生活の質感にを追い求めて『ションヤンの酒家』フォ・ジェンチイ監督インタビュー
『山の郵便配達』で我々の心を癒してくれたフォ・ジェンチイ監督の新作『ションヤンの酒家(みせ)』が、ようやく一般公開される。
今回の舞台は、四川省重慶。この大都市の片隅の屋台街で小さな店を切り盛りするのは、しっかり者の美人女将ションヤン。彼女の兄は気弱で株狂いの妻の尻にひかれており、弟は麻薬中毒で施設に入って更生中。そんな状況下、彼女は、父の不動産を不当に奪った相手から取り戻そうと奮闘している。屋台街には、そんな気丈な彼女を目当てに通ってくる客もいる様子。でも、それが彼女の真の姿なのだろうか? 浮世のしがらみの中で揺れ動く女心と、それでも生きていかねばならない現実……。
一見すると、前作とは対称的に見えるが、そこには共通点があると温厚そうな面持ちで語るフォ監督。昨秋のアジアフォーカス・福岡映画祭でのプレミア上映でも人気を博した。新作を作れば必ずと言っていいほど中国金鶏賞(アカデミー賞に匹敵)で何らかの部門賞を受賞するフォ監督は、いまや中国映画界の新しい顔のひとり。本作は、2002年の金鶏賞では最優秀脚本賞と最優秀主演女優賞を輩出し、同年の上海国際映画祭では最優秀女優賞・最優秀作品賞・最優秀撮影賞を受賞している。昨年の東京国際映画祭でのフォ監督作品のグランプリ受賞(受賞作『暖(ヌアン)』今秋公開予定)の記憶も新しい。新作の劇場公開を待ちわびていたファンも少なくないのではないだろうか。
では、初秋の福岡での単独インタビューで、その舞台裏をうかがった。
●『ションヤンの酒家』は2月7日よりシャンテシネにてロードショー、以降全国順次公開
——『山の郵便配達』から一転、今回はがらりと変わって都市での物語ですね。この題材を選ばれた理由をお聞かせ願えますか?
「この作品では、生活の質感というものを描きたいと思ったんです。『山の郵便配達』とはまったく異なる質感です。『山の…』では農村を描き、今度は都市の生活を描いたわけですが、じつはまったく違うものを描きつつも通じるところもあります」
——小説の原作がありますね。
「原作を書いた小説家はとても有名な人で、チ・リ(池莉)という湖北省在住の作家です。生活のディテールをひじょうに細かく書き込んで物語を作り込むスタイルをとる人です。この原作自体は中編小説です。私は、このストーリーを映画に仕上げるにあたって、その中心のストーリーだけを取上げることにしました。不必要なところは思い切ってカットしています。たとえば、原作ではションヤンにはもうひとり妹がいることになっているので、思い切ってそこは削っています」
——奥様のス・ウ(思蕪)さんと一緒に脚本を書かれていますね。
「まず、妻がだいたいのベースを仕上げます。そこで、私がいろいろな意見を出しまして、議論しながら最終的な脚本に仕上げていくという形をとりました。かなり時間をかけました」
——重慶が舞台でよろしいんですか?
「はい。原作では、湖北省の武漢という所です」
——重慶に変えた理由は?
「湖北省と四川省は両方とも長江に面していて、重慶も武漢も長江沿いに発達した街なんですよ。重慶は、湿度と坂道のある起伏に富んだ街並みがとても映画的だった、そういう理由で選びました」
——屋台街があって、片や高層ビルにすごく洗練された西洋的なレストランがあります。このギャップは面白いですね。
「そこを狙って屋台のある古い通りとビルの中にある新しいレストランとを撮っています。古いものと新しいものの衝突の結果出てくる面白さですね」
——この作品の面白さには、生活もありますね、『山の…』にも“生きる”というものを感じるのですけど、それはもっと自然の中の生物学的なものでした。この『ションヤン…』では、街の中で人間同士が絡み合っていて、重厚な現実の生活というものを感じたのですが、そのへんを狙って作られたと解釈してよろしいのでしょうか?
