主人公のクレールはまだ17歳ながら望まない妊娠をしてしまう。誰にも相談できない彼女は“匿名出産”で子供を生む決意をするが不安は消えない。そんな中刺繍が大好きで、独特の才能を発揮していたクレールは、妊娠を隠すためにオートクチュールの刺繍職人メリキアン夫人のアトリエで働くことになった。一人息子を事故で失って以来世捨て人のような生活をおくっていたメリキアン夫人と、これからはからずも出産という未知の世界と向き合わざるをえないクレール。不器用な女性二人が刺繍をしながら絆を深めてゆく様を、片田舎を舞台に一篇の詩のような美しさをたたえて映像化した。

$green ◆2005年9月3日 Bunkamura ル・シネマほか ロードショー$




— 刺繍を通じで交流する女性同士の物語ですが、何故刺繍を選んだのですか

「まず、針を使う作業を選びたかった。その中で、刺繍というのが、それぞれの自己表現にもなると考えました。性格、生活においても全く異なる二人は、刺繍においても全く違う特徴があります。クレールは手に入るものを何でも使って、作ります。それに対して、メリキアン夫人は、きちんと学校通い、技術も持っており洗練された手法で縫ってます。それと、刺繍という作業は時間もかかり、派手なものではありません。その時間の中で、クレールが自分の体の変化や子供を受け入れる時間が得られます。私が実際刺繍のアトリエへ行って驚いたことなのですが、アトリエには刺繍台があり、パールなど装飾品をつけるのは、全部台の下からです。なので、仕上がりを見ていくには、台の下にもぐって見る必要があります。それがとてもシンボリックだと思いました。というのは、綺麗な表面は台の下にあり、こういった美しい刺繍を縫っている女性達というのもはたからは分からないといったように、美しいものは全て内面にあるといった人間のありようがとても象徴的だと思いました」

— 映画の中で、ブランド“ラクロア”が出てきますが、それはどういう経緯で使用したのですか

「刺繍をを多く作品で使うデザイナーということがありますし、彼自身、地方の小さなアトリエで行われる手作業から生まれる素材を大事にしています。また、エールフランスや、オペラのコスチュームを作ったり、本を出すなど新しい分野に挑戦するなど、とても好奇心の強い人です。メリキアン夫人演じるアリアンヌ・アスカリッドがラクロアをよく利用しており、彼女の後押しもあり、使用することになりました」

— 配役については、もともと監督はきっちりイメージがあったのでしょうか。それとも、俳優をイメージして作ったのでしょうか

「それぞれの役については、細かくイメージしていました。なので、具体的に俳優に合わせて役を作ったわけではありません。一人一人の役に、自分自身が投影されています。母親役も、不愉快な部分を持っている人ですが、そういう役にでも、自分自身が入っています。私が作った役でありますが、女優さんが新しいものを持ちこんでくれているので、完成したものを観て、自分が監督した作品でありながら、再発見することがとても多かったです」

— クレールは、初めから中絶する気はなかったように思えましたが、監督はどのようなつもりだったのですか

「おそらく彼女は、中絶したいとは一度も思ったことはないと思います。もし、そうであれば、あのように紙に書いて欲しいとは言わなかったと思います。弟や、母親に対する反抗的な態度をとっていましたが、それは、彼女は内緒にしておかなければならないという義務感のようなものがあったからだと思います。本当なら、きちんと知らせなければいけない、一番身近な人たちなのに、隠さなければいけないといったジレンマがあったからだと思います。いずれにせよ、私は中絶というのは考えておりませんでした。なので、中絶するには間に合わないくらいのかなりお腹が大きくなってからのストーリーにしました」



— 監督自身が出産後に脚本を書いたそうですが、出産を経験したからこそ描けたシーンなどはありますか

「イエスともノーとも言えます。自伝を書いているつもりではないので、私自身が子供を妊娠した時に、クレールのような状況にあったわけではないですし、悩んだことはありませんでした。ただ、そんなことがありうるという状況を考えました。私の場合、初めての妊娠でしたし、ピンクのふわふわしたイメージに包まれたワクワクしていました。ただ、一年後に出産してから、なんて大変なことなんだろうか。背負う責任の大きさを改めて思い知り、作品にしようと思いました」

— では、作品でのクレールはまだその苦労を知らない状態ということですよね

「その時点では、全くわかっていませんね。父親をどうにかしようと思っていないですし、妊娠してしまったことで、新しいボーイフレンドとの関係も長く続けることはできないかもしれないし、まだまだ混乱状態だと思います。でも、おそらく、作品の中でなんとかできるかもしれないという意識が固まっていったのだと思います」

— では、映画は希望がもてるまでの過程ということですね

「クレールは、まず、自分を受け入れる自信がない間は子供を受け入れることは出来ないと思います。この映画の冒頭の方では自分のことも、子供のことも受け入れられていないと思います。子供を授かるというのは、そういう覚悟が必要となります。子供が生まれると、今までのようにお金を稼ぐことも出来ないし、時間もなくなってしまう、良い母親になれるか、子供の為になることをしてあげられるだろうかなど、すべてが分からないことだらけで、そのひとつひとつがリスクとしてのしかかってくると思います」

— 最後に、この作品をどういった人に観て欲しいですか。また、これから観る人にメッセージをお願いします

「できるだけたくさんの人に観て欲しいです。子供が欲しいけど、自信がない人は多くいると思います。フランスや、外国でも、あらゆる年代の人に観てもらいました。クレールと同年代の若い女の子達は、自分自身に重ねて観てくれて、なにか思ってくれたようですし、年配の人達は、自分たちも何かできるのだと希望を持ってもらいました。役とは異なる年代の人たちにも子供を持つかどうかといった悩みに直面している人たちもしますし、男性にも多くを感じて欲しいです。作品にとって刺繍というのはシンボリックなものであり、刺繍についてだけの話ではないので、様々な人に観て欲しいです」

執筆者

Tomoko Suzuki

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