高く評価されているドキュメンタリー『ディープ・ブルー』『WATARIDORI』を超え、本国フランスで記録的大ヒットを飛ばした『皇帝ペンギン』。ペンギンの中で最も大きい身体を持つ彼らは、マイナス40度の氷の大地・南極大陸で時速250㎞という激しいブリザードの中、120日間絶食して子供を育てる。本作はその様子を一組のつがいと彼らの子供を通して、時にリアルに、時にロマンティックに描いていく。
 日本ではかわいらしいキャラクターとして広く愛されているペンギンが、想像を絶する過酷な環境の中で生きていることにまず驚かされる。そして容赦ない自然の姿とその中で必死に耐え抜こうとする彼らを見て、改めて生命のはかなさと力強さを実感するのだ。
 監督は動物生物学の修士号を持ち、数々の動物をドキュメンタリーで追ってきたリュック・ジャケ。「(撮影を)可能にしてくれたのは、皇帝ペンギンの人懐っこさ。彼らは映画の主役として完璧といえますね」と監督が語った本作は、86分間まるごと、皇帝ペンギンが放つ魅力で満ち溢れている。

★『皇帝ペンギン』は2005年7月16日より恵比寿ガーデンシネマにて先行ロードショー、7月23日より全国拡大公開!




——撮影のきっかけを教えてください。
 皇帝ペンギンを主役に選んだのは、彼ら以外誰も生きていない南極大陸という過酷な自然環境の中で、常に戦っている日々に惹かれたからです。ストーリーにドラマ性があり、とてもすばらしいと思いました。風景としての南極大陸も、登場人物のひとりとして存在感がありますし。そして皇帝ペンギンの持つそのデザイン的な美しさにもとても惹かれました。僕は監督と脚本を務めましたが、実際に脚本を書いたのは「自然」です。皇帝ペンギンを通して、愛もあれば、ドラマ性もある物語が展開して、シナリオとして完璧でした。僕がいろいろ動かしたりする必要なかったんです。彼らの生活そのものがとても映画性の強いものだったから。映画化の経緯は、1992年に10ヶ月間皇帝ペンギンを撮影するという、ドキュメンタリー作家のスタートを経験しました。その時、南極大陸、皇帝ペンギンの生態というものに感動したんです。研究者でもある友人に今現在の皇帝ペンギンに関する情報をくれと頼んで、2000年から僕はシナリオを書き始めました。とてもリスクの高い作品なので、2年間かかってプロデューサーを見つけました。ロケは実際13ヶ月間、編集には8ヶ月要しました。140時間のラッシュを86分につめるのは大変な作業でしたね。そして2005年の1月に(フランスで)やっと公開ができたんです。

——そして本国フランスで大ヒットを記録しました。この作品の魅力について監督はどうお考えですか?
 まず皇帝ペンギンの魅力に尽きると思います。これほどの反響を得て、正直驚いています。皇帝ペンギンの生態がほとんどの人が知らない事実だったといえますね。それを初めて映画として描き出したということでオリジナルな映画になり、いろんなものを発見してもらえるという目的をもった作品にもなりました。南極大陸というのは異国というか、エキソシズムをそそるものがあります。この映画をみて、知らない国に旅行にしたような感覚を感じてくれたのではないかと。人物の魅力、オリジナリティ、異国的な背景を味わってもらえたので大ヒットしたのだと僕は思っています。

——日本でも公開される感想は? なんでも監督は日本文化に興味があるとか……。
 もちろん日本で公開されるのはとても誇りに思いますし、同時に驚いてもいます。世界に発表されるということの喜びプラス、僕自身日本文化にとても影響を受けているからです。10代に日本の文化に興味を持った頃があって。「俳句」という短いフレーズの中に核心を盛り込むスタイルにとても影響されています。日本人の持つ創造性というのはヨーロッパにとってとても新鮮。日本人のアーティストの自然との関係性など、自然に対する姿勢に僕はとても影響されています。そんな僕の作品が日本で上映されるのは二重の誇りですね。日本の人がどう反応してくれるかにもとても興味があります。
 