「おっしゃるとおりだと思います」
——『山の…』から『ションヤン…』の間で2本撮ってらっしゃいますね。
「この間に撮った『藍色愛情(2001年金鶏賞最優秀監督賞、華表賞最優秀監督賞。日本未公開)』は若者の生態を描いたものですが、いずれの映画でも人間を追求していくということが自分の目的です。そのなかで人と人との感情がぶつかりあって出てくるものがひじょうに面白く、それを撮りたいわけです。『ションヤン…』は、庶民が日常で出遭ういろいろな事件、彼女たちが抱く感情を描いたものですね。人間を描くという意味では、『山の…』以降に撮った作品は共通するものがあります」
——ションヤンという女性は、すごくしっかり者のようでいて、実はもろい面があって、リアルですね。
「そうですね。男の自分だけでは、そういった微妙なセリフなどは出てこなかったのではないかと思います。妻が自分のこれまでの体験に基づいて作り上げてきたことが大きいでしょう」
——演じたタオ・ホンさんがまた素晴らしい。どういう狙いで彼女をキャスティングしたのでしょうか? 最初から彼女を想定していたのですか?
「これにはいろいろな要素があったのですけど、まず電影集団公司でこの企画があがり、タオ・ホンの所属している文化芸術公司の意向もあり、年齢的にも彼女が相応しくぴったりだということで選んでいます」
——監督としてはどういう演技指導をされたのでしょうか?
「もともとタオ・ホンはテレビ女優なんですが、主役を演じた機会もあまりなかったんです。私は、テレビドラマで彼女が作ってしまった演技の型をできるだけ壊すようにしました。テレビというのは概念化されていますので、それをそのまま持ち込まれては映画になりません。ほんの小さな動作でも習慣化していたんですよ。私は、彼女に今まで積んできた経験を全部捨てて新しいものを出せないか要求しました。たとえば、ケーブルカーで弟に会いに行くシーンがありますが、どうもよくないのでもう1回別の方法で演じてもらいました。そして、ふたつのラッシュを彼女に見てもらったことがあります。演じ直したのは何故か、彼女もわかったと思います。彼女にとって、とても勉強になったのではないでしょうか。タオ・ホンはとっても努力家ですよ。重慶の商店街を散策するという形でも勉強してくれました。そういうことはあまりしたことがないのだそうです」
——つまり、彼女は、重慶の街の雰囲気を体感してから撮影に臨んだわけですね。
「撮影が決まってからクランクインまでの4ヵ月の間、彼女は、勉強のためにまず北京の市場を散策し、その後、湖北省も行って自分で街の雰囲気を体験してきてくれました。経験のある女優さんは、よく「そんなことはわかっている」と言って努力してくれない人が多いんですけど、彼女は努力してくれたと思います」
——それは、彼女は自発的にやったことなのですか?
「最初は、私がタオ・ホンに『北京の市場でも見てきたらどうか』と言って勧めました。湖北省まで行ったのは、彼女の自発的主体的な行動です。それから、彼女の所属する会社の勧めもあって、湖北省在住の原作者にも会ってきたそうです。アヒルの首の料理も含めて湖北省で全部体験してきてくれました」
——ところで、昨今の中国映画界を、監督はどのようにご覧になっていらっしゃいますか?
「今の映画市場はとてもいいという状況ではないのですけど、さきほどお話ししたように個人経営の会社がいろいろ出来てきて、独立して映画を撮影することもできるようになりました。そういう状況からすると、これからそういう会社がどんどん伸びていって、どんどん映画を作っていけばいいものもたくさん出来てくるでしょう。そんなに急速にはよくならないかもしれないけど、将来に向けた下地がいま十分に作られていると思います」
——今後のご予定は? どういうものを作っていかれたいですか?
「自分としては、そのときに興味が沸いてきたものがあれば撮る予定で、どこかから企画を持ちかけられて撮るつもりはありません。自分の興味が沸いてこなければ多分撮らないと思います。特に具体的なものはありません」
——この作品の後で撮影されたものはありますか?
「『暖(ヌァン)』という作品が完成しています。中国国内でもまだ公開されていません。(編注:この取材の約1月半後、「暖」は東京国際映画祭で東京グランプリを受賞と男優賞を獲得し、11月上旬に第23回金鶏賞でも最優秀作品賞と最優秀脚本賞に選ばれた)」
——ありがとうございました。
執筆者
Kuniko INAMI