『害虫』 監督・塩田明彦さん&主演・宮崎あおいさんインタビュー
『害虫』
監督・塩田明彦さん&主演・宮崎あおいさんインタビュー
$VIOLET 苛酷な環境の中、
世間を拒絶して生きる中学生・サチ子。
彼女はどう生き、どう決着をつけるのか!?$
13歳のサチ子は、母親の自殺未遂や教師との恋愛を経験。次第に心を閉ざし、中学
へも行かなくなってしまう。そんな中、万引きで生活する少年や知的障害者の男と知
り合い…。10代の揺れる心を描いた『害虫』の塩田明彦監督と、主演の宮崎あおいさ
んにサチ子への想いや撮影こぼれ話などを聞いた。
$navy ☆『害虫』は、ユーロスペースにてロードショー公開中!順次全国公開予定$
塩田監督は“子供の心を描く監督”と言われてますね。『月光の囁き』では高校
生、『どこまでもいこう』では小学生、そしてこの『害虫』では中学生が題材。この
流れに、何か必然性はあるのでしょうか。
塩田「いえ。まったくの偶然なんです。子供を専門に描くなんて意識はありません。
たまたま奇妙な純愛物として『月光の囁き』を撮り、『どこまでもいこう』で男の子
の友情の話を撮ろうと思ったんです。人から“どうして10代ばかり描くんだ”と言わ
れて初めて“ああ、10代を描いているのかあ”と思ったんですけれどね。その時、冗
談で“次は中学生でもやりますか”と…」
そうして『害虫』の脚本に出会った。
塩田「ええ。僕が教えていた生徒が書いたもので周囲を拒絶しつつ生きる中学生の女
の子の話なんです。僕が書いてきた物に通じるものがありつつ、僕には書けない、女
性でなければわからないこともいっぱい書いてある。これは面白いなあと思ったんで
すね」
女性じゃないとわからない面白さ?
塩田「ええ。10代半ばくらいの女の人が、何考えているか、想像がつきません。
今回、『害虫』で描いたサチ子に関しては、脚本家の女性と何度も何度も話をして
だんだんわかってきた…。それは100% わかったのではなく、わからない部分も含め
て、その人がどういう風にこの世の中で生きているかがわかったという感じですか
ね。
たとえば、サチ子は人と会ってもほとんどしゃべらない。彼女は自分ひとりで大人
のように生きることを強いられているんです」
サチ子の両親は離婚。母親に新しい恋人ができるけれど、その恋人はサチコに手を出そうとして…。悲惨な環境ですよね。
「ええ。サチ子は大人っぽく見えるけれど、根が大人なんじゃなく、そういう風に生
きざるを得ないからそうしている」
ではサチ子役の宮崎さん。この脚本をお読みになった時、どう感じましたか?
宮崎「また、あんまりしゃべらない子の役なんだなあと…。今までもそういう役が多
かったんです。映画の終わり方は、不思議だなあと思いました」
不思議ですよね。突然、ぷちっと…。
塩田「普通のお話の展開は、主人公が何かを強く望んで、その障害がいろいろある。
それを乗り越えたり乗り越えなかったりして…というやり方だけれど。『害虫』は、
あくまでサチ子がどう生きているかを描いているんです。わかりやすい起承転結の図
式にはなってないんですよね。
どこで終わるかというと、サチ子が何かに決着をつけた時が終わり。それしかな
い。ラスト、サチ子はひとつ、自ら道を選んでいるんですよね。とてつもなく不幸な
世界に落ち込んでいく道かもしれないけれど…。それがサチ子の世の中に対する最後
の抵抗でもあるし強さでもある」
宮崎さん、サチ子に特に共感した部分はありますか?
宮崎「サッちゃんて、周りから見たら暗いじゃないですか。本人は暗いと思っている
のかわからないけれど。マイペースなところは似てるし“周りに合わせたくない、流
されたくない”という気持ちはよくわかります」
監督からご覧になった宮崎さんの魅力はどの辺にあるのでしょうか?