—— 一組のカップルとその子供のペンギンの心の声がナレーションとして語られていきます。その意図は?
 皇帝ペンギンの生活というのは、ビジュアルだけで一目瞭然でわかるものではないからです。例えば4ヶ月絶食していることをしっかり観客にわかってもらう必要性がありました。映像を汚してしまうことなく、なるべく最小限に観客に情報与えることを目指しました。今回はオス、メス、子供の運命がそれぞれ違いますし、そこに一人ずつの声を与えることにしました。耳で聞くことで、その状況を的確かつ少しの言葉で伝えることができるからです。ペンギン達が何を感じているのかを伝えることでより観客が彼らに近づける、感情移入がしやすくなります。なので男の人、女の人、子供とナレーションを分けました。
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——ペンギンの羽毛が見えるほど近くにまで迫って撮影をされていました。なにか特別な手法を使ったのですか?
 あそこまで接近して撮れたのはペンギンのおかげなんです。皇帝ペンギンは人間を怖がらず、とても好奇心が旺盛。彼らは、こういった自然の美しさを映画に写す時には、完璧な役者ともいえるでしょう。どれだけ近づいてもダメということもなく、人間の役者と仕事をしているようでした。僕は生物学者としても自然にできるだけ近づいて、遠くからは見えないもの、普通の人間には見えないものを撮るのが好きなんです。羽毛であったり、彼らの視線であったり。そういう細かなものに自然の美しさが表現されていると思うので。それを可能させてくれたのは、彼らの人懐っこさ。映画の主役としては完璧といえますね。

——4年前から構成を練っていたということで、撮れて嬉しかったシーンはありますか?
 感動したのは、長い隊列のペンギンを撮れたこと。1500羽集まることはとても少なく、予想外のカットでした。もう一つは生まれたばかりで死んでしまった雛を、母親がくちばしで何とか生き返そうとつっつくところ。脚本で用意するような無神経なことはできませんし、運が良かったというのもなんですが、幸運だったと感じています。ドキュメンタリーでは何が起こっても映像として捕らえられる、常にスタンバイ状態でいることがこの仕事で一番大事な点ではないかと思いますね。

——長い間ペンギンと接していて情が移ってしまったりは?
 確かに、撮影中はずっと自然と人間の関係性における一つの哲学みたいなものを絶えず考えさせられました。僕達は自然界にヒエラルキーをつけることはできませんから。存在理由があって、ペンギンの天敵であるカモメもアザラシも生きています。僕らの仕事は、中立的なオブザーバーなることなんです。

——厳しい自然の中での撮影。大変なことも多かったと思いますが。
 撮影の中で一番苦しい体験は、2人の撮影監督が突然の嵐で迷子になったんです。彼らがそのまま見つからなかったら映画はできなかったかもしれないし、もっと悲劇的なことになっていたかもしれない。それと南極大陸の時間の流れ方は「自然」の時間。それは気候であったり、皇帝ペンギンの生活サイクルに基づいています。例えば冬は太陽が2時間出ているのみで、あとの22時間は準備・待機の時間になります。そして夏だと24時間太陽が照っていますから、気候が許す限り撮影できます。そういうところで、ネイチャータイムからソシアルタイムに戻る時が大変です。普通の社会ではスピードがまったく違いますし、ストレスも基本的にありますから。自然の中でなれきった身体を順応させるのは大変ですね。

——研究対象はどのように決めるのでしょうか?ちなみに次に撮りたい動物をすでにお考えですか?
 知的に考えるわけじゃありませんね。その時にどういう個人的発見をしたいか、突きつめていきたいかという欲求にしたがって研究対象、つまり主人公を選んでいるのかもしれません。今動物で2つほど考えていることがありますが、お話するにはまだ時期尚早かも。今は皇帝ペンギンのプロモーションであちこちを回っていて、この作品とのアドベンチャーをまっとうしたいと思っています。とにかく、「個人的な欲望を突き詰めていきたい!」という思いがあるからこそ、観客の方にもその思いが伝わるんだと思います。

執筆者

yamamoto

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