。

小さいころからショウビズ界に憧れていたというアトム・エゴヤン監督。現在とは異なる50年代のショウビズ界を舞台に描かれた本作について語ってもらった。





—— 作品を制作するにいたった経緯は

原作には子供時代から憧れていたショウビズ界が描かれていること、また、原作者のルパート・ホルムズ自身が、かつてポップスターだったこともあり、ショウビズ界が生き生きと描かれていることに魅了されました。ルパート・ホルムズは、私の監督した前作『エキゾチカ』を気に入ってくれていたようで、映画化の話は喜んでOKしてくれました。

—— 主演の三人を抜擢した理由は

役柄がスターということで、企画当初から有名人を起用したいと思っていました。ケビン・ベーコンもコリン・ファースも、有名人であるということを理解しており、この映画で、有名になるとはどうゆうことかを問い返したいと思ったのではないでしょうか。ケビン・ベーコンは『フットルース』の時に大スターになり、プライバシーの無い生活を知っています。また、コリン・ファースは『ブリジット・ジョーンズの日記』で、ロマンティックなヒーローとしての像を作られていたが、それが本当の自分の役者ぶりと異なるということを理解していました。幸運なことに、ケビン・ベーコン、コリン・ファースの二人は、撮影中に実際に友情を培ってゆきました。アリソン・ローマンは実際は26歳ですが、他の映画ではいつも15歳の役を演じています。少女から女性へと変貌を遂げるカレン役を演じるには彼女以外考えられませんでした。

—— 映画の舞台となった50年代はスターが神格化された存在でしたが、現在はメディアの発達によってスターは私たちにとって近しい存在となっています。過去と現在では、スターとファンとの関係はどのように変化したでしょうか

現在は、有名人を見つめる我々の集中力が短くなっていると思います。50年代は一人の芸能人のキャリアの初めから最期まで見ることができ、またJFKやフランク・シナトラのように自身で自分のイメージをコントロールすることができました。現在はマドンナやデヴィッド・ボウイのように、スターは自分を再発見し続けなければファンに捨てられてしまう存在になっています。どの文化でも誰かを神格化することを必要としており、我々の場合、その対象がスターやビジネスリーダーであると思います。

—— ラニーとヴィンスは夫婦のような関係ですが、監督自身の結婚生活で作品の参考にした点はありますか。また、ラニー、ヴィンス、カレンの中で、監督はどの視点で撮ったのでしょうか

ラニーとヴィンスの2人が夫婦のような関係にあることは、職業的に周囲に認められていることです。また、2人には公表できないプライベートな部分があります。そこに、真実を公にする立場であるカレンの介入があります。私は2人の間に入っゆく観察者としての視点を重視しました。 私自身も結婚して20年になりますが、結婚には社会的な側面と、プライベートの側面があり、この二つには食い違っている部分があります。ラニーとヴィンスのトラウマは、2人の関係に危機が発生したにもかかわらず、公的な部分で3日間関係を維持させる必要があったことであり、それは信じがたいほど辛いことであったと思います。ラニーとヴィンスに憧れていたカレンは、その3日間に2人に何が起こったかを知ることになる。私達はいつも個人的な神話にとりつかれており、その向こう側を見ることが出来ない。それが人間の本質だと思います。

—— 現在はいろんな情報が飛び交い、様々な真実と直面する時代になっています。我々は真実とどのように対面していくべきだと思いますか

私達には持続力と意思が必要となっていると思います。汚い世界を垣間見てしまった時に、ショックを受けますが、それに慣れるうちに、汚い真実だけを求めるようになってしまいます。我々は、汚い出来事がどのように倫理的に結末と結びついているかという考えに及ばず、新たな真実を発見することに囚われています。重要なことは、暴かれた真実が何であるのかを理解、消化し、その真実とどのように向かい合うかを考えることだと思います。何かを知ったら、学び、人に伝えてゆく。でなければ、永遠に消費活動に終始するでしょう。この作品では様々な真実が次から次へと明らかになり、”これが真実である”ということが出てきますが、これはカレンが語る真実であり、彼女の想像にすぎないものかもしれません。最後にカレンが”真実”を語るシーンは、ユニバーサルスタジオであり、そこはかつて、いくつものフィクションが作られてきた場所です。ひょっとしたら、このシーンもカレンが作り上げたものかもしれない。そう考えると、真実というのは、重要なものではなく、彼女の最後にとった行動こそ、大切にすべきことなのだと思います。

執筆者

Tomoko Suzuki

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作品紹介
『秘密のかけら』公式HP