「誇り高いですよね。誇り高いのと好き嫌いが激しいのが紙一重で存在している。そ
の危うさがいいです。宮崎さんのオーディションの時、あろうことが僕が遅刻したん
です。ホントに嘘ではなく、その朝、時計が壊れていて。たぶん宮崎さんは、30〜40
分待っていてくれたんですよね。『すみません。遅れました。監督の塩田です』と
言ったら、『はい』だけしか答えず、態度が冷たかった(笑)」
宮崎「冷たくないですよ〜」
塩田「冷たかったなあ。『宮崎さん、怒ってます?』と聞くと『いえ』。もう歴然と
怒っているんです(笑)。その後、いろいろと話し掛けたけれど“もう別にあんたと
話すことはない”という態度なんですよ。その時に僕が感じたのは“損得計算ができ
ない人だなあ”ということ。自分が得するためにこの人にいい顔をしておかなきゃい
けないとか、そういうことは基本的に考えない人。
まず“この人が好きか嫌いか”“信用できるか”とかいうのがあって。“遅刻して
くる、私を待たせるヤツはダメ”なんですよ(苦笑)。映画の主役を自分が演じられ
るかどうかよりも、“コイツどうでもいい”と思ったら絶対に頭をさげる気がない態
度。それがすごくサチコに近いところです。要するに、自分が不幸でも頭をたれな
い、誇り高い感じ。それがすごくいいなあと思っています」
撮影の中でのご苦労を…。
宮崎「みんな仲良かったんですよ。塩田さんは現場でピリピリしないし怒らないか
ら、みんながゆっくりのんびりできて。撮影も楽し
かったし、待ち時間も色オニしたりしてスタッフさんと遊んだりして」
塩田「僕は苦労しましたよ。とにかく宮崎さんが頑固。驚きました(笑)。サチ子は
ピアノがうまい子という設定なんだけど、宮崎さんはピアノが弾けなかったんです。
イン前に、ピアノの先生に三日間くらい教えてもらったんですね。その時、僕が宮
崎さんに言ったのは“三日でピアノがうまい子になれるはずないから、弾いている雰
囲気をつかみとって欲しい。たぶん手元が撮れないから、背中でピアノを弾いてね”
ということ。でも宮崎さんは“嫌だ。本当に弾いてみせる”って…。
その根性は立派だけれど“弾けない”という現実があるんです。最初、部屋の中で
ピアノの練習曲を弾くシーンを撮ろうとしたんですよね。“手元は撮らないから背中
で弾いてね”っていうと“嫌だ”って」
それで、どうなさったんですか?
塩田「そういう性格の彼女を選んだ僕の責任なんだけれど。まさか最後の最後まで抵
抗されるとは思っていなかった。“コイツ、横暴だなあ”と思いつつ、しかたないか
ら考えました。
ピアノを弾くシーンがふたつあるんですよ、練習曲と合唱曲の伴奏と。“妥協しよ
う。このあとしばらくして合唱シーンの撮影がある。その時までに合唱曲のイントロ
を完全に弾けるようにして来い。そうしたら僕は宮崎さんの手元をちゃんと撮る。手
元からパンして、弾いているのは宮崎あおいだとちゃんと見せる。だからこの練習曲
シーンは泣いてくれ。背中から撮らしてくれ”と。そしたら宮崎さんは“絶対撮って
くれますね”と。
すごいのは、その合唱シーンを撮る時には本当にイントロを弾けるようになってい
たんです。あれはすごかったね〜」
この映画の中で、特にお気に入りのシーンとその理由を教えてください。
塩田「どこも気に入ってるんだけれど…。特に屋上のシーン。工場の屋上で、サチ子
とタカオがふらふらっと歩き回っているシーンがあるんです。奥に高速が見える。あ
のシーンは好きですね。サチ子がすごくのびやかに開放された気分でいる…その空気
感がうまく出ているなあと。あと机の上にビー玉をこぼすところのサチ子の表情と
か、好きですね」
宮崎さんは?
宮崎「一番好きなのは、映画に入ってないところ(笑)。二番目に好きなのは、テツと万引
きして走ってきて、浮き桟橋でサっちゃんが笑っているところ。開放されたっていう
か、すごく自然になれたみたいな…あそこが好きですね」
ああいう“小さな悪事”については、どうお思いになりますか? 万引きとか、火をつけちゃうとか。
宮崎「悪いことは悪いことなんですけれど。火をつけたあと、サッちゃんは自分の
やったことに気づいて恐くなっちゃう。火を付けた時はサッちゃん、壊れて、何もわ
かんなくなっちゃってたんだろうなと思います」
小さな悪事で解放されていくサチ子。人の心ってフシギですね。
塩田「いや、悪事は悪事。万引きであれ、火を付けることであれ。“サチ子は壊れ
ちゃってた”という言葉が適切かもわからない。ただサチ子は自分が悪いことをやっ
たと自覚して、それを自分で引き受けようとする。だから最後、奈落に落ちていく道
を自ら選ぶ…。そういう人は魅力的だなあと思います」
カッコいいですよね。では『害虫』というタイトルについて。ユニークですね。
塩田「『害虫』は、そもそも脚本家がつけたタイトルなんですよ。僕はそれをいいと
思って、そのまま使ったんです。スゴい悪意のこもったタイトルだと思いますね。イ
ンパクトもあるし、普通、映画に使われるタイトルじゃない。“この映画の世界その
ものだよなあ”と思ったんですよね」
宮崎「本当にこれでいくのかなあと思いました。普通無いじゃないですか、『害
虫』っていうタイトルは。だから不思議でしたね。でも、今では好きですよ」
最後に、『害虫』をこれから見る人にメッセージを!
塩田「『害虫』は僕の中では最も挑戦的な映画です。サチ子というヒロインは、もの
すごく世の中に対して反抗的で、ある強さを持った人。同じようにこの映画も、作り
方そのものがどこか反抗的で、ある強さを持った映画にしたいと思って撮ったんです
よね。僕自身は、何かひとつ新しい映画の世界を発見したという手応えを感じている
んです」
宮崎「この映画、一回見たんじゃわからない部分とかけっこうあると思うんです。
サッちゃんがどうして火をつけちゃったのかとか、見終わった後でいろいろ考えられ
る、考えちゃう映画だと思います。見ている時だけでなく、見終わった後も、充実し
たいい時間になるんじゃないかなあ」
取材・構成/かきあげこ(書上久美)
執筆者
かきあげこ(書上久美)